おまけ
「どう?」
キラキラした瞳から逃れるように腰を引き、郁は曖昧な笑みを浮かべる。彼の手には、中々にボリュームのある文章の記された紙の束がある。ワープロで打たれたそれは、目の前にいる少女から押し付けられ、今し方読み終えたばかりのものだ。感想を求め、麗奈はズイと郁との距離を詰める。
「どう?どう?」
「どう、と言われても……」
コメントし辛い。その一言に尽きる。郁と同じようにソファに座ってそれを読んでいた他のツキノ寮メンバーも、感想は同じなのか微妙な表情を浮かべていた。
郁の手から原本を奪い取り、麗奈は紅潮した頬に手を当てた。
「卯月フェアのブロマイド見たらぴぴーんと来ちゃって!Seleasメンバーには受けが良かったのよ」
「へ、へー……」
ヒクリ、と頬を引き攣らせながらも笑い、郁は曖昧な相槌を打つ。
麗奈が持ってきたのは、彼女作、グラビとプロセラモデルの、ファンタジー小説だった。
四月に彼らグラビとプロセラの面々は、卯月フェアと銘打って、兎耳とファンタジーちっくな衣装を纏い、ポスターとブロマイド撮影をした。それを見た麗奈は、グラビを黒兎王国、プロセラを白兎王国とし、各グループメンバーを登場させたファンタジー小説を書き上げてきたのだ。
設定もストーリーも、それなりに練られたものであった。確かに、面白いとは思う。だが。
「……この、要所要所に登場する恋愛描写はなんだ?」
沈黙に落ちる共有ルームで、始が皆の疑問を代弁した。さすが王様、と皆(約二名除く)が心中で合掌したのは、言うまでもないことだろう。
「ファンタジーでも、リアリティは必要ですから!」
グッと麗奈は拳を握る。
リアリティとは、何のことだ。まさかバレているのか。ゾワリ、と皆(役二名除く)の背中が泡立った。
「もう、隠さなくて良いよぉ」
(あ、これバレてるわ)
麗奈の様子から悟り、陽は額に手を置くとフラリと天井を仰いだ。ソファの背凭れに頭を沈ませる彼の隣で、夜は笑顔のまま硬直した。そんな年中組を目端で捉え、郁はガックリと肩を落とした。
先ほどから男性陣が微妙な反応なのは、麗奈の小説がぶっ飛んだファンタジー設定だからというわけではない(少しはそれもあるかもしれない)。描かれたキャラクターたちの恋愛事情が、そっくりそのままモデルたちのそれと同じであったからだ。
しかも麗奈の話では、この小説は他の女性陣も読んでいる。つまり、少なくともSeleasの全員は、男性陣の恋愛事情を知ってしまったというわけで。
くらりと、とうとう葵は新の肩にしな垂れかかった。その新も、無表情のまま硬直して動かない。
「……確かに設定とストーリーは面白い。俺がヒロイン的ポジションなのとボーイズラブ要素があるのは少々厳しいけど、それを取り除けばキービジュアルだけに留まらず、色々な展開ができるんじゃ……」
プロモの鬼こと春は、口元に手を当てブツブツと空恐ろしいことを呟いている。半分は、動揺を誤魔化すためだろうが。
他と比べれば傷は浅い駆が、頬を引き攣らせながらも怖々挙手した。
「いやー、でもさすがにこれを使っての商業展開は……」
「そ、そうだよね。設定を生かすとすると、グッズよりは物語にした方が良いし!」
はみ出ていた魂の頭を飲みこみ、恋も声に力をこめた。大きく頷いて、海も賛同する。
「小説ならまだしも、映像となると実写かアニメか?俺たちに声優みたいな芸当はまだ難しいし、実写となると舞台をどうするかって話になるな」
ファンタジー世界だけあって、登場する建造物は中世ヨーロッパの城など洋風なものばかりだ。更にドラゴンまで。
「やだなぁ。そんなことなら僕に任せ、」
「お前は少し黙っていろ」
そんな障害もどうにかしてしまいそうな男を物理的に黙らせ、始はコホンと咳払いを溢した。
「まあ何だ。物語としてはとても面白かったぞ。良い息抜きになった。ありがとな」
「別にそういうために持ってきたわけじゃないけど……楽しんでもらえたのなら良かった」
ニッコリと笑い、麗奈は原本を抱きしめた。
―――それが、五日ほど前のこと。
ツキノ寮、共有ルームの机に12人分並べられた台本を見下ろし、始たちは以前以上に顔を顰めた。黒と白で彩られた表紙に掲げられているのは『ふしぎの国のツキウサギ。』―――麗奈が持ってきた小説とそっくり同じタイトルである。中身は、読まなくても大体想像できる。
「社長命令でな……」
ガックリ項垂れる黒月と、その隣でやつれた顔で笑う月城を見て、始たちは喉までせり上がった言葉を飲みこんだ。
「ただし、恋愛ととれる言葉、行動は全てカット。友愛や親愛での告白や行動に差し替えだ」
「それはまあ……でも、こんなファンタジー、本当に実写でやるんですか?」
不満そうな顔をする二名からサッと顔を背け、郁は恐る恐る台本を捲る。そう、アニメの台本でもラジオの脚本でもない、これは実写の台本だ。
「そこはまあ……最新技術、CG合成の出番というやつだよ」
ニコリと笑って、月城が言う。背景と人物の間に違和感は生まれてしまうが、そこはしょうがないだろう。黒月は更に、これは撮り下ろしDVDとして販売し、関連商品としてブロマイドと写真集も発売すると告げた。
確かに、悪い話ではない。ただ、また社長の悪乗りに付き合わされた気分になるのだけが、気に食わないというか引っかかるというか。
「えー、海と僕のラブラブラブシーンはー?」
「話聞いてたか、隼。カットだカット」
「折角いっくんとキスできると思ったのに……」
「いつもしてるくせに……って、涙、そこじゃないだろ!?」
「……でもこれ、妄想力逞しいやつなら簡単に察しそうだよな……」
「だね……俺たちは親愛設定に改変する前のお話も読んじゃっているから余計に……」
「殺陣あるのか……」
「新は得意そうじゃん。きっと似合うよ」
「……あの、俺が攫われる展開は変わらないの……?せめて葵くんの方が……」
「……まあ、覚悟決めろよ」
「……ていうか、恋、俺のこと好きなの?」
「え、今更ですか、駆さん」
ガヤガヤと騒がしいが、ツキノ寮は今日も平和だ。
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