大事なものを護りたいだけ
新緑の畳に散らばる、鮮やかな化粧道具。紅に白粉に眉墨に、練香水まで。ついでに着物や洋服まで転がっているから、常ならば落ち着いた雰囲気の一室が目に痛いほど、色で溢れている現状。
審神者の生きる未来のものだろうか、加州には着付けの方法も解らぬ衣を手に取って、部屋の主である乱は姿見を覗きこんでいた。
「好い加減機嫌直しなよー」
『男』にしては随分高い声を出して、乱は鏡に映った加州のふくれ面に吐息を溢した。机に頬杖をついたまま、加州はプイと顔を背ける。
乱は手にしていた衣を脇に置き、結っていない亜麻色の髪をそっとかき上げた。
「……俺は、まだ戦えた」
そっぽを向いたまま、加州はポツリと呟く。鏡越しに擦り傷だらけの彼を一瞥して、乱はまた、溜息を一つ。
加州がおめかし中の乱の部屋に乱入してきたのは、先刻のことだった。むっつりとむくれ面をした加州は、いつもの彼にしては珍しく自室や手入れ部屋で薄汚れた身体を清めないままだった。
乱には大体想像がつく。恐らく敵陣営直前で加州が軽傷を負い、審神者が強制帰還を命じたのだ。加州はさぞ反発したことだろう。あと一息だ、俺はまだ戦える、俺一人に構ってみすみす負け戦にするつもりか―――そんなことも言ったかもしれない。しかし、審神者は頑として命令を撤回しなかった。
「しかも、あいつら、文句も何も言わなかった」
他の部隊員のことか。確か乱の記憶では、山姥切を部隊長としていた筈だ。
乱は足元から蝶の簪を拾い上げつつ、しょうがないよ、と言った。
「まだ、審神者がお役目に就いた頃のことなんだけどね、僕一回折れたことがあるんだ」
鏡に映った加州が睨みつけてくるのを受け流しながら、乱は器用に髪を結って簪をさす。そんな動作の合間にさらりと告げられた過去に、加州は瞠目した。
「その頃は審神者自身も新米で手慣れていなくて、戦場で出会ってすぐ、僕は部隊に入って戦うことになった」
乱が入ってようやっと六振りになった頃であるから、それも致し方なし。乱は初陣で敵の一撃を食らい、呆気なく砕けた。
「そのあとすぐ鍛刀でこの本丸に戻って来たけど、そのときのみんなの顔ったら」
とても、見られたものではなかった。
鏡に映る簪の蝶を指でなぞり、乱は眉尻を少し下げて笑んだ。
「それからみたいだよ、審神者が一人でも軽傷になったら、本丸に帰還しちゃうの」
「……あんたが審神者に甘やかされているのって、それが理由?」
加州は足元に転がる爪紅を拾い上げた。苺色のそれも、今部屋中に散らばるもの全て、審神者が事在る毎に乱へ買い与えたのだ。乱はからから笑ってそれを肯定した。
真っ赤な爪で爪紅を転がしながら、加州はぼんやりと先ほどの部隊員の態度を思い出す。
まだ戦える、と声を荒げ無理にでも進もうとする加州の腕を掴み、山姥切は撤退すると、低く呟いた。咄嗟に言い返そうと振り向いた加州は、思わず言葉を飲みこんだ。襤褸の隙から見えた山姥切の顔が、何かを堪えるような、何かに怯えるようなものであったからだ。彼だけでない。今剣や愛染、山伏や小夜、あの鳴狐まで、似たような顔をしていたのだ。
確か、あの面子は審神者が新米のときから本丸にいたと聞く。きっと、一振り目の乱が砕けたとき、その場にいたのだろう。乱の破壊は、審神者だけでなく、刀剣たちにも浅くない傷を残しているようだ。
「……ムカつく」
眉間に皺を寄せ、加州は呟いた。
つまりそれは、加州の力量をなめているということだ。あのまま進軍していたら、加州は折れてしまうと、彼らはそう思っていたわけだ。それは、非常に腹立たしい。
首元が大きくあいた着物に袖を通しながら、乱はにんまりと微笑んだ。
「さすが、新選組隊士の刀だね」
乱とて、同じ気持ちだが。甘やかされるのは構わないが、過保護にされるのは御免こうむりたい。
「このまま手合せしてぶっ飛ばしたら、考え改めるかな」
「面白そうだね」
立ち上がる加州に賛同して、乱は手早く残りの身支度を整えると、彼の後を追った。
「僕らにも護れる強さがあることを、証明しないとね」
隣に並んで微笑めば、加州はニヤリと笑って応と返した。
けれど例え無傷のときであろうと山姥切には、敵わなかっただろう。何せ彼は、この本丸一番の古株で、練度が最も高い刀剣なのだ。
乱はあっさり道場の床に寝転がる加州を見つめ、そっと吐息を溢した。
「僕、その負けん気は少し違う気がするよ」
「……うっさい」


(20150528)
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