結局の所どうしたいんだい
「やまんばぎり、そのぬのをかしてください」
出会い頭にそんな言葉を投げられては、山姥切でなくとも返す言葉に惑うだろう。そう、思いたい。
こちらを見下ろしたまま黙す山姥切の姿に、声が届いてないと思ったのか、今剣は両手を伸ばしてもう一度同じ言を繰り返した。
「相、聴こえている」
固い声で返して、山姥切は己の額に手をやった。彼が混乱する頭を落ち着けようと呼吸をする間も、今剣はじっとつぶらな瞳を逸らさない。
「……良し、理由を聞こう」
ようやっと気を鎮めた山姥切が問うと、今剣は僅かに首を傾けながら、口を開いた。
「いま、さよたちと、まえの主のまねっこたいかいをしてるんです」
「真似っこ……?」
「はい。ざんてー一位はかしゅうです。ざくろのさとうづけで、とけつのまねっこしたんです」
「喀血だ」
柘榴の砂糖漬けは、甘味好きの審神者が己と刀剣たちのためにと作ったものだ。勝手場からそんなものを持ちだして、真面目な太郎太刀辺りに見つかれば、面倒事になりかねない。
というか、仮にも以前の主の真似と言われて見せるのが、太刀筋でなくて良いのか。山姥切はふとそんなことを思ったが、今剣によれば、加州は喀血した直後、安定から後ろ首へ鋭い蹴りを喰らったらしい。真似ではなく本当に喀血しかけたというから、山姥切は吐息を溢すしかなかった。非番のときに、しかも鍛錬を理由にせずに手入れ部屋入りは勘弁してほしい。
「それで、どうして俺なんかの布を?」
話を元に戻すと、今剣はパァっと顔を輝かせる。その眩しさに、山姥切は思わず身を引き、布の合わせを強く手繰り寄せた。
「もうすぐ、ぼくのばんなんです!よしつね公のまねっこしたいんです」
「……嗚呼、牛若丸か」
「はい!」
今剣の前主である源義経―――幼名牛若丸―――は屡、羽衣に似た薄布を頭にかぶっている姿で描かれる。今剣はそれを、山姥切の襤褸布で代用しようとしているのだ。
「やまんばぎり」
「断る」
「えー……」
「俺なんかの襤褸を纏うより、審神者に言って上等なものを借りろ」
それに今剣の背丈では、ズルズルと裾を引きずって不格好だ。世に聞く、ひらりと橋上を舞う天狗には、ほど遠い姿になろう。
しかし今剣は不満げに頬を膨らめ、山姥切の布をぎゅっと掴んだ。
「……やまんばぎりは、けちんぼです」
「何と言われようと駄目だ」
「けちんぼ!けちんぼぎり!」
「……」
足元で喚く今剣を無視しようと目を閉じてみるが、彼の声が潤み始めるとそうもいかない。そも、この短刀の面倒を、山姥切は審神者直々に頼まれているのだ。ここで無視を続けるのは、その命に反してしまうことになりはしないか。しかし山姥切個人的な願望を言えば、この布を取って他人に渡してしまうことは避けたい。
(だが……)
チラリと薄目を開き、足元へ視線を落とす。うりゅうりゅと潤んだ瞳と目が合い、心の臓を矢に貫かれたような気分になる。
「……相解った」
暫しの沈黙の後、絞り出すような声で与えられた山姥切の提案に、今剣は顔を輝かせた。

「で、あれが折衷案のつもりかよ」
意味が解らないとぼやいて、加州は縁側から垂らした膝に頬杖をついた。彼の視線の先を同じように見やって、骨喰はカクリと首を傾けた。
二振りの視線の先は綺麗に整えられた庭園である。青々とした芝生を踏みつけながら、短刀たちがワイワイと戯れている。その中心にいるのは山姥切に肩車で担がれた今剣と、それごとすっぽり襤褸布をかぶる山姥切だ。
「今剣を唆したのは、君だろう」
義経公の真似をどうしようかと首を捻っていた今剣に、山姥切の布が最も適しているから、泣き落としでもして借りてこいと言ったのは、骨喰の隣に座る加州だ。つい先刻まで面白いものが見られるだろうとニヤニヤしていたのに、その不満顔は何だろう。
「アイツの線引きがよく解んねぇんだよ」
「線引き?」
「布を取られたくないくせに、その内側には他の奴を入れるんだなってことだよ」
布を取らない、取られたくないのは、己の姿―――本科を写した姿を見られたくない故。しかし今、山姥切はその外界と己を隔てる壁の内へ他人を入れている。加州はそれの意味が解らず、気に食わないと言う。
「……」
頬を膨らめる加州の横顔を見やり、骨喰は山姥切たちへ視線を戻した。
骨喰の本丸に来てからの記憶が確かならば、この加州はあの山姥切のことを快く思っていなかった筈だ。理由は、何であったか。けれどいつも綺麗に着飾ることを好む加州が、襤褸布を常時纏う山姥切に顔を顰めるのは自然であるか。
しかし此度のことは嫌がらせというよりも―――
(本人は、無自覚であろうが……)
また横目だけ加州にやって、骨喰はそっと吐息を溢した。
「理解不能なのは、君も同じだな、加州清光」
「はぁ?どういうことだよ」
さぁなと適当にはぐらかし、本日の勝手場担当の骨喰は腰を上げた。


(20150428)
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