悩むだけ悩め青年よ
「何ぞ、不調でもあるのか?」
山伏が声をかけると、山姥切は薄布かぶった頭をゆらりと上げた。耕している途中の土に膝をつかないようしゃがみこんで、山姥切は鍬を杖のようについてそれに重心を預けていた。生成を帯びた布のから覗く顔は、影のせいもあろうが若干色を失っているように見える。
腰を曲げて覗きこむ山伏から顔を逸らし、緩く首を振った。日が照る中、袖を捲り上げているとはいえ長袖と外套の重ね着は暑いのだろう、顎に滲む汗を手の甲で擦り、山姥切は膝に手を置いて立ち上がった。
「すまない、少し疲れただけだ」
「では早に部屋へ戻り、休むと良い。畑仕事くらい、拙僧だけでも事足りる」
「いや、大丈夫だ」
先ほどよりも強く首をふり、山姥切は大地に刺していた鍬を抜いた。手垢で塗れた柄を両手で握り、何かを振り切るように地面を耕し始める彼の背を見つめ、山伏は嘆息した。
「何ぞ、案じ事でもあるように見えるな」
ぴたり、と僅かな反応を見せ、山姥切の手が止まる。図星であったのだろう、彼は暫く背を向けたままでいたが、意を決したように勢いよく山伏と向かい合った。
「……今剣と、小夜左文字のことなのだが」
一度口を大きく阿の字に開き、しかし逡巡して閉じてから、山姥切はか細い声でそう言った。その二振りの銘が挙げられたことで山伏にも合点がいき、思わず嗚呼という声が零れた。山姥切はうろうろと足元で視線を揺らしながら、ぼそぼそと言葉を続ける。
「……あいつらの扱い方が、よく解らない」
「そう身構えるからだ。童と思い、優しく接してやればそう気に病むことにはなるまい」
「童と言うが、彼らがあの姿をとっているのは元が短刀であるからだ。打たれたのは、俺より」
そこまで言って、山姥切は唐突に言葉を止めた。自身でも知らぬ間に興奮して饒舌になっていたか、大きく息を吐いて頭に手をやった。
「違う、そういうことを言いたいのではなくて」
「相解っている」
取敢えずは落ち着くよう言って、山伏は彼を縁側へと誘った。審神者から預かった冷えた茶の壺を傾け、それが並々と注がれた杯を渡す。山姥切は少々顔を顰めてそれを受け取り、一息に煽った。
大きく息を吐き口元を拭う彼を縁側に座って見上げ、山伏も自分用の杯に茶を注ぐ。乾いていた口内を潤してから、山伏は傍らに座った山姥切を見やった。
「主殿に言われたことか」
山姥切はウンザリとした面持ちで、こくりと頷いた。
小夜左文字と今剣の面倒を、この刀は審神者から任されていた。嘗ての持ち主の特性を全て受け継いだと言っても良いほど、個性的な二振りだ。確かに、山姥切の性格からすれば、彼らの相手をするには些か難しいものがあるだろう。
山姥切は大きく息を吐いて、膝に腕を置いた。
「兄弟が代わってくれたら、有り難いのだが。童の相手は得意なのだろう」
「見目が童でも童でないと言ったのは兄弟自身だろう」
「……そうだが」
「何をそんなに気に病むことがある」
それは、年令などという事項ではないのだろう。山姥切は苦虫を噛み潰したように口を曲げ、空になった杯を指で弄った。
「……やつらは純粋すぎる。純粋に実直に、疑問をぶつけてくる。それが、少し……」
「居心地悪いか?」
山姥切は口を噤んだ。是、と言っているようなものである。ぽり、と口元を太い指で掻き、山伏は彼に気づかれぬよう吐息を溢した。
とことん己に卑屈な彼は、見目同様幼い思考とそこから生まれる純粋さが苦手なようだ。余程過去に、皮肉に塗れた言葉ばかりを受けてきたと思われる。
山伏は畑仕事に邪魔な小手を取った手を伸ばし、薄布をかぶったままの頭をがしがしとかき混ぜた。手を離すと、皺だらけになった布の端から、突然のことに驚いて瞬く真ん丸い目が見えた。その様に、山伏はつい口元を歪めた。
「まあ、そう急くな。時はある」
人形とともに与えられた二度目の戦場は、まだ続く。いや、人形をとればこそ、思い悩むこともあろう。思考することは、人間に与えられた特権である。それを刀である自分たちも持つことができるのだ。それが幸か不幸かも合わせて、これから考えて行けば良い。
「拙僧はそれで良いと思うぞ」
肩を叩いて呵呵と笑う山伏が理解できないのだろう。肩を叩かれる痛みに顔を顰めながら、山姥切は疑問符ばかりを頭に浮かべるのだった。


(20150313)
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