ピアス(210927)
とある秋の午後のことだった。沢田綱吉、十五歳は居候の喧嘩に巻き込まれ、十年バズーカに被弾した。
薄紫の煙が晴れた先は、見たこともない洋風の部屋。キョロキョロと辺りを見回した綱吉の顔を覗き込んだのは、黒い色。
「小動物?」
元並盛最強風紀委員長、雲雀恭弥――推定年齢二十七歳。いつか未来の時分に対峙した鋭い目つきと肉食獣を彷彿とさせる気配に、油断していた綱吉は意識を飛ばしかけた。
「……だらしない」
首元を緩めたワイシャツ姿の雲雀は、ソファの背もたれに肘をついて綱吉を覗き込む。ソファに寝転ぶ体勢になってしまった綱吉は、その声でハッと我に返った。
「ひ、ヒバリさん!」
「うん。その姿は十年前かな」
「あ、はい、ランボたちの喧嘩を止めたら十年バズーカに当たって……」
慌てて身体を起こした綱吉は背もたれに手を置いて雲雀を見上げる。ソファから離した腕を組んで、雲雀は珍しいものを見るように綱吉を見やる。
「今いくつ?」
「えっと、十五……もうすぐ十六です」
「ああ、そんな時期か」
チラリとどこかへ目をやって、雲雀は納得したように呟いた。彼の視線の先を綱吉も追う。どうやら壁際の飾り棚に並んだ万年カレンダーを見ていたようだ。
スルリとソファから離れた雲雀は、部屋の隅へ向かう。彼の腰丈ほどの高さの棚の上から何かを取り上げると、雲雀はソファで膝立ちになったままの綱吉の下へと戻った。
ストン、と綱吉の隣に腰を下ろし、雲雀は長い足を組む。
「ヒバリさん?」
背もたれから手を下ろし、綱吉は雲雀の方へ向く。雲雀は左手を持ち上げて、綱吉の頬に指の背中を滑らせた。産毛を撫でるような動きに、綱吉は擽ったくなって肩を竦める。何かを摘まむような形の指が、節を擦りつけるように綱吉の耳に触れた。
「……うん」
雲雀は一人で納得したように呟く。擽ったさに細めていた目を開き、綱吉は彼の顔を見やった。
鋭い目つきが和らいで、常は真一文字になっていることが多い口角が、少し持ち上がっている。十五歳の沢田綱吉は初めて見る、雲雀の表情だ。
「ひば、りさん」
喉が掠れた。
そんな綱吉のことを気にせず、雲雀は彼の耳に添えていたのとは違う手で、綱吉の右手をとった。手の平を上に向けさせると、抵抗せずされるがままのそこへ左手を乗せる。
雲雀の手と綱吉の手の間に、冷たい何かが挟まれている。金属のような感触に、綱吉は目を瞬かせた。
「少し早いけど、僕からの誕生日プレゼント」
雲雀の両手が離れる。綱吉は指先一つ動かさないで、手の平を覗き込んだ。
「――ピアス?」
指先で摘まんでしまえるほど小さなアクセサリーが、窓から差し入る光を反射して金色に輝いていた。金の金具に囲まれているのは、緑色と紫の石だった。大きさは、緑の石の方が大きいように見える。
「緑、ですか?」
「うん。エメラルドとアメジスト」
迷ったけれど、外せなかった。雲雀の言葉は、綱吉にはサッパリ理解できなかった。ただスルリと耳に入って、そうかと綱吉を頷かせるだけだ。
「校則違反だからね、すぐにつけろとは言わないよ。ただ、失くさないように」
雲雀は綱吉の指を折り畳み、手の平に乗せたピアスを包むように拳を作らせた。
綱吉は丸い瞳で雲雀を見上げる。彼の顔は相変わらず、十五歳の綱吉が見たことない穏やかさを湛えていた。
「なん、で」
ふ、とどこからか紫煙が漂ってくる。バズーカのタイムリミットが来たのだと、綱吉だけでなく雲雀も悟った。
だからか。雲雀の口元が、さらに深く笑みを刻んだ。
「答えは、十年後にね」
景色が煙に隠される直前、思い出したように雲雀は付け加えた。
「来年の五月には、ちゃんとオパールのピアスを用意しておくんだよ」
それは、今雲雀の左耳に光る、虹色の石がついたピアスのことだろうか。

綱吉がハッと目を開くと、そこは慣れ親しんだ我が家。数分前に記憶していたまま、本や勉強道具が散乱した部屋で、綱吉は手の平にピアスがあることを確認した。
それからグッと強く握りこんで、立てた膝に額をつける。
大きく、息を吐いた。
何故だか顔が熱い。バクバクと今更になって心臓が悲鳴を上げている。アクセサリーを握った手に、ジワリと汗がにじんだ。
「……やっぱりヒバリさんて、よく分からない」
言葉の意味も表情の意味も、今の十五歳の沢田綱吉には理解できないことばかりだ。今の雲雀だって綱吉には理解できないことが多いのに、これ以上頭を混乱させないでほしい。
「……取敢えず、やっぱり用意はした方が良いのかな」
目に焼き付けたピアスの形を思い起こしながら、綱吉は立ち上がった。
汗の滲んだ手の平で、ピアスは相変わらず冷たさを湛えたままだ。
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