日常クエスト(ジェイ編2)
「ソロンの居場所が分かった?」
目を丸くして、ノーマたちは自分たちを呼び出したジェイを見つめる。ジェイは腰に手を当て、少し視線を横にずらしたまま「ええ」と頷いた。
「マジ? どうやって分かったのさ」
「僕はどこかの馬鹿山賊や、向こう見ずなトレジャーハンターさんと違うので」
「ビビッて引きこもっとったくせに、失礼なやっちゃの!」
馬鹿にされて憤慨するノーマとモーゼスをサラリと受け流すジェイは、いつもと同じに見えて少々ぎこちなさが見える。それでも引きこもってばかりでなく動こうとしている彼の強さを感じ、シャーリィはホッと安堵した。
「シャーリィはどうする?」
心配そうな顔をしたセネルが訊ねる。ソロンの目的はシャーリィだ。本当なら、彼女は街で待機しているべきだ。しかしシャーリィは首を振った。
「私もジェイさんのために何かしたいの。それに、危ないかもしれないのはお兄ちゃんも一緒でしょ?」
「う……俺は、まあ……」
「シャーリィちゃん一人でお留守番も寂しいものね〜」
言葉を濁すセネルごとシャーリィを抱きしめ、グリューネはホワホワと微笑む。一人シャーリィが街へ残ったとき襲撃される可能性もあるから、一緒に行動した方が安心だろう。ジェイがそう言うと、それもそうだとウィルは頷いた。
「で、その場所は?」
「皆さんもよく知っている場所――雪花の遺跡です」

「な〜んて言って来てみたものの……やっぱり、誰もいないね〜」
ここへ来るまで見張りや妨害もなかった。遺跡の道の真ん中で仁王立ちし、ノーマは首を傾げた。
「何か罠を仕掛けているかもしれない、注意しろ」
クロエはいつでも抜刀できるよう鞘へ手を添えながら、辺りを見回す。あまりセネルやクロエたちの傍から離れないよう気を付けながら歩いていたシャーリィは、不意にジェイに名を呼ばれた。彼は少し離れたところでしゃがみこんでいる。そちらへ駆け寄ると、ジェイは足元の方を指さした。
「ここ、何か古刻語のようなものがあるのですが」
「え?」
どこだろうかとシャーリィも身を屈める。――そのときだ。
「うわあ!」
「な、なんだ?!」
がしゃん、と鉄がぶつかるような音が背後から聞こえた。驚いてシャーリィが振り返ると、遺跡に不釣り合いなごつごつとした檻がセネルたちを閉じ込めている。
「お兄ちゃん! ……っ」
セネルたちの方へ駆け寄ろうとしたシャーリィは、突然首筋に衝撃を受け、クラリとよろめいた。身体が痺れ、意識が闇に沈む。狭まる視界の中で、驚いたセネルの表情がやけにはっきり見えた。
地面に倒れこもうとした彼女の身体を、ジェイは優しく抱きとめる。
「……どうして、ジェイ!」
言葉を失うセネルの隣で檻を掴み、クロエは声を上げた。檻を掴んで揺らしながら、モーゼスも歯を剥いた。
「ワレ、何しとんのじゃ!!」
しかしジェイは答えず、器用にシャーリィの身体を担ぐ。
「素晴らしい働きでしたよ。さすが、親愛なる我が弟子」
コツコツと足音を立て、ジェイの背後から探していた男が姿を現す。ソロンがジェイの肩に手を置くと、彼はピクリと一瞬身体を揺らしたが振り払うこともせず大人しく佇んだまま。その様子に、ウィルたちは目を見張った。
「うそ……ジェージェー、嘘だよね!」
「まだ分かりませんか。ジェイは私のために働いてくれたのですよ」
「ジェイちゃん……」
ジェイはクルリと踵を返し、遺跡の奥へ進んでいく。ソロンは少し肩を竦め、そんな不愛想な弟子を見送った。セネルは檻に縋りつき、隙間から腕を伸ばす。
「おい、待て、ジェイ! お前の言葉で言ってみろ! ジェイ!」
「ジェー坊! 説明せんかい!」
セネルとモーゼスの言葉をただ背中で聞き流し、ジェイは足を止めずに去っていく。ギリリと歯を噛みしめ、モーゼスは檻を殴った。
「あなたたちは実に良い表情をする。少しでも私を楽しませてくれたお礼です」
パチン、とソロンは指を鳴らした。シュ、とどこからか風を切る音が聞こえてきたかと思えば、セネルの腕に鋭い痛みが走る。
「!」
「クーリッジ!」
セネルの腕に刺さったのは、ダーツの矢だった。セネルは顔を歪めると、ストンと膝をつき、その場に倒れこむ。みるみる悪くなるセネルの顔色に、ウィルは慌てて刺さったままの矢を抜いた。
「まさか、毒矢か!」
「すぐに殺しても良かったのですが、お別れの挨拶くらい言う時間を差し上げますよ」
芝居がかった礼をして、ソロンはジェイの消えた方向へ去っていく。毒矢を地面へ投げ捨て、ウィルは顔を歪めた。
「ウィルっち、ブレスが効かないよ!」
「ノーマのときと同じ、厄介な毒か」
解毒剤を打つまで、体力の消耗を抑えるためにブレスをかけ続けなければならない。
「! 魔物まで!」
檻の中に現れた魔物へ向け、モーゼスとクロエは武器を構える。ノーマとウィルは交代でブレスをかけ続ける必要があるため、魔物は残りの三人で片付けるしかない。
「この檻、簡単に壊せそうにないし、どうやって脱出すんのさ!」
「ノーマ、まずはブレスに集中しろ」
半泣きのノーマの頭を叩き、ウィルは檻へ注意を向ける。檻は中々に頑丈そうで、魔物を倒した後でなければ落ち着いて破壊できそうにない。現れた魔物も強力で、クロエたちは苦戦した。
「くそ……!」
「破壊の翼(デルクェス)!」
そのとき、青い光線が檻の隙間から降り注ぎ、魔物を射抜いた。力尽きて倒れる魔物を余所に、クロエたちは驚いて檻の横に立つ青年を見やる。
「……貴様ら、それはどういうことだ」
「――ワルちん!?」
水の民の証である光の翼を背負った青年は、檻の中にいるクロエたちと青い顔で倒れこむセネルを見て眉を顰めた。足元に、モフモフ族を連れて。

横に寝かせたセネルの口へ、調合した薬を流していく。少し咳き込んだのち、セネルは先ほどとは違い安定した呼吸をして見せた。ホッとクロエは安堵し、グリューネもポンポンとセネルの頭を撫でる。
「これで大丈夫キュ」
「ありがとう、助かった」
ワルターの力を借りて檻から脱出したウィルたちは、彼が連れてきたモフモフ族に解毒剤を調合してもらったのだ。
「てか、どうしてワルちんがモフモフ族連れてるのさ?」
キュッポたちより少し小さいモフモフ族は、クロエやノーマについた小さな傷の手当てに動き回っている。ワルターは遺跡の壁に背を預け、腕を組んだ。
「モフモフ族が集団で移動しているという話を聞いて、偵察に出たのだ。そこで、列からはみ出したそいつを拾ってな」
「クッポだキュ」
クッポはノーマの膝にガーゼを貼ると、用事の済んだ薬を鞄へしまっていく。
「モフモフ族たちは、どこへ向かっていたんだ?」
「蜃気楼の宮殿だ」
「なんでそんなところに……」
「ジェイを虐めるやつをやっつけるためキュ」
「それって……」
「ロンロンのこと?!」
ノーマの言葉にクロエたちは思わず肩を揺らし、ワルターとクッポは首を傾げた。
「ソロンって男だキュ。キュッポたち三兄弟が皆に呼びかけて、ジェイを助けるために宮殿へ向かっていたんだキュ」
キュッポたちはとっくに、ソロンの居場所を掴んでいたのだ。クッポを拾ったワルターはキュッポたちが掴んだ情報を聞き、さらにセネルたちが雪花の遺跡へ向かったとミュゼットが言っていたことも思い出し、様子を見に来たのだと言う。
ソロンの居場所を教えてくれれば良かったのに、とノーマが思わずぼやくと、クッポは首を振った。
「ジェイ、モフモフ族を人質に取られていたみたいなんだキュ。だから、クッポたちがやらなきゃいけないって、キュッポたちは言ったキュ」
「成程……」
溜息を吐いて、ウィルは頷いた。ジェイの行動の背景には、やはり理由があったのだ。ノーマは頬を膨らめ、バタバタと腕を動かした。
「もう! そういうことなら言えっての!」
「そうじゃ、ワイらはそんなに信用ないか!」
「とにかく、私たちも蜃気楼の宮殿へ向かおう。モフモフ族も、シャーリィたちも心配だ」
立ち上がろうとしたクロエの裾を引っ張って、クッポは引き留めた。
「ジェイには皆さんが必要だキュ。だから、ソロンを倒すのはクッポたちに任せてほしいキュ!」
ソロンは血も涙もない男だ。キュッポたちの家族を泣かせる酷い男だ。例え刺し違えてでも彼はキュッポたちが倒す、その決意のもとにモフモフ族たちは蜃気楼の宮殿へ向かったのだ。
簡単に振り払える小さな手をそっと取り、クロエは微笑んだ。ピン、と額をノーマが指で弾く。
「大丈夫だ、私たちはあんな卑怯な男には負けない」
「そーそー。そーやって自分たちで抱え込もうとするところ、ジェージェーにそっくり。だからジェージェーがあんな風に育つのよ」
「ジェイちゃん、とっても寂しそうな顔をしてたわぁ」
「そがな顔するくらいならさっさと頼っときゃ良かったんじゃ! それを教えちゃる!」
一番憤った様子のモーゼスが、ダンと地面を踏みつけて立ち上がる。じわ、とクッポの目に涙が浮かんだ。
「……そうだ」
少々苦しそうな声を押し殺しながら、セネルも身体を起こす。ウィルが咄嗟に肩を支え、彼が座るのを手伝った。
「俺たちと過ごした時間がその程度のものなのか……殴ってでも聞き出してやる」
「そうじゃの」
同意してモーゼスはセネルの背中を叩いた。まだ若干毒の痺れが残っていたセネルは、ウッと息を詰まらせて蹲る。彼らの行動に吐息を漏らし、ワルターは腰へ手を当てた。
「俺も同行しよう。奴が水の民を危険にさらすなら、放ってはおけん」
「……ありがとう、ワルター」
セネルの礼にフンと鼻を鳴らし、ワルターは早く立ち上がれと彼へ手を差し出した。差し出された手を強く握り、セネルは立ち上がる。
「……セネル」
武器を付け直すセネルへ、ウィルは神妙な顔で声をかけた。
「気をつけろ。ソロンはお前を殺すつもりでいる。お前に毒矢を放ったことから、それは確実だろう。――つまり、ゼルメスはソロンのような人間にとって、邪魔な存在なのかもしれん」
ウィルの推測にセネルは目を瞬かせ、ワルターは眉を顰めた。
「どういうことだ」
「ゼルメスの役目は、『光跡翼が大地を創るために使われるように見守ること』だ。それ以外の用途で使用される場合、あのときのように妨害、排除するのだろう」
それは、ゼルメス本人が言っていたことだ。だからこそ、『光跡翼の番人』とも呼ばれるのだ、と。
「その排除の対象が、陸の民にも及ぶとしたら、陸の民同士の争いに使おうとしているソロンが、ゼルメスを脅威と見ている可能性も考えられる」
だからこそ、毒矢で確実にセネルから殺そうとした。
「だが、あのときゼルメスは、陸の民を傷つけることはできないと言っていた」
クロエの言葉に、ウィルは「そこだ」と呟いて腕を組んだ。
「そもそもヴァーツラフが滄我砲を打ったとき、ゼルメスは微かに反応しただけで完全には目覚めなかった。ソロンが石橋を叩いて渡るような男なら、頷けるがな」
滄我砲は元々、水の民との戦争のために造られた兵器で、陸の民同士の争いで使用されることは想定されてなかった、と考えることもできる。そういったことも含め、ウィルはジェイと議論したかったのだが、仕方ない。
「……俺たちが知らないことを、ソロンは知っている可能性もあるということか」
セネルの言葉に、ウィルは静かに頷いた。ますます、蜃気楼の宮殿へ行き、かの男を殴り飛ばす理由ができた。パシン、と両の拳を突き合わせ、セネルは顔を上げた。
「シャーリィの力を悪用させたりもしない……――行こう、蜃気楼の宮殿へ」
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