日常クエスト(星祭編1)
「星祭?」
モーゼスとギートの決着後から数日。セネルたちは慰労もかねて、輝きの泉へピクニックに来ていた。そんなとき、唐突にノーマが手の平サイズの葉をウィルたちに配り始めた。
「ああ、もうそんな時期でしたか」
ジェイたちは納得した様子だが、遺跡船に来て日の浅いセネルたちは首を傾げる。
「葉に願いを書いて、川や泉に流すのだ」
ウィルが代わりに説明した。筆記用具を配りながら、ノーマも頷く。
「そうすっと、書いた願いが叶うって言われてるんだ」
「へぇ……」
夜には屋台も並び、遺跡船の住民たち総出で騒ぐお祭りとなっている。灯した提灯の明かりが水面に映り、幻想的な風景を楽しむこともできるのだ。
「そういえば、フェニモールもそんなこと言っていたかも……」
それで、今日の夕方に家を訪ねると言っていたのか。一人納得し、シャーリィは葉とペンを握った。
「水に願い、か……」
薄緑色の細長い葉を指で撫で、セネルはぽつりと呟く。ペンを動かそうとしていない彼を見て、シャーリィは首を傾げた。
「お兄ちゃん?」
「いや、まるで、滄我に願いを託しているみたいだな、と思って」
天でも神でもなく、水に願いを流す祭り。それが水の民だけでなく、陸の民の中でも根付いているという事実に、セネルは驚きを隠せない。ウィルも同意だと頷いた。
「歴史のどこかで、二つの民族の距離が近かった証かもしれないな」
「そうだよ、どうせなら水の民と合同で、パーッとやれば良いじゃん!」
そうすれば二つの民族の交流の場となり、さらに遺跡船の名物にもなる。名案だとクロエやモーゼスも目を輝かせたが、ウィルは少し困ったように眉を顰めた。
「実はミュゼットさんからその提案も出ていたのだが、何分時間がな……企画運営をするにしても、双方の心の整理の時間が必要だろうと結論が出た」
「そーなんだ……」
「まあ、マウリッツ殿も、いつかそんな星祭ができたらよいと前向きであったから、希望はあると思うぞ」
合同という名目はないが、今年の星祭ではウェルテスにマウリッツ他数名の水の民が訪問することになっている。フェニモールの話はそういうことであったか、とシャーリィは漸く合点がいった。
「マウリッツとフェニモールと……?」
「あと二三人だな。セネルたちもよく知っている水の民が来る予定だ」
「?」
揃って首を傾げるシャーリィとセネルにウィルは小さく微笑んだだけで、願いごとを書くためにペンを動かし始めた。
「願い、か……」
少し離れた場所に一人座り、ジェイはぼんやりと手の中にある葉を見つめる。ノーマに押し付けられたものの、ジェイが書ける願いなどない。
何やらノーマが、クロエやグリューネに突っかかっていて騒がしい。聞こえる単語から内容は簡単に想像できて、平和な人たちだという感想が吐息と共に零れ落ちる。じっと彼らの様子を眺めていたジェイは、クルリとペンを回した。

シャーリィは大きく溜息を吐いた。ピクニック後、一度解散したセネルは自分の家に戻っていた。そろそろフェニモールたちが来る頃だからとミュゼットに頼まれて彼を呼びに来たのだが、まさか昼寝をしているとは思わなかった。
暖炉の前で転がるセネルを見下ろし、どうしたものかとシャーリィは腕を組む。従軍していたという割には寝起きの悪いセネルを起こすのは、随分骨が折れるのだ。恐らく連日の騒動のせいで疲れが出たのだろうと思うと起こすのも忍びない気がして、シャーリィは迷ってしまうのだ。
しかし、親友たちを待たせるわけにもいかない。意を決してシャーリィはしゃがみこみ、セネルの身体を揺すった。
「お兄ちゃん、起きて」
「ん……ぅん」
「お兄ちゃんたら……――っ!」
突然、シャーリィはセネルに腕を引かれた。そのまま膝をついて倒れこんだ彼女は、セネルの腕の中に――つまり抱きしめられてしまう。
「! お、お兄ちゃん!?」
カッカと熱くなる顔を自覚しながらセネルを見やるが、何やら寝言を呟く彼はすっかり寝入っているらしい。腕から抜け出そうとするも、肉弾戦が得意な彼に力で勝てるわけもなく、シャーリィはすっかり疲れてしまう。
「もう……」
諦めて、シャーリィは押し付けられた胸に耳を当てた。じんわり身体を包む温かさを感じ、トクントクンと脈打つ音を聞いていると、こちらまで眠くなってくる。
昔も、ステラの子守歌を枕にして、こうして昼寝をしていた。それを思い出したせいか、眠気はさらに加速して、シャーリィは当初の目的も忘れて目を閉じた。

「……」
ワルターは目の前の光景を見て、一つ息を吐いて、眉間を揉んだ。
胸中に浮かんだのは怒りや苛立ちではない。それとよく似ているが、違うと分かる。明確な名称は思いつかないが。ムズムズとし、何か叫び出したい、そんな感覚。
「……」
もう一度息を吐き、ワルターは目の前の――足元で寝転ぶセネルとシャーリィを見下ろした。気持ちよさそうに眠るセネルの腕の中には、彼の胸に顔を埋めるシャーリィの姿。二人とも安らかな顔で眠っている。
大きく息を吐き、ワルターはセネルの足を掴んだ。
「――起きろ!」
「え、うわ!」
「きゃあ!」
セネルの身体を持ち上げてクッションの方へ投げ飛ばしたことで、衝撃を受けたセネルも引き剥がされたシャーリィも目を覚ました。
「わ、ワルター?」
逆さまになった視界で、セネルはパチパチと目を瞬かせる。フン、と鼻を鳴らし、ワルターはセネルへ何かを投げつけた。驚いて座り込んだままのシャーリィへも、何やら袋を差し出す。
「早く着替えて来い」
二人は意味が分からず、首を傾げた。

「成程、特別ゲストってテュっちゃんたちだったんだ」
「変な名前で呼ばないでください」
ツンとそっぽを向くテューラに、さすがのノーマもムッとする。フェニモールが相変わらずな妹の態度に頭を下げた。同じ部屋にいたモーゼスたちは、もう慣れたと苦笑を溢す。
既に日は落ち、街のあちこちでは提灯の明かりが道や川を照らしている。ミュゼット宅の窓から屋台を見ていたハリエットが、うずうずと身体を揺らした。
「お待たせしました」
ミュゼットの家の扉を開いて姿を見せたのは、シャーリィだ。クロエたちは彼女の姿を見て目を丸くし、ミュゼットやウィルと談笑していたマウリッツは口元を綻ばせた。
「リッちゃんそれって……」
「水の民の衣装をアレンジしたんです」
答えたのはフェニモールだ。彼女は満足そうに微笑み、恥ずかしがるシャーリィの方へ駆け寄って、彼女の腕を引いた。
袖や花弁のような裾の形は、水の民の衣装に似ている。襟首は広く、肩口はふわりと膨らんでおり、陸の民の服のようだ。陸の民と水の民の架け橋となる彼女に、ぴったりの服装だと、クロエは思った。
「これを着て、マウリッツ殿とミュゼットさんと星祭に参加してもらおうと思ってな」
「えー、じゃあ、リッちゃんとは屋台回れないのー」
「最初の方だけだ。マウリッツ殿とミュゼットさんを、あまり遅くまで連れ回すことはできないからな」
言外に少しくらい我慢しろ、と言われ、ノーマは肩を竦める。
「そういえば、セの字とワの字は?」
「あ、まだちょっと準備に時間がかかるみたいで、先に行っていてほしいと……」
シャーリィの言葉に頷いて、ウィルたちはミュゼットの家を出た。
「そういえばジェージェーもいないんだよなぁ……どこ行ったんだか」
昼間の様子を思い出し、ノーマはため息を吐いた。
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