日常クエスト編(4)
何やら街の入り口が騒がしい。セネルは引っ越し作業の手を止め、浮かんでいた汗を拭った。
ハリエットが、ウィルの家で暮らすことになった。親子水入らずを邪魔しては悪いと思い、セネルは街の端の貸家へ引っ越すことを決めたのだ。
「なんでしょう」
「さあ……またカーチス殿が騒いでいるのではないか?」
手伝いがてら様子を見に来たシャーリィとクロエも、セネルと同じように声のする方を見やった。
「シャーリィ!」
すると遠くから聞き知った声が届いてきて、シャーリィたちは目を丸くした。大きく手を振る少女が、もう一人別の少女の腕を引っ張りながら駆けてくる。
「フェニモール!」
ツインテールを揺らしてニコニコと笑う親友は、シャーリィの腕の中へ飛び込むようにして立ち止まった。その数歩後ろでは同じ造形をした少女が、不機嫌そうに顔を顰めて腕を組んでいる。
「そっちはもしかして……」
クロエとセネルも、二人のそっくりな少女を見つめ、フェニモールの言葉を待った。上機嫌なフェニモールは大きく頷いて、関わりたくないと態度で示す少女の腕に自分のそれを絡め直した。
「私の双子の妹、テューラよ」
紹介された妹は、小さな声で「どうも」と呟く。
大陸の方で隠れ住んでいたテューラは、シャーリィの希望で進んだ移民制度によって昨日、遺跡船にやって来ていたという。騒動後、外交官として動くためウェルテスに在中していたシャーリィが親友と顔を合わせるのは実に二か月ぶりで、さらに切望していた妹と再会できたと聞けば嬉しく思わないわけがない。シャーリィは、花が開くように顔を綻ばせた。
「良かった! やっぱり、生きていたのね!」
「ええ! 早くあんたに知らせたかったの」
フェニモールはテューラの背中を押して前に立たせ、シャーリィたちを紹介した。しかしテューラは顔を背けたまま、言葉を返す様子も見せない。思わず、クロエはムッと顔を顰めてしまう。フェニモールも失礼な妹の態度を窘めるが、テューラは絡まる姉の腕を解いて腰へ当て、キッとした睨みをシャーリィたちへ向けた。
「私は認めませんから、あなたみたいな人がメルネスなんて」
思わず、シャーリィはパチクリと目を瞬かせた。クロエは思わず、セネルの方を見てしまう。これはまた、真正面から切り込む少女だ。セネルは思わずシャーリィへ手を伸ばしかけて、それをグッと握りこんで引き戻した。
「テューラ!」
「姉さんこそどうかしているわ。この人は、色ボケてメルネスの立場も忘れてしまったのよ! あのバカな噂を聞いたでしょ」
テューラの指摘に、噂の内容を思い出したシャーリィはカーッと頬を赤らめてしまう。それ見たことか、とテューラは言いつのった。
「まさか、その家が陸の民との愛の巣なんて言うんじゃないでしょうね」
「ち、違う!」
「まさか!」
これにはセネルも赤面し、二人して首を振って否定する。じっとりと疑わし気な様子のテューラの隣で、少々残念そうにフェニモールは眉を下げた。
「シャーリィは外交官としてこの街にいるだけだ。あなたも知っているのではないのか?」
さすがに気の毒になって、クロエは助け舟を出した。テューラは腕を組んで唇を尖らせる。
「ええ。実際この目で見るまで、信じられませんでしたけど。姉さんや同胞を傷つけた陸の民なんかと、よく一緒にいられますね」
シャーリィは柳眉を歪め、腹の前に組んだ指へ力を込める。セネルも、細く尖った刃で胸を貫かれたように顔を歪め、顔を伏せた。
「あなたは私たちの希望だった。それなのに、色恋に囚われて私たちを裏切ったんです、今も裏切り続けているんです」
「テューラ!」
姉の制止を振り切り、ツインテールを揺らしたテューラはシャーリィへ詰め寄る。
「あなたがやるべきなのは、この人たちと慣れ合うことじゃない、滅ぼすことでしょう」
「……それは違うよ」
間近に迫ったテューラの瞳を真っ直ぐ見据え、シャーリィはゆっくりと言った。
「陸の民も水の民も、命の重さは比べられないよ。どちらが大切とかじゃない。私はどちらも大切だから」
「聖人ぶるつもりですか。そんな綺麗ごと並べたって、あなたが同胞より陸の民を選んだという事実は消えません」
テューラはサッと踵を返し、これ以上この街にいたくないと言い捨てて去って行った。頑なな妹の背中を見送り、フェニモールはシャーリィたちへ「ごめんなさい」と頭を下げた。
「そんな、やめてよ、フェニモール。テューラさんの言葉は……そんなに間違ってないよ」
シャーリィの言葉は沈んでいき、それと一緒に視線も落ちる。フェニモールは申し訳なさそうに眉根を下げたまま、両手の指を絡めた。
「実は、水の民の里でも、やっぱり陸の民を許せないって人はいるの――テューラみたいに過激な子はいないんだけどね、あの子、どこまでも真っ直ぐだから――」
説得してもテューラの態度はあの調子だったと肩を落とすフェニモールへ、シャーリィは首を振って気にするなと微笑んだ。
「今は無理でも、いつか分かってもらえるように、私は私のできることをしようと思うの」
一人では心も折れてしまうだろうが、シャーリィには信じて共に歩いてくれる仲間がいる。フェニモールのように。その言葉を聞き、フェニモールはホッと胸を撫でおろした。
「でも、滄我が陸の民を許すなら、それに従うって水の民もいるわ」
水の民は良くも悪くも、滄我の意志を尊重する傾向がある。マウリッツを筆頭にしたその傾向が強い人々は、陸の民との和解案を受け入れているのだ。
「それにね、和解に前向きな人たちの中には、あなたたちの噂に結構感化された人もいたみたい」
良かったわね、とフェニモールは少しいたずらっぽく笑う。セネルとシャーリィは思い出したようにまた赤面した。フェニモールはセネルを一瞥して、そっとシャーリィの耳元へ口を近づける。
「で、結局愛の巣ではないの?」
「〜っフェニモール!」
シャーリィの裏返った声で真実だと察したフェニモールは、心底がっかりしたように吐息を漏らした。
「ワルターさんに、シャーリィとお兄さんの新居を見てきますって言っちゃったのに……」
ぽつりと溢された独り言に、セネルはビクリと背筋を震わせた。
「……因みにだがフェニモール、例の噂、ワルターは……」
「勿論。里には広まっていますから」
フェニモールの好い笑顔で答えるが、セネルはガックリ肩を落とす。彼の思考を察したクロエは、同情して肩を叩いた。
近々ワルターもこちらを訪問したいと言っていたという伝言を聞き、セネルはますます背を丸くし胃の辺りを抑えるのだった。
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