日常クエスト(ウィル編)
古刻語で歌われる子守歌が、風に乗って草花を揺らす。ふくふくとした頬をだらしなく緩めた赤ん坊が、その子守歌と日光の心地よさに身を預けている。赤ん坊を腕に抱いたシャーリィは、できるだけゆっくりと身体を揺らしながら、子守歌を口ずさんでいた。
彼女の姿を眺めながら、セネルは樹の幹に背を預けて目を細めた。
「セネルくん、だらしない顔してる」
足元にしゃがんだハリエットに指摘され、セネルはハッと口元を手で覆った。ハリエットは慌てた彼の様子を笑い、またシャーリィの方へ視線を戻した。
「さざ波が歌っているみたい……綺麗な歌だね」
「ああ。ステラ……シャーリィの姉も、歌がうまかった」
幼い頃、遊び疲れて横になるセネルとシャーリィの背を優しく叩いて、彼女はよくこの歌を歌ってくれたものだ。目頭を熱くする光景が不意に浮かんで、セネルは思わず目を伏せる。しゃがんで立てた膝に頬杖をついたハリエットは、小さく息を吐いた。
あの赤ん坊は、勿論シャーリィの子ではない。朝起きると、ウィルの家の前に籠ごと置き去りにされていたのだ。幸いというか、赤ん坊の名を記した紙が入っており、赤ん坊のおおよその年齢と名を元に両親を割り出すため、ウィルはクロエと共に病院へ行っている。
「本当なら、ああやってあやすのはお母さんの役目なのよね」
「そうだな」
ハリエットの呟きに相槌を打ちながら、チラとセネルは彼女を一瞥する。
「寂しいか?」
「……少し」
ハリエットは肩を竦め、腕を伸ばした。
「ママもああやって、ハティを抱きしめてくれたのかなぁって……抱きしめてくれたんだよね。だってハリエットが歩いてしゃべるようになっても、優しく抱きしめてくれたんだもの」
少し浮かんだ恥ずかしさを誤魔化すように、ハリエットは笑う。それからセネルの方を見上げて「セネルくんもそうだったの?」と首を傾げた。セネルは少し返答に迷い、腕を組む。
「……分からない、な。俺は孤児で、両親の記憶はないから」
「あ……ごめんなさい」
「気にするな」
特にこの少女へ両親のことについて誤魔化すのは得策でないと思い、セネルは正直に告げる。すると、ハリエットは少し顔を強張らせた。しかしセネルの言葉通り深く気に病んだ様子はなく、またシャーリィたちの様子を眺めていた。
「……俺が言うことじゃないが、父親だってああやって抱きしめてくれる存在だと思うぞ」
たどたどしく、セネルは言葉を紡ぐ。ハリエットはシャーリィたちに視線を向けたまま、コクリと頷いた。
「過去に寄り添うことはできない」
「……!」
「セネルくんが言ったんじゃない」
目を丸くしたセネルが面白いというように、ハリエットはクスクス笑う。それから、立ち聞きしてしまったことを詫びた。セネルは少しの気恥ずかしさを感じながら、ズルズルとしゃがみこむ。
「ハティなりに考えたんだ。ママの思い出を大切にして、あいつを許さないでい続けるのは、過去に寄り添って、前に一歩も進まないってことなんじゃないかなって」
幼い少女なりに、たくさん考えていっぱい悩んだのだろう。まだ完全に腹に落としたわけでないことは、ハリエットの横顔を見れば分かった。
「でも納得しきれないことはあるでしょ? ハティにはまだ難しいところもあるけど、でもね、ハティなりにどうにかしたいって思うのよ」
許すのか許さないのか、どちらかを選んだとしてもあの男と気持ちの折り合いをつけなければいけない。ハリエットはこれからも生きていくのだから。
「よし」と溢して、ハリエットは立ち上がった。彼女のつけた花飾りが日光に当たってきらりと光る。
「ハリエット、その花飾り、似合っているな」
歩き始めたところを呼び止めたセネルがそんなことを言うものだから、ハリエットはポカンと口を丸く開け、それからクスクス笑った。
「セネルくん、今更だよ。シャーリィはずっと前に褒めてくれたわ」
「悪かったよ……」
そういったことに疎いのだと苦く笑いながら、セネルも立ち上がる。ハリエットは首を振って、「ありがとう」と礼を言った。
「ママから貰った、お気に入りなの!」
そう微笑んで、ハリエットは赤ん坊をあやすシャーリィの方へ駆けて行く。
きっと、彼女の母親も笑顔と花が似合う可憐な女性だったのだろう。出会ってことない女性の面影を少女の隣に見た気がして、セネルは思わず目を細めた。
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