#アバンタイトル
「……ねぇ、カラ松兄さん」
レースがたっぷりついたピンクの日傘をクルリと回し、トド松は日を受けて煌めく水面を見やった。彼の言葉を受けて、カラ松はガーデンチェアに横たえていた身体を起すと、サングラスを額へ押し上げた。ガーデンチェアの隣にしゃがみこんでいたトド松は、少し日傘を傾けてカラ松を見上げると、クスリと笑う。
「どうしたの、その恰好?」
これか?と、カラ松は胸元へ手をやった。ぴっちりとした黒いビキニ以外、何も身に着けていない体躯は、筋肉を惜しげもなく日の下へ晒している。兄弟一の筋肉質を自負しているだけあり、華奢なトド松より肩幅と厚みがあった。
「誰に見せているの? ……誰もいないのに」
松野兄弟邸宅にある広々とした屋内プールには、彼ら二人の他に人影はない。ただキラキラと輝く水面だけが、立ち上がって腰に手をやるカラ松の体躯を見つめている。トド松はそちらを一瞥して曲げていた膝を伸ばすと、クルリと日傘を回した。カラ松はフッと口元に笑みを浮かべ、取り上げたサングラスを背後へ放る。
「お前がいるだろ、トド」
かちゃん、とタイルとサングラスがぶつかる音がする。少々響いたから、ヒビが入ったかもしれない。トド松は顎へ人差し指を添え、小首を傾いだ。
「僕?」
「ああ」
カラ松はこれで話は終りだと言うように満足げな笑みを湛え、プールへ足をつける。ザブンと肩まで浸かる彼の背を見送り、トド松は「どういうことなのかな」と呟いた。一度頭まで沈んだカラ松は、濡れて額に貼りつく前髪をかき上げる。そんな彼の向いで、ザバァと水面が盛り上がった。
突然のことに驚いて目を瞠るカラ松とトド松の前に現れたのは、兄弟のチョロ松と十四松だった。白く滑らかな布一枚纏ったチョロ松は、溜息を吐いて雫の光る眼鏡を押し上げる。
「全くカラは……何も分かっていませんね」
プールの中央辺りで立ったまま、チョロ松は腕を組んだ。彼と同じように水面から顔を出した十四松は、すいー、と水を掻いく。そして、トド松を挟んだカラ松の隣でプールサイドに肘を置いた。
「そうだねぇ。ここにはいーっぱい、カラ松兄さんを……いや、僕らを見つめる視線があるよ」
バチン、と片目を瞑り、十四松はカラ松とトド松を順番に見やった。まだ察しないトド松はコテンと小首を傾ぐ。十四松は「例えば、」と前置きして、プールへ浸けたままの腕を勢いよく振り上げた。キラキラとした飛沫がかかり、トド松は「わ!」と日傘の存在も忘れて腕で顔を覆った。
「見て、トド」
優し気な一つ上の兄の声に、トド松はそろそろと目を開いた。そして、思わず言葉を失う。水晶のようなキラキラとした雫と共に、七色の薄いベールが目の前に広がっていたのだ。普通ならばすぐに消えてしまう筈のそれは、しかしずっとそこに留まり続けている。
「虹だぁ……!」
「そう。虹も水も風も、空だって!」
カッ、と十四松の声につられ、太陽の光が強さを増したようだった。雲一つない青天に、トド松は目を細め、日傘の影に身体を隠した。その御簾の後ろへ隠れてしまうような姿に、すぅと太陽の光が弱くなる。
「森羅万象、全てを魅了する――それが我ら、F6です」
濡れた前髪をかき上げ、チョロ松はニッコリと微笑んだ。また太陽の光が強さを増し、「もう、日焼けしちゃうよ!」とトド松はぷっくりと頬を膨らめた。
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