日常クエスト(ジェイ編1)
ミュゼットの依頼を受け、モフモフ族の村跡地の調査に訪れたセネルたちは、暗殺集団と思しき敵と遭遇していた。
「これが忍者……」
「なんじゃ、ジェイ坊と似た技を使いよるのぉ」
ぽつりとモーゼスは感想をぼやいたつもりであった。するとジェイはキッと彼を睨み、珍しく声を荒げる。
「僕とこんな連中を、一緒にしないでください!」
叫んでから、ジェイはハッと我に返り顔を背ける。
「ジェージェー?」
「何でもありません……さっさと調べて帰りましょう」
突き放したような声に、ノーマですら大人しく頷いた。
暗殺集団が縄張りにしていると情報があったが、野営地としていた痕跡――焚火跡や、テントを張ったような窪み――は見当たらない。セネルは軍人としての観点から、ここにいなかったのではないかと告げるが、ジェイが首を振って否定した。
「忍者は隠密活動が鉄則です。そう簡単に痕跡は残していないと思います」
気配をしっかり追わなければ、と言いかけてジェイは言葉を止めた。彼はとある木の影へ視線を向けている。どうかしたのかと声をかけたウィルに手の平を向け、ジェイはそちらへ向けて小太刀を投げつけた。
カ、と音を立てて木の幹に当たるかに思われた小太刀は突如軌道を変え、木の足元の地面に突き刺さる。クツクツ気味悪い笑い声が聞こえてきて、ノーマは背筋を震わせた。
「私の気配を感じ取るとは……」
姿を見せたのは、一人の男だった。遺跡船の住人の間で噂になっていた不審者と、服装が一致する。先ほどの言葉からしても、この男が暗殺集団の一人であることは間違いないだろう。
セネルはそっとシャーリィを庇うように立った。
「やはり来ると思っていましたよ」
「何……?」
いつでも攻撃ができるよう構えつつ、ウィルは男の言葉に眉を顰める。
「灯台の街に情報を流せば、必ず調査にあなたたちが来るだろうと思っていました」
「わざとおびき出したということか」
「ええ。でないと、無能なあなたたちは私を見つけられないでしょう」
「むき〜! 馬鹿にされた!」
「へっ、負け惜しみじゃろう! さっさとかかってこんかい!」
「では遠慮なく――煌髪人のお嬢さんをいただきます」
男の言葉と共に、魔物が現れた。飛び掛かってきた一匹を剣で叩き斬り、クロエは更に隣のもう一匹を切り捨てた。
「やはりシャーリィが狙いか! 依頼主は誰だ!」
「答えるとでも?」
男はヒラリと後方へ飛ぶ。数瞬遅れて、男のいた場所に雷が落ちた。インディグネイションが外れたことで、ノーマは不機嫌に顔を顰める。
「あ〜、もう! すばしっこい!」
支援の詠唱に集中するシャーリィへ飛び掛かって来る魔物を、セネルは蹴り飛ばした。
「どこの国であれ関係ない。遺跡船をくだらない争いのために使わせたりしない!」
フッと男は嘲るように笑った。
「くだらなくなどありませんよ。この船の力は、国家間の力関係を揺るがすことができる。これほどまでに魅力的なものはない!」
立ちはだかる魔物を薙ぎ倒して道を作ったクロエが、男へ斬りかかる。しかし衝撃波の軌道すら読んだ男は、ヒラリヒラリと身軽に躱した。
「あなたの国も欲しがっているんですよ、クロエ・ヴァレンスさん」
「!」
目を見張るクロエの様子にクツクツ笑って、男は彼女の頭上を飛び越えると背後へ着地した。
「あなた方のことはすべて調べてあります。ウィル・レイナードさんに、ノーマ・ビアッティさん、モーゼス・シャンドルさん」
そして、と言葉を切り、男はギラリとした視線をセネルたちへ向ける。セネルは咄嗟に背中に庇ったシャーリィを隠すように腕を広げる。
「セネル・クーリッジ――実に面白い。遺跡船に来て良かったですよ」
喉に引っかかるような笑い声を続ける男の姿は不気味で、セネルは思わず背筋を震わせて一歩後ずさった。
「あら、私はぁ?」
緊張感のないのんびりとした声を上げて、グリューネは自分を指さす。男はストンと表情を無くし、首を傾ける。
「そうそう、あなたも多少興味深いです。幾ら調べても名前しか分からなかった……まるで、記憶と一緒にその存在まで失ってしまったようだ」
ニヤァと男は口端を持ち上げた。さすがのグリューネも、不快そうに柳眉を顰める。
「今の世界はどうもつまらない。私が世界を盛り上げて差し上げますよ――戦争という名の最高の舞台を以てしてね」
「そんなこと、」
「させるか!」
クロエの魔神剣とセネルの魔神拳が同時に放たれる。しかし二つの衝撃波も躱し、男は姿を消した。
「消えた!」
「どこじゃ! 出て来んかい!」
引きつるような笑い声を残し、男の気配は完全に断たれた。悔しさに歯噛みするモーゼスの隣で、ストンとジェイが座り込む。
「ジェイ坊?!」
「だ、大丈夫です。ちょっと力が抜けちゃって……」
ジェイは微かに震える指で肩を抱く。モーゼスは眉を顰めながら片膝をつき、彼の顔を覗き込んだ。
「顔色悪いぞ、ほんまに大丈夫か?」
「大丈夫です。……モーゼスさんに心配されるとは、屈辱です」
「軽口が叩ける余裕はあるようだな」
ポンと頭を叩いて、ウィルはジェイに手を差し出した。少し迷ってからそれを取り、ジェイは立ち上がる。
「ほんとに大丈夫? モーすけに運んでもらったら?」
「大丈夫です。早く村へ戻りましょう」
頑なに言い張り、ジェイは一人で歩いていってしまう。ノーマたちは少し顔を見合わせ、様子のおかしい彼を追った。

モフモフ族の村へ戻ると、ジェイはキュッポたちと目を合わせることもせず自分の部屋へ閉じこもってしまった。様子のおかしい彼を心配したキュッポたちへ、セネルたちは先ほど遭遇した男のことを話す。するとキュッポたちは固くした顔を見合わせた。
「それは恐らく……ソロンだキュ」
「ソロン?」
「ジェイを育て、そして捨てた男だキュ」
ジェイは遺跡船にやって来たとき、ソロンという男が率いる暗殺者集団の一人であった。実の親に捨てられたジェイを拾い、暗殺者として育てたのがソロン。彼は以前も部下を引き連れて遺跡船に乗り込んできた。しかし事前に情報を掴んでいた遺跡船側は鎮圧部隊を編成し、逆に暗殺者集団を追い払った。その際、ソロンはジェイを囮にして逃走したのだ。一人残されたジェイは力尽きて倒れていたところ、キュッポたちに拾われて今に至る。
「始めの頃、ジェイは全然喋らなかったキュ」
「感情を失ったみたいに、怒りもしないし、笑いもしなかったキュ」
「まるで、人形みたいだったキュ」
その頃の様子を思い出して、キュッポたちは眉を下げる。ノーマは出会った当初無愛想だと文句を言っていたが、あれでも随分明るくなった結果だったのだ。
「最近のジェイは、本当に楽しそうなんだキュ」
「皆さんと一緒にいると、いっぱい笑うんだキュ」
「でもさっきのジェイは……あの頃みたいだったキュ」
「出会った頃のジェイには、戻ってほしくないキュ」
「ジェイには、いっぱいいいっぱい、笑ってほしいんだキュ」
「ポッポたちが、ジェイを守るんだキュ!」
コクリとキュッポたちは頷き合い、誓いを示すように腕を掲げる。小さい身体に勇気を詰め込んだ彼らを見て、セネルたちも頷き合った。
「俺たちも協力しよう」
「あんなジェージェー、逆に調子が狂っちゃうもんね」
「ジェイを、ソロンの呪縛から解き放ってやろう」
心強い言葉に、キュッポたちも破顔する。よし、と頷いて、ウィルは顎に手をやった。
「ソロンを討伐するとして、どこにいるかだな」
目的が立ったなら、手段を講じる必要がある。ソロンたち忍は、隠密行動に長けている。今回も遺跡船に上陸する情報は掴めたが、どこに潜伏しているかは判明していないのだ。モフモフ族村跡地にいたという情報が罠だったことも考えると、今後浮上する噂を簡単に信じるわけにもいかない。
「関係ないじゃろ、罠だとしても、そこにソロンがおるのは間違いないんじゃから」
虎穴に入らずんば虎子を得ず、モーゼスは罠ごと叩き斬ってしまえば良いと膝を打つ。ウィルはそうだな、と吐息を漏らした。
「……ま、結局はそうなるのだろうな」
「ソロンの部下が何人いるのかも気になる。場合によっては、カーチス殿たちに援軍を頼まなければいけない」
「そこだよね」
ピン、とノーマは人差し指を天井へ向けた。
「ジェージェーを囮にして逃げるような卑怯な奴が、なーんでさっきは私たちの前に姿を見せたんだろう」
シャーリィたちを街はずれにおびき出したのは、街だと人目も警備の数も多いからだろうが、わざわざソロン本人がすぐに姿を見せずとも、部下に襲わせる手があった筈。確かに、とクロエは眉を顰めた。
「部下の失敗を恐れ、万全を期したと思いにくい。奴はこちらへ、直接攻撃しようとしなかった」
「自分の目で確認しておきたいことがあった……?」
こちらの武力を推し量ったとは思いにくい。そんなもの、彼らの諜報能力ならとうに把握できていそうなもの。
「そういえばアイツ、セネセネとグー姉さんになんか変なこと言ってたよね」
ノーマが声をかけると、壺を抱きしめていたグリューネは頬へ手を当てて首を傾いだ。
「ああ、そうだったわねぇ。何だったかしらぁ」
「……記憶と一緒に、存在も忘れたようだ」
「ああ、そうだったわあ」
不思議なことを言うものだ、とグリューネはクスクス笑う。ノーマは彼女の追求を諦めて、セネルへ視線をやった。何かじっと考え込んでいたセネルは、シャーリィに声をかけられてハッと我に返る。
「ああ……いや、俺は別段何か言われたわけではないが……」
しかし、と言葉を切り、セネルは顔を歪める。ソロンがこちらを射抜いた瞳は、何もかもを見透かしたような色を湛えていたのだ。
「……まるで、俺の力のことを知っているみたいだった」
「まさか」
言いかけてウィルは口を噤んだ。ヴァーツラフもその存在を認識していたような様子はあった。軍の資料室にあった資料がその証拠だ。だが、ゼルメスの存在が誰なのかまで、追求しようとした様子はない。ヴァーツラフの目的は滄我砲であり、光跡翼ではなかったのだ。
「ソロンの目的も滄我砲だと思うが……」
「水の民ならともかく、奴らが何の目的で光跡翼を利用するんだ? 戦争の道具には使えないだろう?」
あれは大地を作り、また沈下させるための装置だ。大陸での戦争に利用できるとは思えない――一見は。ふと思い浮かんだ考えに、ウィルは眉を顰めてすぐにそれを頭から振り払う。
「取敢えず、一度街へ戻ろう。ソロンの居場所を探すにしても、一度休息すべきだ」
彼の提案にセネルたちも頷き、ジェイをキュッポたちに任せて一度街へ戻ることになった。

(滄我砲……光跡翼……戦争の、道具……)
セネルたちの話を部屋の外で聞いていたジェイは、ゴクリと唾を飲みこんだ。まさか、という言葉が口から零れ落ちる。
ソロンがわざわざ姿を見せたのは、ジェイの動揺するさまを眺めると共に、モフモフ族を使った脅しをかけるためだろう。しかし、それ以外にも、確認したいことがあったとしたら。
(まさか、アイツは……)
ドクンドクンと心臓が高鳴り、息が切れる。ジェイは胸元を掴んで身体を丸めた。きつい修行に耐えかねて泣き言を叫ぶたび、叩かれたり殴られたり、傷つけられた記憶が蘇る。身体の傷が癒えたから、心の方も無くなったのだと思っていた。実際は厚い瘡蓋に覆われていただけで、小太刀よりも鋭い男の存在はその瘡蓋を容易く剥がしとってしまった。
「僕は……どうしたら……」
ドクドクと心から流れ続ける血を、ジェイは一人で抱きしめたまま目を閉じた。
×
「#オリジナル」のBL小説を読む
BL小説 BLove
- ナノ -