日常クエスト(星祭編3)
「輝きの泉に、何かあるのか?」
歩きながらクロエが訊ねると、セネルは少し口ごもった。
「シャーリィが待っているらしい」
クロエは納得する気持ち半分、「おや」と首を傾げた。
「ワルターが手を貸すとは意外だ……罠じゃないだろうな?」
「さすがにこんな状況で嫌がらせをする奴じゃないだろう。……どうやら、だいぶフェニモールに尻に敷かれているらしい」
クロエはまた目を丸くした。彼女の感情をくみ取り、セネルも苦笑する。クロエは後ろで指を絡め、そっとセネルの横顔を見やった。
「……シャーリィが待っているという意味を、分かっているのか?」
「ああ。そのつもりだ」
答えが返ってくるのは早かった。真っ直ぐ前を見るセネルの瞳を見て、クロエは爪先に目を落とした。「そうか」と少し掠れた声が唇から零れた。
輝きの泉の入り口が見えてくる。クロエは足を止め、セネルの背中を見つめた。
「クロエ?」
立ち止まった彼女を訝しがって、セネルも立ち止まって振り返る。クロエは深呼吸をし、フッと表情を和らげた。
「シャーリィと会う前に、私の話を聞いてもらって良いか? クーリッジ」
「あ、ああ」
礼を言って、クロエはセネルと一人分間を空けた場所まで足を進めた。少し上にあるセネルの顔を見つめ、自然と綻んだ表情を向ける。
「クーリッジ、私はお前のことが好きだ」
滝の音が、静かに響いている。セネルは少し瞳を揺らしたが、すぐに真っすぐクロエを見つめ返した。その真っすぐな瞳に心臓がトクトクと鳴るのを感じながら、クロエは汗ばむ手を背中の方で握りしめる。
「仲間としてだけじゃない、異性としてだ」
一度目は殆ど衝動的に告げてしまった上、その後のごたごたで流れてしまい、返事を聞きそびれていた。返事をもらい損ねていた、とクロエが告げたところでセネルは申し訳なさそうに顔を顰める。
「それは、すまなかった」
「気にするな」
「それと……ありがとう」
「うん」
声が震えないよう、クロエは唇を引き結んだ。セネルは視線を逸らさず、真っ直ぐクロエを見つめる。
「……――悪い」
ぷ、とクロエは思わず吹き出してしまった。やっと絞り出したのが詫びの言葉とは、彼らしい。
「な、なんだよ」
「いや……クーリッジらしいと思って」
「……悪かったな、慣れてなくて」
拗ねるセネルにそうじゃないと手を振って、クロエは目の端に浮かんだ雫を指で払った。
分かっていたのだ、この結果になると。彼が大切だと思うような異性は、隣に立って共に戦うような存在ではないのだ。こんなことなら剣を捨ててしまえば良かったのかとくだらないことを夢想するが、それはクロエではなく、そんなクロエのことなどこの男はきっと仲間と呼ぶこともしなかっただろう。剣を持って共に戦うクロエだから仲間と呼び、一歩引いたところで支える芯の強さを持った少女を大切だと抱きしめる。セネル・クーリッジとはそういう男だ。
ノーマだったら、「そんなやつならこっちから振っちゃいなよ!」とスッパリ斬り捨ててしまいそう。しかし、クロエがこのポジションを厭うつもりはない。ただ少し、欲張りになってしまったのだ。セネルにとっての『共に並び戦う仲間』と『共に歩く大切な存在』は別物なのだが、両方併せ持つ存在になりたいと、思っていた。
「まあ私も、諦めは悪いからな」
声を張り、クロエはビシリと指をセネルの鼻先へ突き付ける。勢いに押され、セネルは一歩後ろに足をついた。
「もし付け入る隙があれば、見逃さないからな」
覚悟していろよ――ツン、とセネルの鼻頭を突くと、クロエは踵を返した。ひらひら手を振って、少し足早にその場を離れる。
「ありがとう、クロエ」
セネルの声が聞こえたが、クロエは振り返らなかった。今振り返ると、こみ上げるものを堪える不細工な顔を見せることになるからだ。

銀の光を受けて輝く泉のほとりで、シャーリィは一人佇んでいた。小さな足音を聞き、パッと顔を上げる。
「お兄ちゃん……」
いつもは見ない服に身を包んだセネルは、同じように珍しい服装のシャーリィを見て驚いているようだった。
「フェニモールが作ってくれたんだって」
「ああ……じゃあ、これもか」
少し気恥ずかしいと呟いて、セネルは首元を掻いた。それから泉を見下ろせるようシャーリィの隣に並んで、セネルは綺麗だなとぼやく。コクリとシャーリィも頷いた。
「お兄ちゃん」
意を決して、シャーリィは名を呼んだ。セネルが横を向くと、伏せていた顔を上げたシャーリィがこちらを真っ直ぐ見上げている。セネルも身体の向きを彼女へ向け、言葉の続きを待った。
「……あのね、私、お兄ちゃんが私と一緒に歩いて行きたいって言ってくれたこと、本当に嬉しかったの」
「……うん」
「私もね、ずっとずっと、そう思っていたから……」
少し目を伏せかけて、シャーリィはグッと堪える。
「今はまだ、お兄ちゃんとしか呼べない……でもいつか、ちゃんと名前で呼びたい――そしたら、私と」
胸元で手をキュッと握り、シャーリィは小さく呼吸をする。
「ずっと一緒にいてくれますか……?」
銀色の光に照らされた頬は、ほんのり赤くなっていた。セネルは思わず、口元を緩める。何となく、先ほどのクロエの気持ちが分かった。
「俺は、シャーリィが決めた道を全力で応援する。シャーリィが一人で立てるまで待ってほしいなら、幾らでも待つつもりだ」
不安げなシャーリィの肩へ手を添え、セネルはゆっくりと言葉を紡いだ。
「俺も、シャーリィの隣に立つに相応しい男になれるよう、努力するよ。だから、約束してほしい」
「え……?」
「一緒に歩いて行こう、シャーリィ」
セネルはふわりと微笑む。シャーリィはくしゃりと顔を歪めて、堪らないという風にセネルの胸に飛び込んだ。セネルはしっかりと彼女の身体を抱きしめ、目を閉じる。
水の流れる音だけが響くこの場所で、二人の様子を見守るのは仄かに光る泉と銀の光を降らす月だけだった。
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