薊と茉莉花
あれ以来、シンタローとヒヨリは、幾度か任務を共にした。
ヒヨリは何度となく軍部の動向についても彼に訊ねたが、その度にシンタローは無言で顎を引くだけだった。
そんな彼の反応に釈然としないまま、その日、ヒヨリは射撃練習を終えて軍の廊下を歩いていた。
ここ数日で、一気にきな臭さが増した気がする。それはそう、姉の死の原因となった、誤射事件からであろうか。
年もかなり離れていた彼女と最後に会ったのは、ヒヨリが軍に入隊した時であった。
私の分まで頑張ってね、と頭を撫でる手に、とてもこそばゆくなったのを覚えている。
アヤカは訓練中に足を痛め、兵士を早々に引退していた。だから両親も、ヒヨリに期待しているのだ。
それは彼女が生まれた時からのものであり、それが重荷であるのだとヒヨリが自覚したことはない。常に、そこに在ったから。両親もまた、ヒヨリ自身を見て期待していたから、それを厭うこともない。
そんなことをつらつらと考えていたからであろうか、ヒヨリの視界は唐突に遮られた。次いで何かにぶつかり、ヒヨリは強かに尻もちをついた。
「っ!」
機嫌の悪さは一瞬で最高潮に達し、ヒヨリは相手を怒鳴りつけてやろうと顔を上げる。
しかし、そこにいたオレンジ色の光に、彼女は目を奪われた。
「ごめんなさい、大丈夫?」
服装からするに、入隊したばかりの新兵か。
ヒヨリの方が幼く背も低いから、相手は右胸で輝く佐官の紋章には気づいていないらしい。
相手はヒヨリの手を引くと、彼女を立たせて膝や臀部についた砂埃を払い落した。
「急いでいたから……本当にごめんなさい!」
パチン、と顔の前で手を合わせ、一生懸命謝る新兵の少女。ヒヨリは彼女の可愛らしさに思わず目を逸らし、小さく大丈夫だと告げた。
本当にごめんなさい、と最後まで続けながら、その少女は慌ただしく駆けていく。その背中を見つめながら、ヒヨリはほう、と吐息を漏らした。
なんとまあ、女の子らしい。大きな目に、桃色の唇と頬。髪は明るい橙色で、声は高すぎず、歌えば綺麗に響くだろう。それに比べて、自分は。
「……」
常に淡々とした無表情。笑えば大きくなるが、普段は鋭いと思われかねない目つき。
彼女とは、何もかも違った。手だって、ずっと武器ばかり持っていたから、傷だらけだ。
(それに……)
指を絡めつつ、ヒヨリはちらと涼やかな胸元に目を落とした。それからガク、と肩を落とす。
嗚呼、なんて残酷な世界。
―――プルルルルル。
「はい、もしもし!」
無機質に受信の音を響かせた携帯端末を耳に当て、ヒヨリは半ば八つ当たりのように声を荒げた。
「……何怒ってるんだ」
「あら、如月少将」
別に何でも。そう素気なく答える。
シンタローは釈然としない様子で唸った。
「それで用件は?さっさとしてください」
「お前なぁ……」
電話越しにシンタローが頬を引き攣らせているだろうと解る。ヒヨリはこっそり舌を出した。
諦めたように、シンタローは溜息を吐いた。
「お前に、頼みたいことがある」
―――そうしてヒヨリもまた、【カゲロウプロジェクト】を中心とした騒動に、巻き込まれていくこととなる。



腰に手を当てる少女に、シンタローたちは僅かに緊張する。
しかしそれは、息を切らしたマリーの声で緩和された。
「お婆ちゃん〜!」
早いよ〜、なんて言いながら駆けてきたマリーは、大きく息を吐いて肩を揺らす。彼女の少し後ろからは同じように、若干息を切らしたキドたちの姿も見えた。
「っお兄ちゃん!」
「!モ、ヴォ!」
後半が奇声になったのは、モモが全力でシンタローに体当たりをかましたからである。
奇声と一緒に唾液と、ついでに魂の緒も吐き出しかけて、シンタローはそのまま強かに尻もちをついた。
「無事で良かったー!」
「モモさん、シンタローさん死んじゃいます」
ぐたりとするシンタローの胸倉を掴んで揺すりまくるモモの肩を、ヒヨリが恐る恐る叩く。ヒビヤは呆れて大きく肩を落とした。
何となく主人にじゃれつく大型犬のようだと、如月兄妹の様子を見ながらキドは思ってしまう。
と、そんな彼女たちへ、驚いたような顔をした『蛇』が、僅かに震える足で近づいた。
「……アザミ」
「……貴様は『冴える蛇』か。随分と久しいな」
嘗ては、シオンの良き遊び相手となってくれたものだ。そう在りし日に想いを馳せながら、アザミは小さく微笑んだ。
『蛇』も同じように回想したのか、少々居心地悪げに視線を逸らす。
彼らの様子を横目に見つつ、シンタローはキドに説明を求める。彼女は小さく肩を竦めて、先ほど起こった出来事をシンタローに耳打ちした。
成程、と頷きシンタローは腕を組む。
アザミの言っていた蛇の数は九。しかし、今シンタローが把握しているのは八匹の蛇だ。後一匹は、一体。
そんな彼の探るような視線を受けているとも知らぬまま、アザミは『蛇』と向かい合っている。
「……眠っていると、聞いた」
間に落ちる沈黙を先に破ったのは『蛇』だった。アザミはああと呟いて、先ほどキドたちにしたのと同じ説明を繰り返した。それを聞き、『蛇』は眉を顰める。
そんな彼から視線を逸らし、ふとアザミはシンタローを見つめた。居心地悪くてシンタローが肩を揺らすと、アザミは僅かに眉を顰める。
「そうか……お前は……」
「え?」
シンタローが思わず聞き返すと、アザミは目を閉じてゆっくり首を横に振った。何でもないと言うようなそれに、シンタローは思わず口を閉ざす。
アザミはコツと足音を鳴らしながら、空間を見渡すように歩いた。そしてキドたちから離れたところで、その足を止める。
「この世界の出口を作ってやろう」
「え、そんなことできるんですか?」
アザミの思いがけない言葉に、モモは思わず声を上げた。勿論と呟いて、アザミは肩を持ち上げる。
元々この世界はアザミが創りあげたものだ。創造主にできないことはない。
おお、とモモとセトは目を輝かせた。
「マリー」
「は、はい」
突然に名前を呼ばれ、マリーは声を裏返した。
彼女の方へ振り向きながら、アザミは小さな笑みを浮かべて見せる。
「お前は、ここに残らないか?」
え、とマリーは小さな声を溢す。
柔らかく笑んだまま、アザミは言葉を続けた。
マリーもアザミほどではないにしろ、長命だ。セトたちとの別れは、絶対に避けられない。
一人だけ老いていかない世界に身を置き、自身が人外であると知らされながらそれを待つよりは、同じ血を持つアザミと共に暮らす。同じ別れでも、後者の方が悲しみや絶望は少ないだろうと、アザミは言った。
「私はお前に、私と同じ辛さを味あわせたくない」
どうだ、とアザミは再度問う。
セトやモモが、若干の不安を視線に乗せてマリーを見やった。
マリーはきゅ、と胸元で手を握りしめ、そっと一歩踏み出した。あ、と言う風にモモは口を開き、上げかけた手を握った。立ち止まったマリーは自分より少し下にある祖母の顔を見下ろし、にっこりと笑う。
それからゆっくりと、首を横に振った。
「私はセトたちと一緒に戻るよ」
それは、この世界を抜けて元の、時間の流れる世界へ行くということ。
アザミも、モモたちも、僅かに目を見開いた。
どうして、とアザミが掠れた声で問う。
「別れが哀しいってことは、それまでの日々が楽しいってことでしょ?私は、例え辛くなっても、セトたちと笑って日々を過ごしたいと思うの」
ちらりと背後に立つセトたちを見回してから、マリーはアザミに視線を戻す。
「お婆ちゃんだって、お爺ちゃんと過ごした日々を後悔したことなんてないでしょ?」
幾ら彼との別れを惜しんだって、あの時出会わなければ良かっただなんて、そんなことを思ったことは一度だってない。愛があるから悲しいなんて言うなら、悲しみがあるから愛を求められるのだ。
綺麗に笑うマリーにつられて、アザミもふっと表情を崩した。
「……ああ、そうだな」
それは嘗て、自分も思ったことだったから。気持ちは、よく解る。
ほっとしたように、モモは肩の力を抜いた。それを横目で見ていたキドは苦笑し、そっとその背を押す。
モモは少し彼女を見やって、マリーに抱き着いた。
きゃっきゃと笑う二人を見つめ、さて、とアザミは腰に手を当てた。
「なら、この空間は壊してしまおうか」
「え、どうして?」
「もう不必要だからな」
ニコリと笑うアザミの意図を理解したのは、キドとシンタロー他、察しの良い何名かだけだった。
アザミがこの世界を創ったのは、家族で永遠に暮らしていくため。その家族が不要としているのだから、アザミにだって不要なものだ。
「そんなこと、させない」
唐突に、聞き覚えのある幼い声が耳をついた。
バッとヒビヤが振り返ると、いつの間にか辺りの闇が夥しい数の蛇たちへと姿を変えていた。不気味なその影に、ゾワリと肌が泡立つ。
じり、と後退しながら、カノはセトを庇うように腕を伸ばす。シンタローとコノハが先頭に立ち、彼らを威嚇するように身構えた。
そんな彼らの背後からずらりと並ぶ黄色い目玉を見返し、アザミはブワリと殺気だった。ふわ、と髪が僅かに浮き上がる。
「驕るな、蛇ども。貴様らは所詮、私が切り離した力の塊から自然発生した機能にすぎない」
本来、アザミに逆らえる筈はないのだ。
その事実のせいか、はたまたアザミ自身の威圧感のためか、蛇たちは擡げていた頭を低くし、怯えるように舌を揺らしながら後退していく。
最後の一匹までもが闇に溶け還っていって初めて、シンタローは刀にかける手から力を抜いた。ふう、と息を吐く肩を、労わるようにキドが叩く。
「ふざけるな!」
突然、そんな声が飛んだ。『蛇』である。
彼は嫌悪か怒りかで顔を歪め、ギリと歯噛みしている。アザミは冷静な眼で『蛇』を見返した。
「困るんだよ、この世界を壊されると」
『蛇』はツカツカと歩み寄り、彼女を間近で見下ろす。
彼の望みはこの世界の支配者になることで、アザミの今の言葉はそれの障害となるものだ。
シンタローは頭を掻いて吐息を溢した。
「だから言っただろう、お前一人の望みが叶うなんて虫が良すぎるんだよ」
「お兄ちゃん、台詞がちょっと悪役っぽい……」
モモの呟きをサラリと聞き流し、シンタローは『蛇』に歩み寄るとその胸元に拳をぶつけた。『蛇』の顔がぐしゃりと嫌悪で歪む。
「嫌がらせか」
「俺たちとお前は敵だ、仲間じゃない。嫌がらせにも全力をだすさ」
「……お前たちは、馬鹿だ」
「そうかよ」
ハンッと鼻で笑ってシンタローは踵を返す。
彼の背中を睨みつける『蛇』を見つめながら、コノハはそうかと独り言ちた。
思えば、この世界に来てからであろうか、『蛇』はガラリとその印象を変えている。
ただ気紛れな遊びのようにコノハたちを甚振っていた彼が、今は迷子になった子どものように何処となく頼りない。
メデューサであるアザミでさえ、あんなにも人間臭いのだ。その力の肩割れで、自我を持ち合わせている『蛇』もまた、そうならない筈がなかった。
「それに君、セトと約束したでしょ」
ね、とカノがセトに笑いかける。セトは強く頷いて、腰のベルトに挟んだリボルバーを叩いた。
「アンタを殺すのは俺っす。こんなところに閉じ籠られちゃ、困るっす」
「……ち」
舌を打ち、『蛇』は視線を足元に落とす。
これだから彼らは解らない。
しかし、だからこそ面白い。
そう心中で呟いて、アザミは薄く笑みを浮かべた。
「さて、話は済んだか?」
では、とアザミは片手を持ち上げる。
パチン。
アザミが指を弾くと、シャボン玉が弾けるように辺りの闇が崩れた。バラバラと零れていく破片を、セトたちは驚いて呆然と見つめる。やがて全ての闇が崩れると、彼らはいつの間にか、暖かみ溢れる小さな部屋に足をつけていた。キドたちはよく知る、マリーの家である。
指一つで世界を壊して見せたメデューサの力に、シンタローはほとほと感心して息を吐いた。
未だ状況を理解出来ず、モモやコノハは辺りをキョロキョロと見回しているし、ヒビヤやキドは思考停止しているのか硬直したまま動かない。
ほー、とただ呑気に感心していたマリーに、アザミがそっと歩み寄った。
「これを。寂しくなったらいつでも来い。私はここにいる」
そう言ってアザミがマリーの手に握らせたのは、古ぼけた鍵だった。
家を出る時、マリーはとうとう探し得なかった、この家の鍵だ。
マリーはそれをしっかりと握りしめ、また首を横に振った。
「寂しくなったら、じゃないよ。いつでも行くよ。だって私が体験した楽しいこと、お婆ちゃんにも分けてあげたい」
だから、絶対。
そう言ってアザミの手を包み、マリーはニッコリと微笑んだ。驚いて目を見開いていたアザミもふっと頬を緩め、頷きを返す。
「ああ。待っている」
そう約束して、指を絡めた。
嬉しそうに笑うマリーを彼女の背後から見つめ、セトはほっと息を吐いた。
嘗て、森で出会った泣き虫で寂しがりやの女の子。彼女が少しでも笑えればとその手を引いたが、その未来がここに繋がっていて本当に良かった。
「そうだ」
ふと、アザミはキドたちを見やった。ついでと言ってはなんだが、と前置きし、彼女は眉根を下げて小さく笑む。
「お前たちの『蛇』を、引き取ることもできるのだが」
キドたちは思わず顔を見合わせた。
研究によって埋め込まれた者、たまたま傍に居合せたがために手に入れてしまった者。彼らは誰一人、望んでその力を手に入れたわけではない。こんな力がなければと、何度思ったことか、しかし。
キドはカノたちの顔を見回して、ふっと微笑んだ。彼らの意志が自分のそれと同じであると察し、アザミへ視線を戻す。
彼女は首を、横に振った。
アザミは少々驚いたように目を僅かに開いた。
「何故だ?特に『盗む』の子……お前の能力の辛さは、私も良く知っている」
人間の言葉にしない想いほど、汚く苦痛なものはない。
セトは頬を掻いて小さく笑った。
確かに幼い頃は、嫌でも聞こえてしまう心の声に苦しまされた。力を疎み過ぎて、自分の意志で発動させることが出来なくなるほど。
けれど。
「いいんす。こんなものでも、俺たち自身なんすから」
キドは嘗て、シンタローに自分たちは能力に依存していると言った。
力を疎みながらも、手足と等しく己の一部としてそれを扱っていると。異質なものとはいえ、それは限りなく彼ら自身の一部だ。
確かに手足をもがれたら敵わないな、とシンタローは皮肉るように心中呟いた。
『蛇』はただ黙ったまま彼らを見つめ、アザミは柔らかく笑んで彼らに頷きを返した。
嘗てはアザミの一部であった蛇たちは、幸せかもしれない。まるでシオンを腕に抱いたときと同じような暖かさに胸が詰まり、アザミはそっと目を閉じた。

随分長いこと暗闇にいたからであろうか―――あの世界は時間の流れが存在しないので、実際外の世界では一分も経っていないのだが―――家からでたシンタローは薄雲から零れる日光にさえ眩しさを感じて目を眇めた。
と、彼の胸元で携帯端末が震える。
エネが入っているのとは別のそれは、一時的に軍の管理室から拝借した一世代前の旧式だ。
「はいはい」
大きなボタンを押して通話すると、切羽詰まったような大声が耳を刺した。
「如月中尉!何処にいらっしゃるんですか!」
相手は、シンタローの監視をしていた憲兵だ。彼にはケンジロウの監視を任せていた筈だが、と思いながら現在地については言葉を濁す。
「すぐに本部へお戻りください!」
「は?なんでだ」
なんだか、デジャヴを感じる会話である。そんな嫌な予感がザワリと心臓を撫でる。そしてこういったシンタローの予想は、嬉しくないことに大抵的中してしまうのだ。
「国境付近に、敵国の軍隊が!」
「何!」
シンタローの声に、キドたちも何事だと彼を見やる。
シンタローはスピーカーに切り替えて、彼女たちにも聞こえるよう携帯端末を持ち上げた。
彼を取り囲むように円になり、キドたちは会話に耳を傾ける。
「相手は少年兵の軍団と思われます。数は数千。宣戦布告はなく、完全なる奇襲です」
「こちらの配置は」
「上層部がごねていて、通常の軍隊は動けそうにありません。焦れた朝比奈大将が独断で、一○七大隊に出動要請を」
「ああ、あのおっさんの考えそうなことだ」
呆れたような笑みを溢し、シンタローはちらりとヒヨリは見やる。彼女は少し、肩を竦めただけだった。それに苦笑いを浮かべ、それで、とシンタローは通話に戻る。
「詳細データは……そうだな、今から言うアドレスに送ってくれ」
シンタローが告げたのは、今はコノハの手元にあるエネの入った携帯端末のアドレスだ。ちらりと彼が視線をやれば、画面の中から指で丸サインをして、エネは了承の笑みを返す。彼女に任せておけば、地図データと照らし合わせて簡単な見取り図を作ってくれるだろう。
「ああ、そうだ。それで……」
早速簡単に配置などの打合せを始めるキドたちから離れ、シンタローはスピーカーを切った携帯端末を耳に当てた。
ふと、そんな彼の服の裾が引かれる。
シンタローが視線だけやればそこにいたのはヒヨリで、彼女はゆっくりと口を開いた。
ヒヨリの言葉に、シンタローは目を見開く。
返答の途絶えた彼を訝しがって、憲兵が何度か呼びかけてきた。それに答えることをせず、シンタローはクククと喉を鳴らす。
ふと顔を上げたセトは、肩を震わせて笑うシンタローにぎょっとして、思わず視線を止める。
ちらりと見えたシンタローは、ニヤリと笑みを浮かべていた。ゾクリ、と背筋が泡立ったようだった。
「……成程な。ご苦労さまだ、ヒヨリ」
まだ何か言う憲兵をそのままに携帯端末を離し、ボタンを押す。通話を切ったシンタローは足早にキドたちの元へと戻り、ふと視線を止めた。
「セトとマリーは、本部に戻れ」
ええ、と不満そうな声が二人から上がる。マリーとセトは揃ってシンタローに詰め寄った。
「私の力、きっと役に立てるよ!」
「俺も、大丈夫っす!」
はなおもいるし!とセトは言い募る。
シンタローは予想していたとはいえ強い反論に、顔を顰めた。
マリーは戦闘慣れしていないし、セトは先ほどまで暴走していた身だ。そんな不安定なまま戦場に出すなど、指揮官としてするわけにはいかない。そう説明すれど、二人はまだ不満げだ。
キドがポン、とシンタローの肩を叩く。援護射撃か、とホッとしたのも束の間、彼女が援護したのはシンタローではなかった。
「いいんじゃないか?連れて行っても」
「は」
「僕たちがしっかり面倒見るしさ」
右からキド、左はカノに挟まれ、シンタローは顔を引き攣らせる。
「あのなぁ……」
「セトも、僕がいれば暴走しないって言うし」
ね、と笑うカノに、うっす!とセトは力強く頷く。
イラ、とシンタローの腹が熱くなったが、その理由を深く追求する余裕はない。
確かに、マリーとセトの能力は、現場で十分に活用できるものなのだ。
しかし……と唸っていたシンタローの肩を、更にキドが叩く。彼女はそっとシンタローの耳に口を寄せた。
「大、佐、命、令」
う、とシンタローは言葉を詰まらせる。
そうだった、キドはシンタローの上司であった。
とうとう根負けして、シンタローは解ったと力なく頷く。わーい、とセトとマリーはハイタッチを交わした。
それに吐息を溢しながら、シンタローはヒヨリにそっと耳打ちした。それに頷き返す彼女を、ヒビヤは少し離れた場所から見つめる。
よし、と呟いてシンタローは一○七大隊の面子を見回した。
緊張した、しかし笑顔は消えていない様子に安心し、キド、と上官の名を呼ぶ。
了解した彼女はニヤリと笑って、パチンと指を鳴らした。状況開始の、合図の音だ。
「さあ、クールに行こう」
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