お泊まり(210906)
「やぁ、小動物」
茜色の空の下、帰宅した綱吉を待っていたのは、高校卒業と共に疎遠となった先輩だった。
綱吉は買い物袋を持ったまま、ポカンとしてすぐに返事できなかった。順当にいけば大学生だろう男は、ワイシャツとジーンズ姿。門に背中を凭れて、腕を組んでいる。
「ヒバリさん……」
元々唯我独尊、中々連絡が取りにくい男であったが、高校を卒業してからはそれに拍車がかかり、綱吉はとんと彼の行方がつかめずにいたのだ。家庭教師からボンゴレギアを所持している筈だから心配するなとは言われていたが、それでも顔を見なければ気にはなる。
そんなモヤモヤする毎日を送っていたところ、突然の訪問。言葉を失って立ち尽くす綱吉を余所に、雲雀は彼の持つ買い物袋に視線を止めた。
「それ、今日の夕ご飯?」
「あ、はい。今日、母さんやリボーンたちいないので」
簡単な料理なら作れるように仕込まれた沢田綱吉、高校三年生。雲雀はジロジロと綱吉を見つめて、何か納得したように頷いた。
「今日、寝床借りるから」
「へ」
ポカンとする綱吉を余所に、雲雀はさっさと玄関前まで行って「早く鍵を開けなよ」と催促する。綱吉は慌てて鍵を取り出して玄関を開け、彼を家に招き入れた。
「変わらないね、君も部屋も」
「えっと、ヒバリさん、」
「メニューは?」
「あ、一応生姜焼き……」
雲雀はスタスタ台所まで行くと、冷蔵庫を開いた。
「ひき肉あるね、ハンバーグにしなよ」
「え」
綱吉の困惑を余所に、雲雀は冷蔵庫からテキパキと材料を取り出す。ダイニングテーブルにそれらを並べると、自分は椅子に座って頬杖をつく。綱吉に視線を向けるのは、これで作れという命令の意味だろうか。
昔から変わらない傍若無人ぶりに、綱吉は否を唱えられなかった。

少し焦げ目のついたハンバーグを作って、お風呂を沸かして振舞って、ついでに高校の宿題を見てもらっていると、気づけば時刻は日付の境界線近くまでやって来ていた。
「もうこんな時間か」
欠伸をする雲雀を見て、綱吉はずっと気になっていたことを訊ねる。
「ヒバリさん、本当にうちに泊まるんですか?」
「初めにそう言ったでしょ」
「ていうか、今までどこに……」
「眠い、お休み」
自分勝手に話を進め、雲雀はサッサと綱吉のベッドに乗り上げると、掛布団をかぶって寝転がってしまった。スヤスヤと寝息が聞こえる自分のベッドを見つめ、綱吉はガクリと肩を落とす。
「俺、どこで眠れば……」

綱吉が全ての疑問の答えを得たのは、それからさらに数時間後だった。ベッドの横に毛布を引っ張って丸くなっていた綱吉は、少し寒さに震えながらも緩やかな眠りに落ちていた。
そのとき、パリン、と窓の割れる音。
え、と綱吉は慌てて顔を上げた。涎の垂れる口元を拭って顔を上げると、閉めていた筈の窓ガラスが消え、枠だけになっている。驚く綱吉の隣で、バサリと布団を跳ね除けた雲雀が身体を起こした。
「来たね」
「え」
綱吉の声と一緒に、何か黒いものが窓の外から飛び込んでくる。いつの間にかトンファーを取り出した雲雀が同時にベッドを蹴り、飛び込んできた何かとぶつかる。そのまま、雲雀は一緒に窓の外へ飛び出していった。
「ヒバリさん!」
綱吉は慌てて上着を掴み、階段を降りて玄関から外へ出る。
既にそこは地獄絵図。紫の炎を纏ったトンファーを振るう雲雀の足元には、数人の人間が転がっていた。
「これは一体……」
バキリ、と骨が折れる音がして、トンファーの一撃を受けた人間が塀に叩きつけられる。それは綱吉のすぐ右脇で、少しずれていたら巻き添えを食らっていた。「ひ!」と喉を引きつらせる綱吉へ、雲雀はチラリと視線をやった。
「呑気にしていたらまとめて咬み殺すよ」
「……ああ、もう! 後でしっかり説明してくださいよ!」
なるようになれ、と綱吉は自棄な気持ちで死ぬ気丸を飲み込んだ。
藍色の夜空の下、朝焼けのような炎が立ち上る。

「風紀財団のライバル組織?」
「そう」
戦闘が終わったのは、空が白み始めた頃。伸した人間たちは風紀財団の人間と名乗る男たちが回収し、血や砂で汚れた綱吉と雲雀は、朝風呂を済ませていた。ホカホカと湯気立つ格好でベッドに座った雲雀は、話の途中で欠伸を漏らす。
「最近、周りをウロチョロしていてね。セーフティーハウスを荒らされるのは嫌だから、こっちに誘き寄せたわけ」
「俺の家に来たのは、わざとですか!」
首にかけたタオルをグッと握って、綱吉はため息を吐く。眠気で薄くなる目をこすりながら、雲雀は一つ頷いた。
「まあ、それもあるけど、一割かな」
「え」
「大きな理由は、君の顔が見たかったから」
ポカン、と綱吉は口を開いて雲雀を見上げる。眠そうな顔をしていた雲雀は、綱吉の顔を見て悪戯が成功した子どものようにニヤリと笑った。
「ワオ、間抜け」
「だ、れの!」
「うん、僕が原因だね」
組んだ膝に頬杖をついた雲雀は、カッカと顔を赤くする綱吉に、満足そうな様子。
「……ヒバリさんも、全然変わってないですね」
「今も昔も、僕は僕の好きなようにしているだけさ」
プイとそっぽを向いた綱吉の腕が、雲雀に掴まれる。そのまま強く引っ張られ、綱吉は雲雀と一緒にベッドに寝転がった。
「わ!」
「もう眠い……」
大きく欠伸をして、雲雀は目を閉じる。雲雀の腕は綱吉の背中に回り、自分の方へ抱き寄せる。抜け出そうとする綱吉を力で抑え込んで、雲雀はモフモフとした髪に顎を埋めた。
「君の部屋は落ち着く……」
そんな呟きが耳に届いて、綱吉はピタリと動きを止めた。そんな一言でしょうがないという気分になり、彼の横暴を許してしまう自分は、家庭教師曰く『チョロい』のだろう。
「……俺ばっかりなんで、今度そのセーフティーハウスにも泊まらせてくださいね」
「ん……そのために、荒らされたくなかったしね……」
ウトウトとした雲雀の声は久しぶりの上、珍しい。
綱吉の眠気は一瞬で吹き飛んだが、抱き枕として引き留める腕から逃げることはできない。暫く温もりに身を任せていると、吹き飛んだ眠気が帰ってきて、綱吉もゆっくりと眠りに落ちて行く。
これが初めてのお泊りだという事実に気づいたとき、綱吉は自分たちらしいと納得すると同時に、一抹の寂しさを感じたのだった。
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