「家康の居場所、アンタなら知ってるんじゃねえか?」
挑むような伊達の視線をさらりと交わして、最上は湯呑を傾けた。それからボソリと、伊達の耳元で何事か呟く。
「!」
「さて」
伊達が僅かに眉を動かしたか否かの間に、最上はぴょんっと庭の真ん中まで飛び跳ねた。
「吾輩はこれで失礼するとするよ、政宗くん」
「一人でか。何なら、ウチの部下を何人か貸すぜ」
梟の死神、引き連れて来やがって。最上の耳元で、片倉にも届く程度の声で伊達は囁く。片倉は自身の刀を掴み、少し柄を引き下げた。伊達の命令とあらば最上を守るためであろうと刀を抜く心算であったのだが、それは最上自身によって却下された。
「心配いらないよ、この指揮棒と吾輩の頭脳があれば、死神共を追い払うことくらい、お茶の子さいさいさいだよ!」
「だがな……」
「そうかい。ま、精々無事に羽州に帰るんだな」
刀をくるくると回す最上へ向けた片倉の言葉を遮り、伊達はカラッとした態度で立ち上がる。思わず片倉は彼の名を呼びかけたが、それもまた最上に遮られた。
「いや、吾輩は本能寺に向かうよ」
自室へ戻ろうとしていた伊達が、ピクリと肩を揺らして足を止める。
「……What’s meaning? 魔王のおっさん復活を止めようってか?」
「まさか」
両手を広げて一回転。すっかり道化の調子を取り戻した狐に、伊達は苦く笑った。
「じゃあ、何を」
「あの梟の欲するは信長公の首だ。折角甦って戴いたのだ、それでは意味がない。再び世を統べて貰わねば」
「……成程。再び舞い戻ろうってか、『忠臣として』」
「吾輩としてはあの豊臣の忠臣を騙る犬以外が統べる世なら何でも良いのだよ。信長公も家康くんも、人の上に立つべくして生まれた人間だ」
奇抜な形の兜を少し引下げ、最上はニヤリと笑うと、浅葱色の裾を翻して去って行った。つくづく食えない男である、色んな意味で。そう心の中で呟き、伊達は苦々しく笑った。そんな風にして彼が首元を掻いていると、後方に控えていた右目が、少々ためらいがちに声をかけてくる。
「政宗さま……狐は、何と」
片倉の渋い顔に、伊達は少し肩を竦めて見せた。
「……天照が隠れた岩戸は、虎穴だとよ」
「!まさか」
「ああ……俺もまさか、あの男の元にいるとは思わなかったぜ」
まるで独り言のように呟き、伊達はニヤリと口元を不敵な笑みで歪めた。彼の心―――そう、いわばそれは闘争心―――に呼応するように、青い稲妻が火花を散らす。それを目に留め、片倉は刀に添える手に力をこめた。
「小十郎、準備しとけ」
「!しかし、まだ傷が。それに……」
「別に今すぐってわけじゃねえよ」
伊達は手をひらりと振って見せる。
現在、東軍の武将たちは自国の国力回復に専念するよう言い渡されている。石田がそう命じて東軍の武将たちを大阪城の座敷牢から解放した当初は、一体どんな風の吹き回しかと、西軍内でも噂されていた。伊達なんかは角土竜が降るのではないかと、片倉の畑を心配したものである。だがそれも、今日の話を聞けば大体察せられる。恐らく、傾奇者との会話で何かしら心の変化があったのだろう。まだ外国に対抗出来るだけの国力がないから仕方ないとはいえ、現在の石田幕府の政策は、天下泰平を目指すかのような動きを見せている。あの徳川と争ったのに、皮肉なものだ。
兎も角、敗将の身としては今―――幾ら相手が西軍の武将と言えど―――他国の武将を訪問するのは、体面を考えても利口とは言えない。民を危険に晒す気も、そう思い至らないほど鈍っているわけでもないことを言外に示す伊達に、片倉は内心息を吐く。そんな彼を余所に、伊達はそれに、と呟いて眉間に皺を寄せた。
「……少し気になることもある」
「気になること?」
「あの狐、『梟たち』と言いやがった……あの梟雄以外にも、魔王復活を目論む輩がいるのか……?」
後半は自身にも問いかけるように、伊達は呟き空に視線をやった。我関せずと言いたげに堂々と光り輝く太陽を、睨みつけるかのように。










石は転がり始める










「長曾我部」
大阪城へ向かう帰路、ふと隣で馬に乗る石田が口を開いた。
「大阪城に着き次第、私は武具を揃えて直ぐに立つ。留守を任せたい」
「おいおい」
急に何を言い出すのだと、長曾我部は驚いて石田を見やる。今度は何処へ行く気なのか。しかも武装して、とは穏やかではない。
「何をする気だ」
「梟狩りだ」
梟、と聞いて長曾我部が思い描くのは、火薬を使用した戦闘を好む男の姿である。
「奴と家康だけは、私がこの手で懺滅する」
そうしなければ気が済まない、と掠れる声で呟いて、石田は手綱を掴む手に力をこめた。待て、と長曾我部は声にならぬ声で呟く。頬から零れた汗が掌を打った。
「家康は、―――生きているのか?」
石田の先の言葉は、そうとしか聞こえない。石田は進行方向を見つめたまま、無論だと事も無げに言い捨てた。
「私がまだこの手で葬り去っていない」
「……それは根拠か?」
「それで十分だ」
長曾我部は張りつめていた息を一気に吐き出した。いつもの石田論であったか。この男の―――他者からすれば馬鹿らしい―――論法は長曾我部にも理解し難い。しかし、と彼は同時に思うのだ。
(そうであってほしいと思うのは……今更虫が良すぎるんだろうな)
三河の兵の殆どを、長曾我部はその手で殺している。徳川を一方的に敵と見定めて、裏切り者と罵って。自身こそ、本当の裏切り者であるのに。
長曾我部はぐっと唇を噛みしめ、鼻から大きく息を吐いた。今己を苛めても、それは徳川への償いにはならない。なんとしてでも探すのだ、己が残りの半生をかけても。彼に、嘗ての友に償う方法を。
「……で、梟雄を討とうとするってことは、やっぱりあの場所で何かあったのか?」
それは、長曾我部からしたら、単なる雑談の延長戦のようなものであった。しかし明らかに石田の纏う雰囲気は変わり、その顔も僅かに不機嫌さを増したように色を変えた。
「……家康を、連れていかれた」
「……は?」
長曾我部は思わず聞き返し、石田を見やる。彼はいつものように無表情で、しかし迸る気は正に怒りの色を見せていた。
「あの男は決着の場に乱入したばかりか、瀕死の家康を連れ去ったのだ」
その時の記憶を思い起こしてか、石田の顔が悔しさで歪んだ。



20140115
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