※最上がシリアス



天上から降り注ぐ日差しが眩しい。目を焼きそうな錯覚を抱かされ、石田はそっと目を細めた。
あれからすっかり口を噤んだ石田を気遣ってかは知らぬが、幾分和らいだ口調で伊達は大阪への帰還を進めた。石田も、本来自身の用があった筈である長曾我部もそれを有難く受け取った。
「で、手前は何か用ではなかったのか?」
門まで見送りに来ていた片倉が、試すように横目をくれて問う。長曾我部は頬をかき、ああと頷いた。伊達にあれほど言われてしまえば、もう長曾我部とて彼に訊ねることも問いただすものもない。
「これは俺の業だ。竜の兄さんの力を借りるわけにゃあ、いかんだろ」
「……そうか」
片倉は含み笑い、そっと目を閉じた。鬼もすっかり丸くなったものだ。いや、戻りつつあるのか。怒りに身を任せるばかりの鬼神から、海を、民を守らんとする人に。
「石田」
と、城の入口から声がする。見れば私室に一人残っていた筈の伊達が、供も連れず立っていた。片倉は何処かで予想していたのか、咄嗟に主君の名を呼びはしたものの、咎めるような文句は言わない。
二人からも離れ、一人先を歩いていた石田はその声に足を止め、体を半転させて振り返った。伊達は着流しの胸元で腕を組み、じっと彼を見つめた。
「気づけ石田。お前の憎悪が、本当は何処から生まれ出でたものか」
「……何を言っている。私の憎悪は他ならぬ、秀吉さまを家康なんぞに殺されたこと……」
―――『秀吉のために』を、言い訳にしないでくれ
風の戯言が唐突に耳を擽った。石田は口を閉じ、目線を彷徨わせる。その様子を満足げに見やり、伊達はさっさと踵を返して城中へと戻っていった。
政宗さま、と片倉が一言呼び、それから長曾我部と軽く言葉を交わした。石田にも会釈をくれ、彼も主の消えた城へと戻っていく。
己が心に生まれた芽を今し方自覚した石田は、傍らに立った長曾我部が心配げに声をかけてきても気付けぬまま。目を焼かれる痛みにも構わず、暫し天上に昇る太陽を見つめていた。










狐と竜と、










「HEY 出てこいよジェントルマン」
片倉が城の中庭―――主のもとに追いつくと、丁度彼はそう言って庭先に視線をやっていた。片倉も先の会談中から何者かの気配は感じており、しかし特に殺気は飛ばしてこないことと、主が目で制したことから放置していたのだ。一応腰の刀を掴み、片倉は縁側に腰を下ろす伊達の右に立った。
庭に植わる木の影からひょこりと顔を見せたのは、狐であった。羽州の狐と自称する、伊達の叔父、最上義光である。最上は肩を竦めるように縮こまった姿勢で辺りをキョロキョロと見回し、双竜の姿しかないことを確認してから彼らの前に踊りでた。
「あの二人は帰ったようだね」
「隠れる必要あんのか」
「吾輩、安藤くんが苦手でね」
怯えるように肩を震わせ、最上は何処から取り出したか愛用の茶器を口に運ぶ。湯気が立つその中身は、いつもと同じ玄米茶なのだろう。その様子に、伊達はふっと笑みを溢した。
「化けの面を取り繕う必要はねえぜ」
好戦的な視線を投げ、伊達は膝に頬杖をつく。ほんの僅か、茶器を持つ最上の小指が揺れた。片倉は主の意図が読み取れず、眉に皺を寄せて二人を見回した。
「羽州の狐と自ら名乗るだけはある。通りで家康があれほどまでに警戒する筈だ」
「……彼も結構な狸だ。やはり、同じ狢は解ってしまうものだね」
ズ、と玄米茶を啜りながら、最上は嘗ての記憶に思いを馳せる。
―――三成を赦す気はないか、最上
あれは何時のことだったか。最上が東軍に入って少しした頃、丁度徳川と二人だけになった時があった。伊達も本多おらぬそこで、徳川は常のように筋骨逞しい胸元で腕を組み、その口元に少し笑みを浮かべてそう言った。
「何のことかね?吾輩をコケにしたことなら、この心のひろーい吾輩は既に赦しているよ」
「ははは、そうではない―――駒姫殿のことだ」
両手を広げ茶化すような態度であった最上は、ぴたりとその足を止めた。両足を揃え、手を下ろし、気付かれぬよう息を吐くと、最上は徳川に向き直る。その時の最上に常の剽軽さは微塵もあらず。しかし徳川は驚きで目を細めることもせず、笑顔を崩さず最上の視線を受け止めた。
「……吾輩が、君に味方する理由を知っていてそれを問うのかい?」
「ああ。何度でも問おう―――三成を赦す気持ちはないか?」
「……理由を聞いても?」
「ああ勿論だ。ワシは憎しみからは何も生まれ出でぬと思っている。だから何よりもまず仲間であるお前に、憎しみを捨ててほしい」
徳川の瞳は何処までも真っ直ぐに最上を見つめ返している。それから僅かに目を反らし、最上は口元で整えた髭を撫でた。
「ふむ、答は『否』かな」
最上、と徳川が言う。彼におどけたような笑みを返し、最上は両の手で狐を作った。
「吾輩はそこまで高尚でも偉い人間でもないのだよ、残念ながらね」
「紳士を名乗る、お前でもか」
「君もいつか解るだろうさ。己の血を分けた守るべき存在を得れば、否が応でも」
「最上……」
「君が真に恐れているのは、吾輩が憎しみに囚われて自国の民を蔑ろにしてしまうかもしれないことだろう?安心したまえ、羽州の狐はそこまで愚かではないよ」
「しかし、」
「ではこうしよう、家康くん」
ぱちりと最上は手を打った。
「君が安藤くんを討ち果たしてくれた時―――その時、吾輩は彼に対する憎しみを捨てる。そう約束しよう」
それは徳川の望む答えではない。それを解っていながら最上はニマリと笑い、徳川はそれを察して苦々しく笑んだ。これは双方にとって、最大限の譲歩だ。誰彼とて、徳川のように聖人君子ではないのだから。
回想を終え、最上は更に茶を啜る。過去のその約束も、今では果たされるか怪しい。それもこれも、梟雄のせいだ。
「最上、お前の見解を聞かせろ」
伊達は姿勢こそ砕けたように見えるが、その左目は正に竜と呼ぶに相応しき光を煌めかせている。ぴりりと走った極僅かの稲妻に片倉は思わず目を眇めた。
「あの戦、何があったと見る」
ごくり。玄米茶を飲み干して、最上は髭を撫でた。
「……梟の横槍。その結果があの様だ。何がしたかったんだろうな、あの男は」
「大方、家康くんを甚振りにでもいったのさ」
織田といい、豊臣といい、あの梟雄は彼らのような英雄を好んでいる節がある。本人風に言わせれば「世の無聊を慰める」に、彼らをからかうことが最も良いようだ。
「あの梟は、いずれ本能寺に向かうだろうね」
「何のために」
片倉は思わず問うた。最上は何処にしまっていたか、急須を取り出してお代わりの玄米茶を注いでいる。
「それは勿論、退屈凌ぎにさ」
「……魔王か」
伊達は顔を顰めた。これ以上、世の中を引っ掻き回すとは、本当に幼子のような男である。さすが姫巫女の言葉は的を得ている。
「しかし、とうに死しておりますれば」
「亡骸か形見か……Ha まさか復活でもさせようって腹じゃねぇだろうな」
「ま、第五天の例があるから否定はできんがね」
兄家族と愛する夫を一度に亡くしてしまった悲劇の女。その悲しみと元来持つ闇の力から、彼女は魔の操り手となってしまった。一時であれ彼女は黄泉と繋がり、その力を得ているのだ。
先の戦では徳川に発見されて手厚く保護されていたが、あのごたごたの後、また何処へかと姿を消してしまっている。姫巫女の懇願もあって雑賀衆が密かに行方を捜していると聞いたが、それ以降の進展は耳に入ってこないから、ないのだろう。
「Shit 家康、どうやらアンタの望みはまだ暫く叶いそうにねぇぜ」
だから早く姿を現せ。そう心の中で毒付き、伊達は膝を叩いた。



20131208
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