石田は騒がしい物音に何事かとその足を止めた。ついと視線を動かせば、羽織った紫の着物の裾を翻しながら大男が何やら部下に指示を飛ばしている。どうやら荷物をまとめさせているらしく、部下の男たちは慌ただし気にガラクタを抱えて走り回っていた。
「何処ぞへか行くのか、長曾我部」
石田が部屋の入口に立って中に呼びかけると、丁度一段落でもついたのか吐息を溢していた長曾我部は、大仰に肩を揺らした。
「え、ああ……ちょっくら、奥州にな」
少し目を反らして頬を掻き、長曾我部は言葉を濁す。人の心の機微に疎い石田は、そんな彼の仕草を気に止めることなく、寧ろ彼の言葉に思いを馳せていた。
奥州。確か、東軍の双璧の一つであった筈。それはつまり、徳川と最も近しい場所にいた男で―――
「私も行く」
「は?」
突然の石田の言葉に、長曾我部は呆気にとられたようだった。しかし石田はじっと長曾我部の瞳を見つめ返し、言葉を繰り返す。
「私もその伊達とやらに会いたい。連れて行け」










畜生か、腹心か










「へえ……珍しい客人だな」
通された部屋で、城主はそう皮肉気味に笑った。まだ先の戦での傷が癒えぬのであろう、ゆったりとした着物姿に羽織を肩にかけている。脇息に寄りかかりながらも体を起している辺り、常の伊達らしくあり長曾我部は内心安堵した。
障子の近くでは怪我をひた隠して常の装束に身を包んだ片倉が、ぴしりと背筋を正して控えている。そんな忠臣の姿でさえ、いつもの奥州と変わらない。
「まあ、ちょっと、な」
そう言いつつ、長曾我部はちらと隣に坐する石田を見やる。彼は先ほどからじっと伊達を見つめたままだ。此度、長曾我部は伊達に問いたいことがあり訪ねた次第だが、石田が隣にいたとあってはそれもやり辛い。他でもない、四国襲撃の真相について伊達の言葉を望んでいるのだ。
「……で、何の用だい、凶王さんよ。俺の名を、漸く覚えてくれたのかい?」
言葉を詰まらせる長曾我部を捨て置いて、晒された左目が何かを試すように石田を映す。石田はじっとその左目を見つめ返し、ゆっくりと口を開いた。
「……家康と同盟国であった貴様に問いたい」
「何を?」
「……奴の抱いていた信念とやらを」
石田の言葉に長曾我部は勿論、片倉さえも驚いて目を見張った。伊達も意外そうに目を瞬かせ、しかしそれが戯言ではないことは石田の面持ちと何より彼の性格から察したのだろう、何やら目を細めて脇息に肘をついて身を乗り出した。
「What’s happened? 何がアンタにそうさせた」
「……」
石田はそこで初めて僅かに目を落とせ、膝の上に置いた拳を固くした。
「……前田の、傾奇者が」
「風来坊か」
成程と得心がいったように頷いて、伊達はニヤリと笑う。
「アイツは確か、豊臣と竹中の友だったな。道を踏み外した友を止められず逃げ出した臆病者」
せせら笑って、しかし伊達はすぐ詰まらなさそうに笑いを止めた。いつもなら少しでも主君を貶めるような発言をすれば食って掛からんとする男が、今は大人しい。
「あの男の言葉は私の思考を掻き乱す」
まるで花弁を撒き散らす風のように。捕えようにも、実態のないそれを手で掴むことは出来ない。お蔭でまとまるものもまとまらぬ。
石田の苛立ち混じりな面持ちに、伊達は軽く息を吐いた。
「良いぜ―――アンタの問答に付き合ってやる」
まずは何から聞きたい―――伊達は居住まいを正し、じっと石田の揺らぎない瞳を見つめた。一つしかない竜の目を見つめ返し、石田もまた背筋を伸ばす。二人の間に、長曾我部が割って入ることは出来なかった。
「……何故家康は秀吉さまに頭を垂れることを拒んだ」
「奴はそれを間違った道と思っていないからさ」
「何故秀吉さまを殺すことが道理となる」
「奴が道を踏み外したからさ」
「何故秀吉さまが道理を反したと言える」
「民を見ていれば解る」
「ならば何故それを進言しなかった」
はあ、と伊達は息を吐いた。それは呆れか、それとも煩わしさか。この期に及んでまだそのような甘い思考を持つ、石田に対する。徳川もだが、この男も存外、戦国の世では生き辛い性分と見える。
「確かに、家康はそうする道もあった。だがそれは家臣―――云うなればアンタの役目だ。主の間違いを正し、その国をより良くするための、な。家康が豊臣に心酔しているならともかく、単なる―――しかも力負けして無理矢理従属させられた―――国の主がなんでそんなことしなくちゃならねえんだ?」
「家康は豊臣の一員だ。豊臣に尽くすのは当然だろ」
先ほどまでの問答と同じように、石田は淡々と、それが当たり前であるかのような顔で言い放つ。ひくり、と伊達の米神が引きつった。
「アンタ……本気でそう思ってんのか」
伊達の声が地を這うように低くなる。
「家康も、豊臣秀吉のために生きていると、そう思ってたのか!Ha!アンタは本当にstupidだな!国の主が、誰か一人のために生きられるわけないだろ!毛利が良いお手本じゃねえか。この俺だってそうだ。俺の命は奥州そのもの―――何時だって、国主は自国の民の為に生き、戦うものだ」
ずくり、とその言葉は長曾我部の胸を抉った。そうだ、毛利はただ、国主としての責務を果たさんとした、それだけのことだったのだ。愚かなのは、国主に相応しくないのは、己の方だ。
「……」
「確かに家康は豊臣秀吉に負け、従属した。だがな、それは臣下になったという意味じゃねえんだよ。三河という自国を守るために、必要と判断したから一時的に従っていただけだ。従うことが自国の利益にならねえと解れば、裏切るのは国主としては正しい判断だ」
「裏切りが、謀反が!正義と言うのか!」
「国主の立場から言わせてもらえば、だ。人道に沿っているとは俺も言わねえよ」
本来ならばそんな人道ですら在って無いような世であるというのに、そんな言葉を口にする己に伊達はこっそりと自嘲の笑みを溢した。それは本当に僅かなもので、頭に血が上りつつある石田は勿論、何を考えているかは知らぬが顔を伏せたままの長曾我部が気付く筈もない。只、右目だけはそっと眉を上げてそれを収め、目蓋を下ろした。
「豊臣の子飼いで成り上がったアンタには、難しい話だったか?」
「貴様……!」
激昂し、石田は膝をたてる。と、その首筋に銀の刃が突き立てられた。常の石田であれば跳ね除けたであろうに、手負いの上丸腰の今は右目の突き付けるそれを睨みつけるしか出来ない。
「……謀反も正義とされるときがある。どういう時か、アンタに解るか?」
ぎろりと睨みあう石田と片倉をそのままに、左手で前髪をかき上げながら伊達は言った。石田の視線だけが彼とかち合う。それを確認してか、片倉は素早い動きで刀を納めた。
「謀反する相手が悪人である場合だ」
「……!」
「忠臣を名乗るんなら、もう少し柔らかい頭と広い目を持つんだったな、石田。手前が豊臣の忠臣を名乗る限り、豊臣堕落の責は手前に降りかかる」
―――忠臣を名乗るなぁああ!
手傷を負いながらも高い声を必死に震わせて、そう叫んだくの一がいた。あれはいつの記憶だっただろう。今になってその言葉が石田の脳天を貫いた。かくりと膝が折れ、石田は上げた腰を落とす。あの言葉が今となって響いたことが、何よりの驚きであったように。
「馬鹿な……!」
「……小十郎は裏切りはしねえ。俺を見放すだけだ。小十郎でさえ諌められないほどに、俺が道を踏み外した時にな。俺はそれが怖い。だから踏みとどまっていられる―――それが忠臣たる所以だ」
主と呼ばれる者とて人の子。誤ることなどいくらでもある。だというに、主は間違えず道も踏み誤らぬと信じ唯々諾々と後をついていくだけは、犬だって出来る。
「アンタのそれは忠信じゃねえ―――盲信ってんだよ」
何処ぞの宗教連中のようにな。伊達は最後にそう鼻で笑った。



20131205
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