ファーストキス(210823)
これは下手を打った。そう素直な感想が浮かぶだけ自分も成長したと雲雀は思うのだが、ツッコミ体質の彼は「何言ってんだこの人」みたいな目で見てくるのだろう。それが簡単に想像できて、場に似つかわしくないほど呑気な気分になった。
遠くで花火のような爆発音が聞こえる。それをぼんやり耳に通しながら、先ほど作った瓦礫に背中を預けて開けた天井を見上げる。豪華なシャンデリアの揺れる天井も、この騒動の中ですっかりどこかへ行ってしまっていて、代わりに天を覆う空は眼下の騒動など意に介さないように悠然としている。
まだ咬み殺す相手は残っていたが、今の状態では面倒くさい。嬉々として暴れていた際、小さな草食動物の気配を拾い損ねていたため脇腹に鉛玉を食らい、よろけたところへ肩にも一発。血で滑ってトンファーを取り落としたものの、その場に残っていた草食動物は足で蹴り飛ばして空いた壁の穴から外へ放り出した。
そこまでやって張りつめていた気力は限界だったのか、痛みがぶり返して座り込むはめになったのだ。
こうなったのは自業自得だ。そう思うしかない――そんな自覚すら、彼はまた「そんなこと言うなんて珍しい!」と声を上ずらせるのだろう――。浮かれていたのだ、自分は。
雲雀は息を吐いた。
昨日のとある出来事は、存外雲雀を興奮させていた。雲雀だって好意ある人物からの贈り物は素直に嬉しい。それに感情が込められていると気づけば尚更。さらに今日は思う存分暴れられるとくれば、高ぶった精神の雲雀は常になく後方を顧みずに突き進んだ。この結果がこれである。
ふと無事な右腕を持ち上げて、左胸のポケットへ入れていた懐中時計を取り出す。開いて確認した時刻から計算すると、彼がこちらへ到着するのはあと数分といったところか。
続々と集まる草食動物の気配をどうしたものかと思案しながら、雲雀は懐中時計をポケットへしまう。と、ポケットへ押し込んだ指が、懐中時計ではない何かに触れた。懐中時計から手を離し、指でそれを摘まみだす。
「ああ、これか」
透明なビニールに包まれた、ラムネ色の飴玉。今年の誕生日にプレゼントだと黒衣の死神に渡されたものだ。自分で楽しむ甘味ではなく、とある人物に飲ませろと言われた。
「ヒバリさん!」
噂をすれば影。草食動物の群れの一角を殴り飛ばし、雲雀の前に立った小動物は熱い息を大きく吐いた。
「め、珍しい……」
ほら、雲雀の予想通りの反応を見せる。沢田綱吉は雲雀の様子を見て、丸い目を更に丸くさせた。
「怪我してるんですか?」
「ちょっとね」
短く言葉を返して立ち上がる。少しよろめくと慌てて差し出される手にグローブはなく、雲雀は眉を顰めた。
「ちょっと?」
「あ、いやその……死ぬ気丸が切れてしまいまして……」
雲雀の一言と表情で何を指しているか察したのか、罰が悪そうに首を竦める。雲雀は自分より頭一つ分差が開きつつある相手の肩へ体重をかけ、周囲を取り囲む草食動物らを見やった。
「……僕は手負い。君はただの小動物。この草食動物の群れを突破できる勝算は?」
「ヒットアンドランで何とかいけるのでは?」
引きつった笑いを浮かべながら、綱吉は首に回された雲雀をしっかりと抱え直す。今にもこちらを背負って駆け出しそうな様子の綱吉に、そんな無様は御免だと雲雀は足を踏ん張った。そこでふと、良いことを思い出す。
「……丁度良い」
「ヒバリさん?」
キョトンとした顔で見上げる綱吉に、雲雀はニヤリと悪い笑み。
好い加減二人の会話を様子見することに焦れたのか、草食動物の一人がトリガーを引いた。それを避ける反射神経くらいはある雲雀は、綱吉の肩を掴んで身を屈めた。「どわ!」という奇声を聞きながら、痛む肩を堪えて摘まんだ飴玉を口元へ運ぶ。
「小動物」
「へ?」
背中を瓦礫にぶつけた綱吉は、うまく受け身をとれなかったようで目の端に涙を浮かべている。後で彼の家庭教師に指導されそうな不甲斐ない顔の顎を掴み、雲雀は自身の鼻先へ丸い鼻先をむけさせた。何を想像したのか、綱吉の頬がカッと赤らんだ。
「ちょ、こんな場所で?!」
「何、恋人同士なんだから、どうってことないだろ」
犬歯で飴玉を挟んだまま、雲雀は綱吉の顎を引き寄せた。
触れた皮膚は乾いていたし、少し砂がついていた。舌でザラリと砂を舐めとると、ビクリと震えて口を開いたので、その隙間に舌ごと飴玉を押し込んだ。薄く目を開くと、驚いて丸く開いた琥珀色の瞳へオレンジ色の炎が灯る様子がよく見得た。
「――ヒバリ」
少し低く、落ち着いた声。手と口を離してテラテラ濡れる自分の唇を舐める。相手はまだ少し赤らんだ頬で雲雀を睨み、しかし何も言わずに立ち上がった。
「僕のファーストキスだ」
ボウ、と温かい炎を額に灯し、真っ赤なガントレットを構えた綱吉は草食動物たちへ視線を向けている。背後から上げられた雲雀のマイペースな言葉に、眉が寄った。
「俺だって、ファーストキスみたいなもんだ」
「ちょっと?」
曖昧な言葉の意味を雲雀が問い詰める前に、死ぬ気モードになった綱吉は草食動物の群れへ飛び込んでいってしまった。
瓦礫にまた背中をつけて座り込みながら、雲雀は息を吐く。
小鳥のように軽々と辺りを飛び回って群れを薙ぎ払う背中は、見ていて心地よい。それに免じて、先の言葉を問い詰めるのは今夜まで保留にしてやろう。そう譲歩できるだけ、やはり雲雀は自分でも、成長しているなと自覚するのである。
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