花火(210816)
遠くで、音がする。薄暗い部屋の中、ベッドでウトウトとしていた綱吉は、ふと目を覚ました。
顎を濡らす涎を拭って綱吉が身体を起こすと、胸に乗っていたマンガ本がバサリと滑り落ちた。カラカラと音を立てて、扇風機は回ったまま。どうやら、ベッドの上でダラダラしているうち、眠ってしまったらしい。
外は日が傾き、昼間の暑さを残しつつ、今は涼やかな空気が窓から入り込んでくる。
「そっか、花火大会……」
夕方にあると、今朝母が言っていたことを思い出す。
ベッド下に落ちたマンガ本を拾い上げると、薄暗かった部屋にさらに黒い影が落ちた。
顔を向けると、開けたままの窓枠に足をかけて部屋を覗き込む黒い影と目が合った。
いつもの黒い服装。今は逆光を背負っているためさらに黒さを増し、ギラギラとした瞳だけが輝いている。
夜道で出会った猫のように光る目を細め、黒い影はニヤリと笑った。
「やあ、小動物」
「ひ、ヒバリさん……」
あまりの不気味さに驚いて、綱吉はマンガ本を床へ落としてしまった。硬直するこちらのことなど気にせず、雲雀は部屋の中へ足を下ろした。
「赤ん坊の言っていた通り、締まりのない顔だ」
「げ、リボーンの奴一体何を……」
「花火大会の見回り中に会ってね」
ヒクリ、と綱吉は口元を引きつらせた。リボーンは奈々やビアンキたちを伴って花火大会へ出かけていたらしい。どおりで家が静かなはずである。で、雲雀は恐らく夏祭り同様ショバ代集めに精をだしていたところ、リボーンたちと遭遇した、と。彼の話からすると、そんなところだろう。
「君があまりにもだらしない顔で寝ているもんだから、起こさずに出かけてきたと」
「ちょ、ちょっとうたたねしてて……」
そんな世間話みたいな話を聞いて、わざわざ雲雀は『綱吉のだらしない顔』を見に来たのだろうか。涎の名残を見られてはいないだろうかと心配になりながら、綱吉は乾いた笑い声を漏らした。
「まあ、少し分かるね」
ポツリと呟いて、雲雀は窓の外へ視線を向ける。涼やかな風が一陣吹いて、彼の黒々とした髪を少し持ち上げた。
「この町の風は、悪くないだろ?」
同意を求められている。そのことに気づくのが遅くなったのは、言葉と共に雲雀の口元が緩く笑みを浮かべていたからだ。夏の熱気以外の理由で、綱吉の頬がカッと熱くなった。
「は、はい……」
驚きすぎて掠れた声が出た。それと同時に、遠くで花火の音がする。
二人とも咄嗟にそちらへ視線をやって、夕暮れにふんわり広がる花を見つめた。窓の前に雲雀が立っていたので、綱吉には少ししか見えなかったが。
名残が消えてから、雲雀は綱吉へ視線を戻す。
「僕が質問しているのだから、返事くらいしたらどうだい」
「は、はい! その通りだと思います!」
先ほどの掠れた返事は、花火の音で聞こえなかったらしい。無視されたと少々不機嫌そうな顔をする雲雀に、綱吉は慌てて叫んだ。
ベッドの上で正座してピンと背筋を伸ばす綱吉をジロリと見やって、雲雀は「ふぅん」と声を漏らした。それから窓枠に腰かけ、ヒラヒラと手を振る。
「へ?」
「こっちへ」
キョトンと雲雀の手の動きを見ていると、先ほどと同じように不機嫌そうに皺が寄ったので、綱吉は慌ててベッドから飛び降りた。雲雀の手に誘われるまま、彼の隣に並んで窓枠に手を置く。
――ドォォン。
先ほどよりも大きな、腹の底に響く音。ハッとして顔を上げると、色を濃くした紺色のキャンバスにキラキラとした花が咲くところだった。
「わ……」
「悪くないね」
花火に見入る綱吉の耳に、スルリと入り込んだ雲雀の呟き。普段より随分優しい音をしていて、綱吉は思わず彼の顔を見上げた。雲雀も綱吉の方を見ていて、その口元は緩く弧を描いているようでもあった。す、と雲雀の、ボンゴレギアをはめた方の手が持ち上がり、綱吉の頬に触れる。
「ヒバ、」
「十代目!」
思わず綱吉も雲雀の名を呼びかけたところで、外から聞こえた声によって我に返った。
下を見やると、沢田家の門前に立ち、二階にいる綱吉たちへ向かって手を振る獄寺たちの姿があった。山本はにこやかな笑顔で手を振っており、獄寺は雲雀の姿を見つけるとキッと眦を吊り上げた。
「手前、雲雀! なんでここに!」
「まあ良いじゃねぇか。一緒に花火見ようぜ」
どうやら彼らも花火大会で遭遇したリボーンたちから、綱吉が自宅にいることを聞いてやって来たらしい。
はは、と笑いかけた綱吉は、ハッとして口を噤んだ。傍らから、黒いような紫色をしたような――つまり不機嫌そうなオーラが漂っている。綱吉はそちらへ視線を向けることができなかった。
「……群れてる」
「ヒ、ヒバリさん!」
目の端に銀色が煌めいて、慌てて綱吉は彼を止めようと腕を伸ばした。しかしヒラリと飛び出した黒猫を、死ぬ気でもない綱吉が捉えられる筈もなく、門前で乱闘が始まってしまう。
花火だか爆弾だか分からない音を聞きながら、綱吉はガックリと肩を落とした。
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