夏休み(210802)
夏休み。海に山にと世間が騒がしくなる季節。沢田綱吉は、何故か学校に来ていた。補習ではない。いつもの通り、休日出勤の保父さん仕事である。
「だからってなんで並盛中……」
しかもプール。パラソルとジュース付きの豪華な浮き輪の上でパシャパシャ水面を蹴っていたリボーンが、プールサイドに座り込む綱吉の側へ近寄った。
「市民プールは今改修工事中だったからな。ビニールプールも壊れちまったし」
「あれはお前がランボを殴るから……」
先に喧嘩を吹っ掛けたのはランボだが、十倍返しをするリボーンのせいで泣きわめいたランボの角が、ビニールプールを突き破ってしまったのだ。泣きわめいた当の本人は牛柄の浮き輪を使って、イーピンやフゥ太と楽しそうにプールを泳いでいる。
「てか、勝手に使って良いのかよ、学校のプールだぞ」
「そこは手回し済みだ」
何をしたんだろう、と想像しかけて綱吉は止めた。この赤ん坊に常識を求めてもしょうがない。
取敢えず自分もプールに入ろうかな、と更衣室へ向かおうとした綱吉は、リボーンに呼び止められた。渡されたのは、プールバックではなく小型のクーラーボックスだ。
「なにこれ」
「使用料。アイスだ」
「はあ?」
「一日プールを借りるからな。それ、応接室に持ってけ」
「応接室って……まさか……」
サッと綱吉は顔を青ざめさせる。なんて人物に使用許可をとったのだ、というか彼だって学校施設を自由に貸し出しできるものだろうか――いや、できるのだろう、あの男なら。
「嫌だよ、怖い!」
「良いから行け」
ジャコン、とリボーンは銃口を向ける。プール内だから水鉄砲かと思ったがリボーンの場合、本物の拳銃である可能性の方が高い。
ここで頭に風穴あけるか、トンファーに脳天割られるか。
結局綱吉はより被害を少なくするために、クーラーボックスを抱えて応接室へ向かうことにした。
「……失礼しまーす」
そろそろと扉を開くと、涼やかな風が肌を撫でた。どうやら冷房が入っているらしい。応接室の主はそんな涼しい空間の中、ソファで横になっていた。
「……寝てる」
雲雀はすっかり熟睡しているらしく、忍び足で綱吉が顔を覗き込んでも、目を開く様子がない。
このままクーラーボックスを置いてプールへ戻れば、ミッションクリアなのでは。そう思い、綱吉は音を立てないようクーラーボックスを机の上に置いた。
「――くし」
小さな音に、綱吉の肩が飛び上がる。
そろそろ視線をやると、学ランを下に敷いて仰向けに寝転がった雲雀は、クシクシ鼻を鳴らしていたかと思えば、横を向いて身体を丸くした。
(猫……小動物……)
綱吉の脳裏に、ハリネズミと子ライオンの眠る姿が浮かぶ。
もしかして冷房のせいで身体を冷やしているのでは。ふと、綱吉はそんなことを思った。
そっと音を立てないよう応接室を出ると、綱吉は小走りでプールの方に戻った。

「……ふあ……」
欠伸をして、雲雀は身体を起こした。思ったよりぐっすりと寝てしまったようだ。身体を起こすと膝からズルリと何かが落ちた。床に落ちたのは、雲雀のものではないタオルケットだ。誰の物だろうかと首を傾げたところで、向いのソファに座った綱吉と目が合った。
「やあ」
「お、おはよう、ございます。べ、別に雲雀さんが寝ていることを良いことに応接室で寛いでいたわけじゃあ!」
ペラペラと余計な言い訳を並べる綱吉の眼前へ、雲雀はタオルケットを突き付ける。
「これ、君の?」
「あ、はい……ヒバリさん、冷房で身体冷えちゃうかなと思って……」
雲雀からタオルケットを受け取り、綱吉は小さく笑って頬を掻いた。雲雀は「ふうん」と頷いて、ふと机に置かれたクーラーボックスに目を止めた。
「それは?」
「あ、リボーンから、プールの使用料だって」
タオルケットを横に置いて、綱吉はクーラーボックスを開いた。様々な種類のアイスが顔を出して、中身を知らなかったのか綱吉も顔を綻ばせている。
「好きなのがあるなら、君も食べれば?」
「え、良いんですか?」
「使用料で僕にくれるなら、僕のものだ。僕のものを僕がどうしようと自由だろ」
言いながら、雲雀はチョコレートでコーティングされたバニラアイスを選び取った。綱吉は少し迷ったようだったが、いそいそと楽しそうにアイスを選ぶ。
「クーラーの効いた学校でアイス……何か、悪いことしている気分ですね」
「……まあ、夏休みだしね。校則違反も大目に見るよ」
そう言えば菓子の持ち込みは校則違反。すっかり念頭になかったらしい綱吉は一瞬顔を強張らせたが、雲雀からの許しもでたことだし、とソフトクリームの蓋を開いた。
「あ」
「……」
コーンの根本からぽっきり折れたソフトクリームは蓋の中。よくある開封の失敗例だ。
「……スプーン使う?」
「ありがとうございます……」
夏休みだし、これもサービスだ。雲雀は小さく息を吐いて、応接室に併設された給湯室へ、スプーンをとりに立ち上がった。
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