贈り物(210726)
綱吉はわけが分からなかった。何故、自分のテリトリーである筈の私室で、こんなにも居心地悪い思いをしなければならないのか。
今日は一か月ぶりの休日で、軽食と日本から取り寄せたマンガを抱えてソファでゴロゴロとしていた筈である。ボスの威厳がない、と銃を取り出す家庭教師も、本日は別の仕事があると不在。鬼の居ぬ間に何とやら、心行くまで羽根を伸ばしていたところだったのに。
日も傾き、そろそろ夜食の時間かな、と綱吉がソファから降りたときだ。予期せぬ来客が、乱暴に扉を開いたのである。
ツンと澄ました無表情に、ほんのり不機嫌さを乗せた気まぐれな浮雲は、ポカンとする綱吉を余所に部屋へ踏み入り、ドカリともう一つあったソファに腰を下ろした。
「ひ、ヒバリさん? こっちへ来てたんですね……」
語尾が小さくなってしまうのは、腕を組んで座る男がムッツリと口を曲げていたからだ。
八つ当たりか知らぬ間に地雷を踏んでしまったか知らないが、自分はこれからトンファーを避けるハメになりそうだ。そんなことを予感しながら、綱吉はそろそろとスリ足をして彼から距離をとる。
とさ。机に積まれたマンガの横に、少々投げ捨てられるようにして置かれたのは、白い紙袋。綱吉も見たことがある、日本のパティスリーのものだ。
「ナミモリーヌの紙袋?」
どうして雲雀が、これを。綱吉が視線で訊ねると、ムッとしたまま目を閉じていた雲雀が、漸く口を開いた。
「笹川から」
「お兄さん?」
「違う、妹の方」
短い言葉から察するに、笹川京子から並盛で手渡されたものらしい。思わず、綱吉の頬に赤味がさす。それを目敏く見つけて、雲雀はギロリと視線をやった。
不機嫌さの理由はこれか、と綱吉は慌てて緩みかけた頬を引き締めた。綱吉が中学時代に恋慕していた笹川京子。今は恋愛より親愛というべき感情しかないが、雲雀はあまり綱吉が『笹川京子』という言葉に関わることを良しとしない傾向にある。以前、『初恋は笹川京子』と口を滑らせたことが尾を引いているらしい。
(意外と嫉妬深いな……)
浮雲の思いもよらない一面を、綱吉は案外気に入っている。
「でも、京子ちゃんがなんで?」
「……誕生日」
紙袋から一人分にしては大きめの箱を取り出し、綱吉は首を傾げる。
雲雀の誕生日は五月五日、子どもの日である。その日はイタリアで細やかながら、綱吉と二人で祝った筈。どうやら日本にいた京子が、雲雀が帰国し仕事もひと段落したところで、祝いの品を持ってきたらしい。予想以上に雲雀の仕事が立て込み、こんな時期になってしまったと、京子は謝っていたという。
「丁度イタリアへ行く用事があるって哲から聞いたみたいで、君とどうぞって」
雲雀の言葉に蓋を開けてみれば、成程、箱の中には二人分のケーキが並んでいる。
「美味しそうですね。ナミモリーヌ久しぶりだ」
「……」
食器と紅茶の用意をしようと踵を返した綱吉は、じっとこちらを見つめる視線が気になって足を止めた。
「何か?」
「君からは何かないの?」
「えっと……俺は既に二か月前にお渡ししたような……」
「知らない」
束縛嫌いも、極まれば我儘だ。
「……僕ばかり気にしているみたいで、ムカつく」
笹川京子のことか。つまり、今綱吉に理不尽を強いているのは彼の八つ当たりである。
「……じゃあ……」
仕方ない、と綱吉はキッチンへ向かう爪先を、部屋奥の棚へ向け直した。鍵のかかった引き出しを開け、数個ある小箱のうち一つを取り出す。
「本当はもう少し先の予定だったけど……ヒバリさんだけ、特別です」
ケーキ箱の隣に、黒いベルベットの小箱を置く。雲雀はチラ、と綱吉へ視線をやって、その小箱に手を伸ばした。Aランクのリングをハメた指が、小箱を開く。赤い内装の中に鎮座していたのは、懐中時計だった。
「時計?」
持ち上げると、シャラリと鎖が鳴る。綱吉は頷いて、雲雀の向い側のソファに座った。
「ヒバリさん、左手にボンゴレギアつけているから、腕時計までつけると邪魔かなと思いまして」
ボタンを押して文字盤を開くと、十の位置にオレンジの宝石、短針の先には紫の宝石が嵌っている。十時の形で止まった針は、オレンジと紫の宝石を隣り合わせに並べていた。
ふうんと声を漏らし、パチンと蓋を閉じる。スリ、とボンゴレの紋章が刻まれた蓋を親指で撫ぜ、雲雀は下へ向けていた口端を持ち上げた。
「悪くない」
「良かった」
ホッとして綱吉は胸を撫で下ろした。雲雀は不機嫌なオーラはどこへやら、すっかり機嫌を直したようにしげしげと懐中時計を見つめている。
「丁度プリーモたちの話を思い出したんです。これだって思って」
綱吉の言葉に、微かに感じる違和感。雲雀は懐中時計を撫でる指を止め、綱吉を見やった。綱吉は「良かった、良かった」と呟きながら、別の戸棚からティーセットを取り出している。
「ヒバリさんが気に入ってくれたのなら、みんなも大丈夫ですね」
「みんな?」
『プリーモたちの話』『懐中時計』『みんな』――雲雀の脳内に、興味がなくてすっかり忘れていた情報が蘇る。初代ボンゴレボスが守護者たちへ友情の証として贈った懐中時計。
ぐ、と懐中時計を握る手に力が入るが、握りつぶさないだけの理性は雲雀に残っていた。
「……つまり、守護者全員に、これを」
「あ、はい」
あっけらかんと返事をする綱吉。雲雀の奥歯が、ギリリと嫌な音を立てた。
「あ、でも、」
言葉を続けようとする綱吉は、脳天に思い一撃を食らい、言葉を飲みこまされた。
煙立つトンファーを払い、雲雀は足元で蹲る栗色をフンと見下ろした。
「その呼ばれ方は、嫌いだ」
低い声に、綱吉は脳天を手で抑えたままブルリと震える。冷え冷えとした視線のまま、雲雀は懐中時計だけはそれでもしっかりと握りしめて、部屋を出て行った。
「な、なんで……」
準備途中のティーセットと開いただけのケーキ箱を順番に涙目で見やり、綱吉は吐息を漏らした。
――自分の持つ懐中時計にのみ短針に宝石がついており、他の懐中時計は蓋の裏側に守護者のシンボルが彫刻されているだけだと雲雀が気づくのは、かなり時間が経過してからである。
×
人気急上昇中のBL小説
BL小説 BLove
- ナノ -