喧嘩(210719)
沢田綱吉とは、基本的な礼儀は弁えている人間だ。
初対面相手は勿論。年上には敬語で話すし、敬称もしっかりとつける。根っからのツッコミ体質でついつい失礼な言動をすることもあるが、すぐに謝ったり何とか口から出すことは堪えたり、努力は見られる。年上にも関わらず呼び捨て、タメ口、さらに言うなら荒っぽい言動を向けられるのは、嘗て彼と拳を交えた相手くらいだろう。
草壁が把握する限り、自分の上司は沢田綱吉の『荒っぽい言動』を向けられる対象になっていない筈である。だからだと思うが、雲雀恭弥は通常状態の沢田綱吉から嫌悪を向けられることに慣れてない。
黒い着流し姿の雲雀は畳の上で胡坐をかき、ぼんやりと虚空を見つめている。その顔は彼を良く知らない者が見れば眠そうでもあり、彼を良く知る者たちからすれば風邪でも引いたのかと訝しる。
昨夜、件の人物と酒を酌み交わしたと記憶している。草壁は準備だけして、後は二人だけの時間となったからその果てがどうなったか把握していない。朝、雲雀を起こしに部屋を訪れた際、既に雲雀はこんな様子だったのだ。
本日が休日で良かった。こっそり息を吐いて、部屋の中へ視線を滑らせる。普段ならこういう日は宿泊して朝食まで共にする筈の沢田綱吉の姿が見えず、代わりに氷漬けになったトンファーが畳の隅に転がっている。あまりそちらを凝視しないように努めた。
ボンゴレへ連絡すべきか、しかし何と言えば良いのか。うちの雲雀とそちらの沢田の間で何やら揉め事があったようなので、仲を取りもってもらえないか、とか。
頭まで痛み始める。草壁は額へ思わず手をやった。
雲雀はぼんやりとしたまま、膝にのったロールをひたすらに撫でている。そろそろロールは撫でる手に飽いて身を捩っているが、雲雀はそれに気づかない。
「……恭さん」
さすがに不憫に思って、草壁は声をかけた。ユルリと雲雀は草壁の方へ視線を向ける。
「ボンゴレへ連絡いたしましょうか」
「……いい」
雲雀はゴロリと横になる。主人が突然体勢を変えたので、ロールが驚いて飛び上がった。
すっかり拗ねてしまった。草壁の頭がますます痛くなる。
草壁にとって、今回の原因がどちらかであるかは重要ではない。どちらが先に和解を申し込むか、である。沢田綱吉である場合が多いので、彼の来訪か連絡を待つばかりだ。
できるだけ早い打診がありますように、と心の中で祈りながら、草壁はそっと退室した。
草壁からこれ以上干渉はしない。恐らく、ボンゴレ側の獄寺たちも同様だろう。
「犬も食わない喧嘩とは……」
まさにそれ、言い得て妙。
静かな廊下に、草壁のため息だけが落ちていた。
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