黒の組織、来る!(3)
暖かい。首から下をぬるま湯につけているような心地よさだ。
降谷零、またの名を安室透、コードネームをバーボンとする男は、ゆっくりと目蓋を持ち上げた。
視界に映ったのは、日本家屋を思わせる天井。井草の匂いと涼やかな風を感じ、降谷は畳の部屋で横にされていることを理解した。
「む、こちらも目を覚ましたか」
降谷の顔を覗きこんだのは、鼻頭に絆創膏を貼った如何にもスポーツマン然とした少年だった。彼は何やら黄色い光を放つ拳を引き、立ち上がった。
降谷は離れて行く彼の身体を追うように、身体を起こした。寝かされていたのは、布団だった。上半身を起こした降谷を見て、少年はテーピングを巻いた手の平を向けた。
「暫く寝ていた方が良い。傷口は塞いだが、銃弾を受けたのだ。出血も多少あったしな」
そこで降谷は、自分が意識を失った原因を思い出した。しかし不思議だ。痛みはない。肩を動かしても、可動域に問題はない。『傷口を塞いだ』という言葉の意味を問おうとした降谷の先を打って、少年は「沢田たちを呼んで来よう」と言って部屋を出て行った。
「……」
「あなたも私も、組織に利用されたようね」
ポカンとしている降谷へ声をかけたのは、少し離れた位置に敷かれた布団に座っていた女性だ。本堂瑛海、またの名を水無怜奈、コードネームはキール。降谷と同じく、とある組織に潜入している諜報員である。彼女もまた、肩に包帯を巻いていた。
「あなたも?」
「私はウォッカだった。あなたはジンかしら?」
「……」
降谷の沈黙を肯定と受け取って、本堂は吐息を漏らした。
「……ジンは、撒き餌と言っていましたが」
声を潜め、降谷は辺りに視線を滑らせた。明らかにそうと分かる監視カメラの類は見当たらない。
「監視カメラも盗聴器もないそうよ」
「え?」
「先ほどの彼が言っていたわ」
「……随分簡単に信じるんですね」
「素直そうな少年だしね。それに、」
トン、と本堂は自分の指を叩いた。
「指輪をしていたわ。貝のマークの入った」
「! それって」
「ボンゴレのことを知ってんのか」
なら話は早い、と高い声が聞こえて、降谷と本堂はビクリと肩を揺らした。静かに襖を開いて部屋に入って来たのは、何れも高校生ほどの少年少女。その中でもボルサリーノをかぶった幼児を抱いた茶髪の少年と、顔に絆創膏を貼った赤髪の少年が前に出て、降谷たちの側に腰を下ろした。
「君たちは……」
集団の中でも小柄な二人が座り、他の少年少女は二人の背後を囲むように立つ。その立ち姿に、降谷たちはこの二人がトップなのだと察した。
どこか引きつった笑みを浮かべ、茶髪の少年は右手を持ち上げる。細い指には些か不釣り合いに見える、シルバーのリング。青い宝石を覆うようにX型に伸びたシルバー部には、降谷たちが想像していた通りの名――『VONGOLA』の文字がある。
「イタリアンマフィア、ボンゴレファミリー」
「僕はその同盟、シモンファミリー」
赤髪の少年も、違う意匠の指輪をつけた手を掲げて見せる。
シモンファミリーの名を聞いたことはなかったが、ボンゴレファミリーは有名だ。最近、イタリアに足を伸ばしたい組織の邪魔になると、ジンが苛立ちを見せていた。それだけ、黒の組織を寄せ付けないだけの力を持ったマフィアである。
指輪は、彼らがその幹部であるという証だと聞いたことがある。それが、こんな年端もいかぬような少年少女だったとは!
「同盟を組みませんか、降谷零さん、本堂瑛海さん」
「……ボンゴレの前では、どんな情報も筒抜けか」
「俺たちの目的は同じです」
ボンゴレ次期十代目候補(少年は候補を殊更強調していた)だと名乗った茶髪の少年は、ボンゴレのホーム、イタリアでやんちゃする黒の組織を追い出したい。さらに、少年の所在地である並盛にも手を出そうとしているジンたちを誘き出したい、とのこと。
「恐らく、二人は『並盛の秩序』を誘き出す餌にされた、んですよね?」
「『撒き餌』とは、そういう意味だろうな」
そしてあわよくば、『並盛の秩序』に保護され、そこでスパイとして動くよう期待されていた筈だ。
「ボンゴレが『並盛の秩序』なの?」
「違います。関係者ですけど」
少年はぎこちない笑顔で頬を掻き、チラリと背後に立つ少年少女の方へ視線をくれた。一番後ろで腕を組んでいた黒髪の少年が、その視線を受けてフンと鼻を鳴らす。彼のワイシャツの袖から見えるブレスレットも『VONGOLA』の文字がある。
「『並盛の秩序』も、組織を追い出すことを望んでいます。俺とこっちのエン……シモンで並盛に潜む組織を誘き寄せます」
「二人には、それまでうまく潜入できたとか、組織の目を並盛に引き付けていて、ほしい」
ボソリ、とシモンの少年も続ける。
「……僕らのメリットは?」
「組織の壊滅に手を貸すことはできねぇな」
入室の際聞こえてきた高い声は、少年の膝元から聞こえてきた。慌てる少年を気にせず、ボルサリーノをかぶった幼児はヒョイと彼の膝から飛び降りた。
「奴らはマフィアとは違う。俺たちはマフィアにしか手を出せねぇ」
「マフィアなりのルールがあり、それに則る白のマフィア……噂通りか」
「その代わり、情報提供は惜しまないぞ」
「それはそちらのルールに抵触しないの?」
「働きへの対価だ。問題ないだろ」
あっけらかんとした幼児は、マフィアの一員らしい謎の威圧感を持っている。何者か問い詰めたい気持ちに駆られたが、それも恐らくマフィアのルールに触れるからと教えてもらえないのだろう。
降谷は本堂と顔を見合わせた。迷ったような瞳と視線がかち合い、吐息がこぼれる。
「……僕個人としては、構わない。しかし所属組織として協力関係になるというなら、個人判断で返事をすることはできない」
「同じく」
それで良い、と少年たちは顔を見合わせて微笑んだ。
その笑顔はマフィアの幹部とは思えぬほど穏やかで、まさに普通の高校生といった様子。彼らの肩書にそぐわない雰囲気にくすぐったさを覚え、本堂と降谷は思わず顔を見合わせてしまった。

×
第3回BLove小説・漫画コンテスト結果発表!
テーマ「人外ファンタジー」
- ナノ -