とある時代、とある大陸、の片隅。薄雲かかる空の下、赤い中華服に身を包んだ少年は首を捻っていた。辺りはポツポツとしか草の生えていない、荒れた大地。日は天頂から降り始め、時期に夜となるだろう。
桃色の髪を束ねた少年の足元には、黒い中華服姿の少年がいた。近くに転がっている同色の中華帽も、彼の持物だろう。薄汚れた金髪を乱し、少年は荒れた地面に突っ伏している。死体かと思ったが、小さな呻き声が聞こえたから、行き倒れというやつか。外傷はないから妖魔に襲われたというわけでもなさそうだ。
どうしたものかともう一度内心呟いて、桃色の少年はしゃがんだ。時期に陰の時間になる。このままこの場に留まっていては、妖魔に襲われてしまう。かと言って、一番近い安全地帯へ戻るとなると――
「まあ、人命には代えられない、か……」
頭を掻いて独り言ち、少年は倒れている少年の腕を肩に担ぐと、立ち上がって歩き始めた。そして、自身がやってきた道を引き返した。
この世界には、二つの時間がある。人間たちが自由に動き回れる陽と、妖魔を筆頭に妖しい力を持つ種族の闊歩する陰の時間だ。陽の時間の方が圧倒的に短く、人間たちはさりとて陰の時間に出回ることもできず、細々と暮らしていた。陰の時間に、普通の人間が歩き回るべきではない、これは一般常識である。だから、いくら腕っぷしに自信があっても、この暗闇の中、これ以上足を進めるべきではないのだ。
大きな木の洞に担いだ少年と身体を寄せ合いながら、桃色の少年――恋は溜息を吐いた。元々熊が穴倉として使用していたのか、成長期の少年二人が入っても少々余裕がある広さだ――糞や食料の具合から、既に破棄された巣であることは確認済みである――。洞の入口を岩で塞ぎ、妖魔避けの香を焚き、恋は膝を抱えた。傍らで眠る少年は、目を覚ます様子を見せない。
胃がそろそろ夕餉時だと告げたので、少年はそのままにし、恋は背負っていた袋から笹の葉に包んだ肉まんを取り出した。それを串に刺し、香の火種を作るために拵え焚火へ翳す。ちりちりと肉まんの皮に焦げが浮かぶ頃、妖魔避けの香とは違う食欲を刺激する匂いが鼻をつついた。ペロリ、と恋は舌舐めずりをする。きゅうぅ、と妙な音が聴こえたのは、そのときであった。
はて、と小首を傾げながら傍らを見やると、「んぬぅ……」と呻き声を漏らした少年が薄く目を開いた。まだ意識がはっきりしないのか、半目のまま、彼はゆらゆらと頭を揺らす。やがてグイと首を伸ばし、焚火にあたる肉まんへ顔を近づけた。くんくん、と鼻を鳴らし、少年はだらしなく口を開く。鋭い犬歯が覗き、恋は咄嗟に肉まんを串ごと取り上げた。恋の予想通り、肉まんにかぶりつこうと首を動かした少年は、焚火に自らの鼻先を炙り「ぎゃあ」と悲鳴を上げた。
「な、何なんだ!」
ようやっと目が覚めたらしい。洞の壁に頭をぶつけるほど仰け反り、少年は焦げた鼻を摩った。
「起きた?」
恋が声をかけると、今初めて存在に気づいたと言う風に、少年は驚いた顔をする。戸惑う少年へ落ち付くよう言って、恋は行き倒れていたところを拾ってここへ運んだのだと説明した。案外物わかりは良いようで、少年は恋の話に得心したと頷いて頭を下げた。
「それはどうも。ありがとうございます」
「いえいえ……」
「俺は駆。君は?」
「あ、恋って言います」
名乗りを終えた途端、駆の腹が悲鳴を上げたので、恋は苦笑して温めた肉まんを差し出した。駆はすぐにそれを受け取り、何度も礼を言ってかぶりついた。
「恋! 君は俺の命の恩人だ!」
余程腹が減っていたらしい。肉まんをもう一つペロリと平らげ、駆は平服する勢いで恋へ詰め寄る。自分の分を腹へ収め、恋は気にするなと苦笑した。
「ところで、どうして行き倒れてたの?」
火が小さくなる焚火へ小枝を差し込みながら、恋は訊ねる。駆は膝を抱えた。
「んー、都に行きたかったんだよね」
「あ、俺とおんなじ」
「そうなの?」
「うん。俺、夢があるんだよね」
恋は、拳法家である。大陸一の拳法家となるべく、旅を始めたばかりであった。手始めに、人が多く集まり栄えている都を目指そうとしていたのだ。駆は目をキラキラとさせ、恋を見つめた。
「すごいな、恋」
「いや〜、あはは」
褒められて悪い気はしない。ははは、と笑い、恋は駆に彼の理由を訊ねた。駆は、恋ほど素晴らしい理由ではないと前置きして、焚火を見やった。
「世界を見てみたかったんだ」
ちり、と火が揺らめく。
「世界?」
「うん。俺、所謂『箱入り』でさ、街から出たことがなくて」
だから、広い世界へ憧れた。この目に映したいものが、たくさんある。
「取敢えず都に、ってところは恋と同じ。人がたくさんいるから」
「へー」
「で、物は相談なんですが……」
えへへ、と笑う駆の顔を見れば、何のことか恋は容易に想像できた。小さく吐息を漏らして、恋は頷く。
「良いよ。都まで一緒に行こう」
「ほんと!?」
「駆さん、何か放って置けないもん。旅は道連れ世は情け、ってね!」
ありがとうございます! と駆は頭を下げる。一つ一つの動作や表情の変化が大きく楽しい人だと、恋は笑った。
「じゃあ、お祝いに」
恋はそう言って、袋から別の包みをとりだした。「ジャーン」という効果音を口遊んで包みを広げると、そこから出てきたのは仄かに色づく桃まんであった。じゅるり、と駆は涎を飲みこむ。
「いいの?」
「おう。俺と駆さんの、出会いの記念に」
恋は先ほどと同じように串に刺して、火であぶる。駆は慌てて自分の身体を探った。
「恋! これ!」
拳を突き出す勢いで、駆は恋へ手を差し出す。その手の平の上に乗っていたのは、梅を模した細工が施された髪留めだった。
「俺と恋の、出会いの記念に」
きっと似合う。そう言って、駆はニッコリと笑った。少々腑に落ちない点はあったが、断る言い訳が思いつかず、恋はそれを受け取る。焚火に翳すと、梅の花弁にはめ込まれた硝子玉がキラキラと光った。駆は温まった桃まんを手に取り、恋を見やる。
「暫くの間だけど、よろしく」
「ああ」
恋は頷き、駆は桃まんにかぶりつく。
ぽん、と妙な音と煙が立ったのは、そのときであった。煙が晴れると、駆と恋の膝の上に一匹ずつ、赤ん坊ほどの大きさの大熊猫が、ゴロリと寛ぐように寝そべっている。
「……」
たった一つの入口は岩で閉ざされ、頭上も足元も大熊猫たちが通れるような穴は見当たらない。グルリと辺りを見回して、恋と駆は顔を見合わせた。
「ええ――――!?」
二つの叫び声が夜闇を斬り裂いたが、幸いにも妖魔の耳には届かなかったようだ。



20170301
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