黒の組織、来る!(2)
「ありがとう、ツナくん」
「いや、大変だったみたいだね、炎真」
綱吉から受け取ったタオルで炎真が顔を拭くと、べっとりとした泥汚れがタオルに移った。綱吉とは反対側の炎真の隣に座っていたアーデルハイトは、甲斐甲斐しく彼の髪を拭いている。
「廃工場の水たまりにつっこんじゃって……そのせいで相手にも見つかっちゃうし」
野良猫を追って廃工場に入った炎真は、そこで銃を突きつける男と銃弾を受けて膝をつく女性を見つけたのだと言う。どうしたものかと考えあぐねるうちに足を滑らせて上記のように泥まみれになったところ、男に見つかってしまった、と。
「おかげで僕の顔は見られてないと思うよ」
黒いワンボックスカーの車内は、汚されてはたまらないと顔を顰めた雲雀によって、ビニールシートが引かれている。その上に座ってのんびりとした様子で、炎真は頬にこびりついた泥を拭った。
「おいリボーン、本当に俺と炎真の遭遇した人たちが、九代目の勅命に関係してるのかよ」
綱吉がそう言うと、彼の膝に乗っていたリボーンは頷いてあの羊皮紙を広げた。
「詳しくはシモンとボンゴレが揃ってから説明するが、九代目は最近イタリアでお痛をするとある組織に心を悩ませているらしくてな。その本拠地が、どうやら日本にあるってんで、十代目のツナに調査と制圧を任せてきたんだ」
シモンは予期せず巻き込まれたのだからどうせなら同盟ファミリーとして手を貸せ、とはリボーンの独断である。炎真はツナくんのためなら、と快諾し、アーデルハイトはため息を漏らしつつ炎真が決めたなら、と賛同する様子だ。
「ボンゴレの下についたつもりはないけど、赤ん坊の持ってくる話は思い切り暴れられることが多いから、話だけは聞いてあげる」
雲雀も楽しそうな様子で、話を聞いている。それだけではなさそうな気がして、チラリと綱吉が視線をやると、雲雀はスッと目を細めた。
「……少し前から、並盛を出入りする不審な黒服がいる」
腕と膝を組み、雲雀はすんなりと事情を話した。黒服たちは並盛で怪しい薬や金のやり取りをしようとする動きが見られ、今は風紀委員が見回りを強化してそれを制しているところだと言う。
「あ、並盛の秩序って……もしかして、あの銀髪、風紀委員のリーダーを誘き寄せようとしていたんじゃ……」
「並盛の秩序って言葉なら、僕も聞いたよ。『お前がそうか』って」
そもそも炎真は純粋な並盛の人間ではなかったので、言葉に詰まって何も返答しなかったが。
綱吉と炎真の証言に、雲雀はそれはそれは嬉しそうな、獰猛な笑みを浮かべる。
「向こうが僕をお呼びとは都合が良い。回収した銀髪を問いただして……」
着信。雲雀は言葉を止め、胸ポケットから校歌の流れるスマートフォンを取り出した。(因みに、進学を期に並盛高校の校歌に変更している。)通話の相手は風紀委員だったらしく、雲雀は淡々とした返答を繰り返す。しかし、途中でカッと目を開き、舌を打った。
「ひ、雲雀さん?」
少々機嫌が悪くなった雲雀に肩を震わせながら、綱吉は訊ねる。炎真も怯えた様子で、綱吉の腕にすり寄った。
「銀髪を逃がした」
「え?」
「拘束されたまま、風紀委員を締め落としたらしい。君が獲物を全て没収していたから、委員の命は無事なようだけど」
今は無事でも、この後雲雀にこっぴどく説教されてしまえば、その保証はない。ゾゾ、と綱吉と炎真が背筋を凍らせたところで、「丁度良いじゃねぇか」とリボーンはピョンと雲雀の膝に飛び乗った。
「奴らはコケにした『並盛の秩序』をますます躍起になって探すぞ。自分たちの商売をやりやすくするためにもな」
「幸い、炎真は泥だらけで顔を見られてはいないわ。沢田綱吉、あなたもフードをかぶっていたから、同じでしょう」
「成程、小動物2匹を僕と勘違いしている奴らを、誘き出すのか」
顔を見られていないなら、幾らでも代わりは作れる。しかし困った、と雲雀は平坦な声音で呟いた。
「うちの委員の中に、小動物みたいな体格の者はいないんだよね」
ガタイの良いリーゼント集団を思い浮かべ、それはそうだろうと綱吉は納得した。「と、いうわけで」と雲雀は脇を探り黒い何かを綱吉たちへ投げつけた。
顔にかかったそれを綱吉が引き剥がしてみると、何とそれは風紀委員のトレードマーク、学ランだった。
「俺たちに囮をやれって?!」
「日常生活が心配なら、顔を隠せば良い」
「べ、別に雲雀さんが普段通りに過ごせば……」
「簡単にトップの顔を曝しちゃあ、面白くないだろう?」
「かみ殺す相手がやって来るなら、良いじゃないですか!」
「こういうのは根本から叩かないと、後から湧いてくるんだ」
相手は裏組織と言えど、炎もリングも持っていない。心躍る戦いは望めないだろう。質が望めないなら、量をとるだけだ。そちらが本音だろう、と綱吉はジト目を向けるが、雲雀はサラリと受け流す。
「つまり、炎真に風紀委員の真似事をさせろと?」
目を吊り上げたのは、アーデルハイトだ。彼女は炎真がシゲシゲと眺める黒い上着を取り上げた。
「ボンゴレの同盟にはなったが、傘下に下った覚えはない。炎真は粛清委員会に、」
「え」
ぽろ、と零れた炎真の声に、アーデルハイトはピタリと言葉を止める。炎真は上着のなくなった手を所在なさげに降ろして、シュンと項垂れた。
「ツナくんと、お揃い……」
ぼそりと呟かれた言葉と捨てられた猫のような表情に、元々炎真に対して過保護だったアーデルハイトは硬直した。その様子を見ながら、綱吉はヒクリと頬を引きつらせた。
いや、お揃いというなら、以前遊びに行ったとき色と『27』『E』のマーク違いのパーカーを購入したし(現に綱吉も炎真もそのパーカーを着ている。炎真の方は泥だらけになっているが)、学ラン程度でお揃いというなら既に並盛高校の制服はお揃いだ。
中学までは至門中学へ復学することを考えて制服をそのままにしていたが、この地震大国で『もう安心だから大丈夫』という保証は中々得られない。そも、至門中学は炎真たちだけが生徒だったらしく、それをきっかけに廃校。同地域の高校も同様の状況になったらしく、シモンファミリーは揃って並盛町で高校進学することに決めたのだ。説明が長くなったが、つまり炎真も綱吉も同じ並高生、風紀委員への所属は別に可笑しいことではない。
粛清委員会もアーデルハイトの進学と同時に並盛高校で新設されたが、それでも地域住民からすれば風紀委員の方が通りは良い。
「ぐ……仕方ない」
本当に心底悔しそうな顔をして、アーデルハイトは上着を炎真へ返却する。保護者の了解が得られたと、炎真は嬉しそうな顔を綱吉に向けた。
「雲雀恭弥、炎真に何かあったら粛清する!」
「僕の知ったことじゃないよ」
アーデルハイトの睨みを手で払い落し、雲雀は「ふあ」と欠伸を溢した。
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