黒の組織、来る!
沢田綱吉、並盛高校1年生。この日、彼は朝からシックスセンスがチクチクと身体を刺す感覚に苛まされていた。
幻術を見破り、人の言葉の真意の有無を察し、戦いの予兆を感じる程度には便利な遺伝的特質だ。反面、未来のシーンを視ることができる巫女に比べたら、論拠を述べられない曖昧なもので、綱吉自身理由を聞かれても「超直感だから」というより「なんとなく」と答えてしまうほど。
この日、綱吉の身体を襲った感覚も、「何か大変なことが起こりそう」というだけで、巫女の予知に比べたら頼りない。
だから本当は一日布団に包まって過ごしたい気分だったけど、それを厳しい家庭教師が許す筈もない。
「休みだからってだらけてんじゃねぇ」
七時頃には布団から蹴り出され、綱吉は渋々身支度を整えた。母の用意した朝食を腹に収めたところで、ニヤニヤとした家庭教師が何やら紙を見せてきた。
「……なにそれ」
「九代目からの勅命だ」
見たことのある羊皮紙だったので、ある程度予想はしていた。朝から予感していたのは、これのことだったか。
「ボンゴレ十代目へ」
「ストップ」
クルクル羊皮紙を開いて読み始めるリボーンを、綱吉は止める。
「読めとは言ってないし、俺はボンゴレ十代目にはならない」
「我儘な奴だな。お前がネオ・ボンゴレ初代よりボンゴレ十代目が良いって言ったんだぞ」
ぷっくり頬を膨らまし、折角九代目にいろいろ融通してもらったのに、とリボーンは文句をぼやく。
「誰も頼んでないし! それにそれは、獄寺くんがネオプリや初代って呼ぶから……ボンゴレ初代(プリーモ)と混ざるし、ダサいから、普通に呼んでって頼んだだけ!」
綱吉としては山本のように「ツナ」や「沢田」と言った、普通の友人同士のような呼び方を望んでいた。しかしどこをどう曲解したのか――恐らくリボーンの入れ知恵があったのだろうが――獄寺は『普通(今まで通り)』に「十代目」と呼ぶようになったのだ。
「まあそれはともかく、今回の九代目の勅命は、世界を――」
「わーわー、聞こえない!」
ダン、と湯呑を乱暴に机へ置いて、綱吉は立ち上がった。左胸に27のマークが入ったお気に入りのパーカージャケットを掴み、玄関へ。
「おい、話は終わってねぇぞ」
「聞きたくないよ」
不穏な話はサッサと切って、外出するに限る。綱吉はスニーカーを引っかけると、リボーンの制止も聞かずに家を出た。……ここで一つ気づけば良かったのだ。いつもならこの厳しい家庭教師は、綱吉の後頭部を蹴り飛ばしてでも足止めし、話を全て聞かせたことに。それをしなかったのは、遅かれ早かれ綱吉が荒事に巻き込まれることを、この殺し屋は予想していたのだ。

さて、家を出た綱吉は、ぶらぶらと街を歩いていた。いつもの癖で、ボンゴレギアは指に嵌めていた。目的地などない。リボーンの話から逃げようとしただけだから、当たり前だ。
「そうだ、炎真のとこに……」
ピクリ。耳が反応し、足が止まる。今、何か嫌な音が聴こえた。それは普通なら雑踏の音に紛れてしまうようなものだが、綱吉の耳に届いたのは彼の経験によるせいだ。
「……銃声?」
綱吉はポケットの中で、ボンゴレギアをはめた手を握る。そして、廃ビルを見上げた。

◇◆◇

燃えるように肩が痛む。ズキズキした痛みと鼓動がリンクするのを感じながら、安室透という名のウエイターでありバーボンという名の探り屋である男は、ニヤリとした笑みを浮かべた。冷や汗が浮かび、口元は引きつってしまったことだろう。
それは誰が見てもやせ我慢と分かる笑顔で、彼に銃を向けていた男には尚更。
「これは、随分な挨拶じゃないですか?」
新しい仕事があるからと連れてこられた、とある街の廃ビル。ここで何をするのかと訊ねた途端、背後からズドンである。
「僕のノック疑惑は解けた筈では?」
「心当たりはそれだけか」
「あいにく、ヘマをした記憶はありません」
フン、と男は鼻を鳴らし、煙草をくわえた口端から紫煙を吐いた。
「バーボン、手前には撒き餌になってもらう」
「は?」
意味が分からず、バーボンの口から音が漏れる。ジンは更なる答えを与えず、トリガーを引いた。それは太腿を貫き、バーボンは思わず膝をつく。ジンはすぐ間合いを詰め、グリ、と額に銃口を押し当てた。
「――Arrivederci」
(イタリア、語……?)
何故ここでその言語を用いたのか。死を悟りながらも、バーボンはその一点に違和感を覚えた。
ジンのトリガーにかかる指に、力が入る。

――ぱし。

銃声はしない。代わりに地面を叩く音が一つと、身体が移動する浮遊感を、バーボンは覚えた。
(暖かい……橙色……)
ただでさえ混乱していた頭は、痛みも手伝って意識を手放す。最後に網膜へ焼き付いたのは、何故か空を連想させた橙色だった。

◇◆◇

綱吉が廃ビルの四階へ足を踏み入れると、肩を打たれた金髪の男と彼へ銃口を向ける銀髪の男の姿があった。穏やかな雰囲気ではない。どうしたものかと逡巡するうち、金髪が太腿に被弾し膝をつく。
グリ、と銀髪が金髪の額へ銃口を押し当てる。
その光景を見た瞬間、綱吉は咄嗟にフードをかぶり、飛び出していた。
片手で銃を、片腕に金髪を抱き、部屋の隅へ逃げる。ポカンとした視線を感じながら、形態変化したボンゴレギアで銃を握りつぶした。痛みと緊張のピークだったのか、金髪の体重が綱吉にかかる。気絶した彼をそっと座らせ、綱吉は丸くなった銃を床に転がせて見せた。
すると、銀髪は何が面白いのかニヤリと口を曲げる。
「来ると思ったぜ、『並盛の秩序』」
「……」
『並盛の秩序』、と聞いて並盛在住の綱吉が初めに思い浮かべるのは、黒い装束の男たちだ。綱吉は断じて彼らの所属ではない――関係者と言えば関係者ではあるが――銀髪の男は、勘違いをしているようだ。
「しかもそのスピードと力……頭は手前か。こんなガキとはな」
さらにあの最強の風紀委員長と勘違いされることになるとは。ここまで話を聞いて、目の前の男が並盛の外から来た余所者であることははっきりした。
「……試してみるか?」
「あ?」
「ガキの力」
咄嗟にパーカーを目深にかぶったから、死ぬ気の炎は見られていない筈だ。グッと拳を構えると、銀髪は馬鹿にしたように鼻で笑った。懐から新たな銃を取り出し、銃口を綱吉へ向ける。
「大人を舐めるな。ここで手前を潰して、この街の風通しをよくしてやる」
「街に手は出させない」
綱吉は地面を蹴って銀髪との間合いを詰めると、銃を持つ手を抑え、頭部に回し蹴りを食らわせた。
「!」
手応えに、綱吉は少々戸惑う。死ぬ気の炎の気配が、全くない。
よろける銀髪へさらに追撃し、銃を持つ手を床へ押し付ける。そのまま背中に片足を乗せて全体重で拘束する。チラリと見やった手には、指輪の姿は見当たらない。
「お前、リングを持ってないのか」
「は?」
苛立ったように銀髪は言葉を吐き、乱暴な動きで仰向けになると、綱吉の足首を掴んで床に叩きつけた。両手をついて衝撃をいなし、綱吉は掴まれていない足ごと銀髪の首に巻き付ける。
「アクセサリーの話か? この街では強者の証か?」
「……知らないのなら、これ以上話すことはない」
リングを知らない。つまり、マフィアではない。そう判断し、やはり死ぬ気の炎を見せないようパーカーをかぶったのは間違いではないと思い至る。綱吉は首に巻き付けた足へ力を込めた。
締め落とそうとする動きに抗うように、銀髪は綱吉の足に爪を立て、銃口を持ち上げる。綱吉はフッと腹筋を使って身体を起こし、思い切り拳を叩きこんだ。

「全く、いきなり迎えに来いなんて、偉くなったもんだな、ツナ」
「大目に見てくれよ……」
銀髪を気絶させ、怪我を負った金髪をそのままにできなかった綱吉は、彼だけ抱えて廃ビルを出た。しかし気絶した大の大人を怪しまれずに運ぶ術がなく、仕方なく家庭教師に連絡したのだ。
家庭教師が、まさか並盛最強の男まで呼び出すとは思わなかったが。
「ワオ。その男は?」
「恐らく並盛外の人かと。襲っていた男は、あそこのビルに気絶させてあります」
「残念。僕が直々にかみ殺してやりたかったのに」
口ではそんなことを言いながら、雲雀はどこか楽しそうな口調でどこかへ連絡を始めた。銀髪の男を、部下に回収させようとしているらしい。
綱吉が応急処置として傷口をハンカチで絞った金髪は、まだ目覚める様子がない。雲雀が足として使った車に彼を乗せたところで、綱吉の携帯に着信が入った。
「炎真だ」
似た境遇の者同士、親近感を持つ彼からの連絡は、特に珍しいことではない。
「はい、沢田です」
「ツナくん、ごめん」
電話口の親友は、少し慌てた様子だった。
『ちょっと手を貸してくれないかな』
「何かあったの?」
『それが……廃工場で襲われている女の人を見つけて……』
綱吉の肩に乗って通話を盗み聞きしていたリボーンは、ピクリと眉を動かした。
「おい雲雀、そっちは部下に任せて、炎真の方に車を回せ」
「え、おい!」
「もう一匹の小動物に? 僕にメリットあるのかい?」
「俺の予想が正しければ、こいつらの遭遇した奴らは、九代目案件だ」
リボーンの言葉に、綱吉は「えー!!」と大声を出し、雲雀は「ワオ」と楽しそうに口元へ笑みを浮かべる。事情が把握できない炎真は、「え、え?」と戸惑いの声を漏らした。
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