第6話 chapter2
ボロボロと、泥のように崩れていく融合体。子どもたちはその姿に、確かに勝利と終わりを確信していた。
『まだだ!』
それに警鐘を鳴らしたのは、嘗て暗黒の種に触れた少年の声。
『まだ、暗黒の流出が止まっていない!』
崩れかけ、そのまま消えていくかに思われた融合体が、口を開いて悲鳴を上げた。超音波のように反響していく声に、子どもたちは思わず耳を塞ぐ。
ズズ、と大地を這っていた泥が融合体の方へ向かい、崩れていた羽根を補強するように集まっていく。やがて、先ほどより何倍も大きな翼が姿を露わにし、倒れそうになっていた身体を支えた。
地面から足を引き抜き、黒い翼を足代わりに大地へつき、融合体は体勢を整える。崩れかけていた肌は、泥がコーティングしたのかもとに戻っていた。
「オファニモンが切り離されたのに、どうして?!」
あれは二体の堕天使型デジモンの融合体ではなかったのか。ならば、オファニモンが切り離された時点で姿を保っていられない筈。
しかし今目の前に広がっている光景は、それを否定するものだった。
「暗黒世界の流出が止まらない……どころか、融合体の活動反応が活性化している……!」
アナライザーを開いた光子郎は、信じられないと息を飲む。
メイクーモンは融合体内に取り残されている――いや、もはやあれは暗黒世界のエネルギーを大量に吸収したことで、暗黒デジモンそのものと化したのだ。
「そんな……メイちゃん!」
芽心はガクリと膝をついて座り込んだ。
「そんなことって……」
暗黒デジモンはぶらりと足を宙に揺らし、顔の半分もある大きな口を開いた。
そこから響く鳴き声の、なんと不気味なことか。こちらの肌を泡立たせ、恐怖と絶望を煽る。
「――さない」
鳴き声に混じって、ノイズのような声が聞こえる。少しずつはっきり耳に届くようになったそれは、姫川の声だった。
「誰にも邪魔させない。私は、私の理想世界を創る」
強い執念のにじみ出た声だった。暗黒デジモンへの恐怖もさることながら、その執念に薄ら寒さを感じる。
「暗黒デジモンに姫川の意識がある……まさか、失われたオファニモンフォールダウンモードのデータを、自分の精神データで補っているのか?」
「そんなことできるの?」
「分かりません……姫川さんが精神データという状態にあるのがネックかもしれませんが……」
西島の考察に、光子郎は言葉を濁す。予想外のことに、彼も戸惑っているのだ。
嘗て、太一たちは、パートナーを求めすぎた男の所業を目にしていた。及川由紀夫――しかし彼と太一たちには大きな違いがあった。既にパートナーがいたという点だ。だから、今回のような心境にはならなかった。
姫川マキのように――何かの拍子にパートナーデジモンを失うようなことがあれば――『自分も、一つ間違えてあのようなことをしてしまうのだろうか』という恐怖。それを抱くことは、なかった。
今、傍にいるかけがえのないパートナーが自分の目の前からいなくなってしまったら――世界の終焉を齎すほどの負の感情を抱いてしまうのか。
「闇に呑まれれば意味を失くしてしまう光と希望なんていらない……裏切るだけの愛情も友情も、信じない。誠実さも純真さも知識も――勇気すら、無駄なだけ。暗黒だけが、平穏を与えてくれる」
そこに探している存在の可能性があるとするなら、尚更。
闇が、じわりじわりと足元から這い上がって来る。力を入れないと、座り込んでしまいそうだ。
「諦めるな!」
泥の津波によって四方に散っていた子どもたちは、通信機から聞こえてきた強い声に、ハッと顔を上げさせられた。
声の主――太一は、ヤマトと共に地面に足をつき、暗黒デジモンを睨み上げる。彼らの前には、同じように睨みを効かせるアグモンとガブモンの姿があった。
離れた場所にいる空たちに、彼らの立ち姿と氷像は見えない。ただ聞こえる声だけが、胸のうちを突いていた。
「どんな闇だろうと、失うもんか!」
「最後まで、戦い抜く!」
二人の握りしめたデジヴァイスから、眩いオレンジと青の光が溢れる。
『さっすが太一先輩! 暗黒なんて、ぶち壊してください!』
『石田先輩……僕たちの力も使ってください!』
先ほど、泥の海から太一たちを守ってくれた光。暗黒の世界でその力を抑え込もうと尽力していた後輩たちが、託してくれた力だ。

「アグモン、ワープ進化――」
「ガブモン、ワープ進化――」

太一の胸で燃え上がる勇気と、ヤマトの心に轟く友情――その形が、今再び具現化される。
「ウォーグレイモン!」
「メタルガルルモン!」
黒い空に、二つの光が飛び上がった。
それは、子どもたちの目には星のように映った。闇夜を照らす光、希望の星――その力を受けた姿。
「光が、」
星を瞳に受けながら、ポツリとヒカリは呟いた。芽心は顔を上げ、彼女の真っ直ぐな瞳を見つめる。
「光があるから闇がある……闇があるから、光の眩しさも暖かさも知ることができる。私は、闇も光も否定しない……それが、みんなを照らす、私自身の光!」
桃色の暖かい光が、デジヴァイスから零れ落ちる。それはオファニモンの身体を包み込んだ。
「みんなに、力を!」
闇から復活した聖なる天使は、この世界から受け取った進化の力を、仲間たちへと分け与えた。
「そうだね」
初めに声を上げたのは誰だったか。子どもたちは、暗黒デジモンへ向かっていく二体のデジモンを見つめた。
手には、力を受けて輝くデジヴァイス。
身体がデータに分解されたときだって、胸の中にあったもの。幾ら年を重ねたとて、それは変わらない。いつだって先頭に立つ彼らは、その事実を教えてくれた。
「僕のことを信じてくれる人がいる。その信頼に応える――これが僕の誠実だ」
灰色の光。
「仲良くなれない人はいるのかもしれない……それでも、目の前で傷ついている人がいたら助けたい。誰だって痛いのも悲しいのも、嫌だもの!」
緑色の光。
「どれほど不可能と言われることだって、きっと解決策を見つけてみせます。僕の知識は、そのためにあるんです!」
紫の光。
「どんな愛情でも、そこには大切な誰かがいる。相手を想うあまり押しつけてしまうこともあるけど……お互い向き合って手を繋ぎあえば、飛び越えられない壁なんてない」
赤い光。
「僕の希望はみんなの希望……そしてそれが、僕らの明日を照らす道になる筈なんだ!」
黄色い光。
色とりどりの光が、子どもたちとそのパートナーを包み込む。

「ゴマモン、ワープ進化――」
「パルモン、ワープ進化――」
「テントモン、ワープ進化――」
「ピヨモン、ワープ進化――」
「パタモン、ワープ進化――」

「ヴァイクモン!」
「ロゼモン!」
「ヘラクルカブテリモン!」
「ホウオウモン!」
「セラフィモン!」

究極体たちは光の中から飛び出して、暗黒デジモンへ向かっていく。その背中を、子どもたちは追いかけた。
「どんな色だろうと、暗黒の前では無意味――この世界は生まれ変わる、新たな秩序(オルディネ)の元に!」
姫川の声が止まり、暗黒デジモン――オルディネモンの口から超音波のような高音が吐き出された。ビリビリと肌を刺す衝撃に、子どもたちの足が止まりかける。それでも止まり切らなかったのは、前を行くパートナーの背中と、胸を打つ紋章の力のお陰だ。
究極体に進化したパートナーたちは、オルディネモンの吐き出す光線や、振り回される腕をかいくぐり、身体へ一撃を入れようと技を放つ。
「ガイアフォース!」
ウォーグレイモンの放った光球が、オルディネモンのこめかみに当たる。
爆発の勢いに圧され、オルディネモンの体勢が崩れた。しかし、地面に突き刺さった翼がググと倒れこむことを避ける。
「くそ!」
「コキュートスブレス!」
続けてメタルガルルモンが口を開く。しかし、振り回されたオルディネモンの手の平によって、ウォーグレイモン共々遠くへ叩き飛ばされた。
「ウォーグレイモン!」
「ねぇ、見てあれ!」
空が指で示したのは、オルディネモンのこめかみ――先ほどガイアフォースが直撃した箇所だ。抉れたように欠けていたそこを、泥が覆い修復していく。
「また暗黒データで修復したのか!」
「いえ、暗黒データだけではありません!」
アナライザーの数値を確認していた光子郎は、唾を飲んだ。
「デジタルワールドのデータも、使用しています」
「え! それって……1」
「早く蹴りをつけないと、傷の修復にデジタルワールドが食い尽くされてしまいます!」
光子郎の言葉に、太一は拳を握る。
「そんなこと、させるもんか!」
立ち上がったウォーグレイモンとメタルガルルモンが飛び出していくのを見て、ヘラクルカブテリモンたちも後を追った。
「俺たちも!」
何かできることを、と西島はハックモンの方を見やる。ハックモンも頷き、西島を見上げた。その瞳――西島の背後に、大きな影を見つける。
「! お前は!」
「!」
ハックモンの様子で気づいた西島も、慌てて振り返る。
そこにいたのは、氷漬けにされていた筈の、ローダーレオモンだったのだ。
「どうして……!」
「先ほどの泥の影響で、氷が溶けたのか」
てっきり攻撃してくるつもりかと身構えたが、ローダーレオモンはじっと西島たちを見つめたまま動かない。その視線が攻撃的なものではなく、どこか柔らかいものだったので、西島とハックモンは戸惑って顔を見合わせた。
「……ハックモン」
落ち着いた、重低音。それは、ローダーレオモンの口から零れたものだった。
「ローダーレオモン……いや、ベアモン、意識が……」
「……エージェントが、ワクチンプログラムをインストールしてくれた。しかし、これも僅かな時間だが」
それからローダーレオモンは、西島の方へ視線を向けた。その視線の意味をすぐに察し、西島は手首に巻いたゴーグルをグッと握った。
「大吾だ、西島大吾」
「ダイゴ……ああ、やっと会えた」
ツン、と西島の鼻の奥が痛む。それを何とか堪え、西島は「俺もだ」と言葉を返した。
フッと口元を和らげ、ローダーレオモンは鼻頭を西島の、ゴーグルを持つ手に添えた。
「ありがとう。君たちに救われた、本当だ。だから、これは礼だ」
ローダーレオモンの身体が発光し、西島の手元へ集まっていく。ゴーグルも光となり、ローダーレオモンの光と混ざり合っていた。
「ベアモン……!」
「ハックモン」
横目だけハックモンへ向け、ローダーレオモンは瞳を細める。
「君は俺たちの誇りだ。あいつらも同じことを思っている筈だ」
「ベアモン……」
「……バクモンを、救ってやってくれ」
「え」
二つの光が混ざり合い、丸くなる。西島は、咄嗟にそれを掴んでいた。光は収束し、手の平に固い感触が伝わる。
「まさか……」
ハッとして、西島は手を開いた。
そこにあったのは、間違えようもなく、デヴァイス――晴天の青と夜の黒を組み合わせたようなD3だった。
「どうして、今さら……」
D3が熱くなる。取り落としそうになったが、耐えて握りしめると、D3の画面が光った。それと一緒に、ハックモンの身体も発光する。
「まさか、そのデヴァイスは……!」
ハックモンの驚きの声は、進化の光によってかき消された。

◇◆◇

オファニモンと一緒に駆け出していったヒカリには、安全な場所で待っていてほしいと言われた。しかし、芽心の心はそれを許してくれない。震える脚を叱咤して、芽心は泥が所々残る大地を走った。
「私も、メイちゃんを……!」
やっと太一たちの背中を見つけ、芽心は足を止めて大きく息を吐いた。
太一たちはオルディネモンへ立ち向かうパートナーへ視線をやりながら、座り込む光子郎を囲んでいる。
彼らの輪に加わろうとした彼女の背後に、大きな気配が現れた。
「デジタルワールドのデータは……やはり身体を支えているあの翼から吸収しているようですね」
「やっぱり翼ごと引っこ抜くしかないか」
「あんな巨体をどうやって持ち上げるっていうんだ」
太一の提案に、ヤマトは顔を顰める。「いや」と小さく呟いたのは、腕を組んでいた丈だ。一案があると口を開いた彼の言葉の続きを聞くより先に、「あ」と光子郎が声を溢した。
「光子郎くん?」
「いえ、背中側に何か別のデータ反応があると思ったんですが……いや、それよりも、先ほどオファニモンが切り裂いた部分」
肩から覗き込んだミミに見えるように、光子郎はトンと画面を指さす。
「ここだけ、データ層が薄いです。恐らく、オファニモンの聖なる攻撃が、暗黒エネルギーによる修復を遅らせているのでしょう」
「つまり、」
「そこを狙えばいいんだな」
ヤマトと太一は顔を見合わせ、互いに頷く。
「ウォーグレイモン!」
「メタルガルルモン!」
「僕たちも!」
タケルの声に頷き、空たちもパートナーの名前を呼ぶ。
そのとき、セラフィモンたちの間を縫って、一つの影がオルディネモンへ向かっていった。
「今のは、まさか!」
「――ジエスモン!!」
先陣を切るようにオルディネモンの頭上に躍り出たのは、嘗て一度だけオメガモンと刃を交えた聖騎士だった。
[……八神]
呆気に取られていると、太一の通信機から声が聞こえた。
「西島先生?!」
[望月とジエスモンも一緒だ]
「え、ってことは」
同じように通信を聞いていた空は、驚いてジエスモンを見上げる。赤いマントの影に、辛うじて人らしき影を見つけることができた。
「なんで、ジエスモンが!?」
[ローダーレオモンたちが、力を貸してくれたんだ]
西島からそう説明されても、ヤマトたちは理解が追いつかない。ただ、彼らも戦力になるため、飛び出しているのだと、それだけは分かった。
[八神、石田。俺たちはあのデジモンの背中へ向かう]
「背中?」
[……感じるんです]
答えたのは、芽心だった。
[これがきっと、皆さんの言っていたことだと思うんです、あの子は私で、私はあの子……――メイちゃんは、きっとあそこにいるんだって]
凛とした音が、聞こえてくるようだった。
先ほど光子郎が言いかけた、『背中にある別のデータ反応』――それが、メイクーモンのものだとしたら。
「あのデジモンは、メイクーモンを母体とし、暗黒エネルギーとデジタルワールドのデータで肉付けされています。メイクーモンを切り離せれば……」
「活路が見えたな」
太一の言葉に、ヤマトたちは頷き合う。子どもたちは自身のパートナーに、ジエスモンたちを援護するよう、声をかけた。
オルディネモンの撒き散らした羽根が、分身のような影となってデジモンたちに襲い掛かる。
ジエスモンの行く手を阻むようなそれらを、ヴァイクモンのモーニングスターやヘラクルカブテリモンの角が押しとどめた。
芽心の間近に迫った分身の一体を、オファニモンの槍が貫く。
咄嗟に顔の前へ腕を出していた芽心は、目を丸くした。オファニモンの背に乗っていたヒカリは、芽心と目が合うとふわりと微笑む。
別の方角では、ロゼモンが分身をレイピアのように尖らせた蔓で切り捨てる。
「良いわよ、ロゼモン!」
明るい声に振り返ると、ヴァイクモンの背に乗った丈とミミがグッとこちらへ親指を立てて見せた。
また別の方角からは黄金色の光が降り注ぐ。
「行って! 芽心さん!」
「早く、メイクーモンのところへ!」
ホウオウモンの足に掴まった空と、セラフィモンの背に乗ったタケルが叫ぶ。
光子郎を背に乗せ、ヘラクルカブテリモンは数体の分身を大きな刃で挟んだ。
「出し惜しみ、なしだ!」
ヤマトが叫ぶ。隣に立つ太一も頷く。二人の手にあるデジヴァイスが、青く輝いた。
ウォーグレイモンとメタルガルルモンの身体が光り輝き、螺旋を描いて天に上る。――バサリ、とマントをはためかせ、オメガモンがオルディネモンと対峙した。その双肩には、ヤマトと太一の姿がある。
「ここで全てに、決着を!」
太一の声を、彼らの姿を受け、芽心はギュッと胸元を握りしめた。向日葵のループタイ――固いそれが、勇気を後押しする。
(メイちゃん、私たちにこんなにも力を貸してくれる仲間がいる……私は、あなたを諦めるわけにはいかない)
グッと唇を引き結び、芽心は前を見つめた。
見つめる先は、パートナーの存在を感じる場所。
分身の一体が、ジエスモンの前で止まった。その顔を見て、西島たちはぎょっと目を見張る。
「マキ……?!」
分身の顔は、皆一様に目鼻のないのっぺらぼうだった。しかし、西島たちの進路を阻んだ分身体には、『顔』があった。『姫川マキの顔』を持っていた。
「私は新しい〈秩序(オルディネモン)〉の一部となったの。だから、こんな便利なこともできるのよ!」
『彼女』が腕を一振りすると、オルディネモンと同じ、闇のエネルギー砲がジエスモンを襲った。それを紙一重で避け、ジエスモンは刃を振るう。
芽心の身体を支えながらジエスモンの背にしがみついた西島は、D3を握りこんだままの手に力を込めた。壊れそうな光が、拳から零れる。
「アト・ルネ・ポカ!」
D3から溢れ光が、ジエスモンへ力を与えた。
現れた炎のような形の光は、三つ。それぞれ二つずつ持つ剣を構える。
「シュベルトガイスト!」
九つの斬撃が、『姫川マキ』の周囲にいた分身体十数体を切り裂いた。
「く、何故こんな力を……!」
「俺のパートナーが力を貸してくれた」
悔し気に顔を歪める姫川へ、西島は安らかな笑みを向ける。
きっと、姫川には理解できないだろう。ひたすらバクモンだけを求める、彼女には。ベアモンを通して繋がった、西島とハックモンの絆の形は。
ぴし、と手の内でD3にヒビが入るのを感じる。このデヴァイスは、太一たちのものを正式とするなら仮初。緊急事態故、特例で結ばれた絆の力は、そう長くもたないだろう。それを、西島もジエスモンも承知していた。
「借り物の絆で、私を止められると思わないで!」
姫川は牙を剥きだし、人間離れした鋭い両手を振り上げた。
「ジエスモン!」
「ああ!」
西島の言葉に返事をして、ジエスモンは三つの光を身体の側に寄せた。
姫川の爪が、ジエスモンの影を切り裂く。
――ザン。
腕を目いっぱい前に伸ばした彼女は、目を見開いた。ふ、と大きく割けた口で笑みを描く。
「あはははは!」
宙に投げ出されたのは、傷だらけのハックモンと西島の姿だった。
「先生!」とその様子を見上げていた空たちは、喉を引きつらせた。
「だから言ったのよ、せっかく私が本当の絆を取り戻してあげようとしていたのに、断るから!」
高笑う姫川の目の前で、西島とハックモンは無言のまま落下していく――かと思われた。
がし。姫川の腕を、掴む手。
「!」
「目的は果たせた」
驚く姫川へ、羽交い絞めにするように腕を回し、西島はニヤリと笑った。額から、一筋血が流れる。
ハッとした姫川は、オルディネモンの方を見やった。いつの間に、と言葉が零れる。
オルディネモンの背中に、望月芽心がしがみついていた。
「――アウスジェネリクス」
自分のデータを一時的に書き換え、物理限界を超えた活動を可能にする技。先ほど、これを使用して芽心を目的地へ送った。そしてそれが限界となり、D3は粉々に砕けてしまった。
逆さになったままのハックモンが呟く。そしてこれが最後だ、と両手を持ち上げた。
「フィフスラッシュ!」
西島という重石を抱えた姫川は、反応が遅れた。黒い翼は鋭い爪に切り裂かれ、ぐらりと身体が平衡感覚を失くす。
翼を失った有翼種は、重石を伴ったまま落下していった。
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第3回BLove小説・漫画コンテスト結果発表!
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