20200801−04
――タイチはボクの友だちだ!
コロモンの声が、ミミの奥で蘇る。
(とも、だち……)
本当にそうだろうか。ふと、頭の片隅でそう問いかける声がする。
分からないというのが、太一の正直な答えだ。友だちだったと思う、その程度の認識。確かにあのコロモンと過ごした記憶はあるのだが、どうも頭全体が霞かかったようにぼんやりとしているのだ。
「タイチ!」
床を叩く音と共に、コロモンとサイケモンが慌ただしく駆け寄って来る。大丈夫かと問うて来る彼らを見て、太一は既に頭痛と眩暈が収まっていることに気づいた。大丈夫だと返せば、コロモンは安心したように息を吐く。
「良かった」
「心配かけて悪いな」
「ううん、気にしないで」
太一の膝に乗ったコロモンは甘えるように身体を擦りつける。そんなコロモンに苦笑し、太一はポンポンと頭を撫でた。その様子を微笑ましく見守っていたサイケモンは、ピクリと耳を立てた。
「……二人とも、少し隠れていて」
「サイケモン?」
「どうかしたのか?」
警戒した様子を見せるサイケモン。コロモンは怯えたように太一へすり寄り、太一はコロモンを優しく抱きしめた。サイケモンは目を眇め、天井を仰ぐ。
「……誰かが、こっちへ向かって来てる」



ざぶん。
息を止め、目を瞑って飛び込む。想像よりサラサラとした液体が、身体を包む。大輔は恐る恐る目を開いた。
黒々とした海の中は、思ったよりも明るく遠くまで見渡せる。腰に巻いたサブマリモンへ繋がる命綱を手でもしっかり握り、大輔はそっと辺りに視線を動かした。
とんとん、と後ろにいたウォレスが肩を叩き、前方を指さす。その先を見やった大輔は、驚きで息を吐きそうになって、慌てて口を手で覆った。
ゴツゴツとした岩の多い海底は、あまり深くなく現在の大輔の位置からでもよく見えた。そこに建つのは、貝を積み上げて造ったような城だ。洋風の造りだが、竜宮城を彷彿とさせる。
大輔たちを命綱で尾のように引き、サブマリモンは城から少し離れた岩の一角に身を潜めた。イッカクモンと、その背中にしがみついた丈は、サブマリモンの横を通り、真っ直ぐ城へと向かっていく。
イッカクモンが城の五メートル範囲に入った頃、正面の大きな扉が開いた。そこから飛び出してきたのは、数体のハンギョモンだ。手に槍を持つ彼らの姿に、ヒカリの肩が震える。タケルはそっと彼女の方へ寄り、肩へ腕を回した。
発破をかける必要もなく、向こうにはこちらの特攻が知られているようだ。
(行くぞ、イッカクモン)
もしものために用意していた小型の酸素ボンベを口にくわえ、丈はイッカクモンの頭を撫でる。コクリとイッカクモンは頷いて、ハンギョモンの群れと追突する直前で踵を返した。海上へ戻りながら、イッカクモンはハープンバルカンを打ち上げる。これが待機する空たちへの合図となるのだ。
(今のうちに)
ハンギョモンたちは、イッカクモンを追って海上へ向かっていく。他に竜宮城から出てくる姿がないことを確認し、光子郎はサブマリモンの中にいる伊織へ合図した。伊織は頷く。
サブマリモンは岩陰から飛び出し、竜宮城へ向かった。城の入り口は閉まっていたが、鍵はかかっていなかったようで、ヤマトと大輔が抉じ開けると少しずつ開いた。
入り口をくぐると、内部は円柱のような形をしていた。奥に続く様子はなく、頭上から降り注ぐ光が道標となった。サブマリモンに連れられて進むと、やがて水面が見えてくる。息を止めるのも限界だった大輔は、水面へ顔を出してすぐ、大きく息を吸った。
そこは例えるなら広間のような場所で、大輔たちは床へポッカリと開いた水たまりに浮かんでいた。
「すっげ……」
「Oh……」
ウォレスも感嘆の声を漏らしながら、陸へと上がる。遼は少し水を飲んでしまったらしく、咳き込んでいた。
ヤマトは濡れた髪を肌から剥がそうと手をやって、ふと動きを止めた。あれだけの時間水に浸かっていたから随分濡れていると思ったが、実際は小雨に振られた程度だ。海水にしてはサラサラとしていたし、やり現実世界と違う物質なのだろう。
それと、先ほど口端に垂れた拍子に舌へ触れた水の味。少し塩辛いそれを、ヤマトは別のどこかで味わったことがあった。
(海水、じゃない……何の味だ?)
指に残る雫を見つめてぼんやり考えこんでいると、身体を震わせて毛皮から水分を弾き飛ばしたガブモンがどうかしたのかと訊ねる。ハッと我に返り、ヤマトは何でもないと首を振った。
「思ったより広いな……二手に分かれるか?」
遼の提案に、光子郎は首を横へ振った。
「見取り図もない以上、無駄に歩き回っては合流しにくくなります。今僕らが知る入り口はここ一つですし、面倒でも全員で回る方が良いと思います」
「そうですね」
伊織も同意する。彼の足元では、アルマジモンが小さくくしゃみをこぼしていた。
「じゃあ、早く……――!?」
タケルは言葉を止め、咄嗟に光を大輔の方へ強く押しやった。次の瞬間、どこからか飛んできた黒い光球がタケルと、彼を庇おうと飛び出したパタモンに直撃し、彼らを水たまりへ押し倒した。
「タケルくん!」
ヒカリは大輔の胸に寄り掛かり、顔を青くする。
水中で逆さになりながら、タケルは隣で同じように沈んでいくパートナーを見やった。それからディーターミナルを取り出して、泡が零れ落ちるのも構わず口を開いた。
「タケル!」
慌ててヤマトが駆けよると、黄色い光を纏った何かが飛び出した。
水中でアーマー進化したペガスモンだ。ペガスモンは背に咳き込むタケルを乗せ、クルリと天井を旋回した。
「ニードルレイン!」
攻撃の発射点を見つけたペガスモンは、そこへ向けて光の針を放つ。それは広間の奥にあった太い柱の足元に突き刺さり、その影に隠れていたデジモンを誘い出した。
現れたのは、サイケモンだ。
大輔はヒカリを背後に庇い、光子郎たちも警戒に身を固くする。その隣に、ペガスモンは静かに降り立った。
「どうしてここに来た」
ぐわ、と牙を剥きだし、サイケモンは威嚇するように睨みつけた。
すん、と鼻を鳴らしたサイバードラモンが、身を屈めて遼の肩を叩く。
「遼、奴からはミレニアモンと同じ匂いがする」
「何……?」
サイバードラモンの耳打ちに、遼は眉を顰めた。
ミレニアモンは、機械系デジモンの融合体であるムゲンドラモンと、生物系デジモンの融合体であるキメラモンがさらに融合したデジモンだ。確かに、あのサイケモンとかいうデジモンのデータが混じっていた可能性は高い。
ならば、遼のやることは一つだ。
光子郎はサイケモンの一挙一動を見逃さないよう警戒しつつ、ベルトにつけたデジヴァイスへ手を伸ばした。
「そんなの……太一さんを迎えに来たからに、決まっているでしょう!」
デジヴァイスから光が溢れ、テントモンがカブテリモンへ進化する。
「光子郎!」
「こうなったら仕方ありません! 僕らが引き留めますから、先へ!」
「僕らも!」
「はい!」
「Gumi-mon!」
タケルとウォレスも並び、アルマジモンはアンキロモンへ、パタモンはエンジェモンへ、テリアモンはガルゴモンへ進化する。ヤマトは光子郎と目を合わせると、大輔たちを見やった。
「行くぞ!」
「はい!」
大輔は大きく頷くと、ヒカリの手を引いてヤマトの後に続く。
その場にとどまる遼を、光子郎は訝し気に見やった。
「あなたは行かないんですか?」
「俺の用事は、アイツみたいだからな」
光子郎は目を見開いた。遼の一言で、ミレニアモンの欠片があのサイケモンであることを理解したのだろう。理解が早くて助かる、と遼は笑みを浮かべた。
ヤマトたちの進路を守るように、カブテリモンたちがサイケモンを阻む。城の奥へ消えていくヤマトたちを悔しそうに見送り、サイケモンは一層鋭い視線を光子郎たちへ向けた。
「タイチは渡さない……ヒカリも。二人は、コロモンの友だちだ」
「コロモン……?」
ぞろぞろと、城に残っていたハンギョモンたちが別の通路から姿を現す。
伊織たちの警戒や疑問を無視して、サイケモンは胸に手を当てた。
「サイケモン進化――」
サイケモンの身体が、黒い光に飲まれる。電気にも似たそれが弾けると、バサリという音と共に布が翻った。
「――アスタモン」
現れた完全体の姿に、ウォレスたちは唾を飲みこんだ。



サイケモンの言いつけ通り、太一とコロモンは城の奥へ避難していた。しかしコロモンはサイケモンのことが気になるのか、頻りに廊下の向こうを見つめている。太一は小さく息を吐いて、コロモンを抱き上げた。
「俺たちも行くぞ、コロモン」
「え、でも……」
「心配なんだろ、サイケモンのこと」
太一の言葉に、コロモンは少し驚いた顔をしたが、すぐにコクリと頷いた。その姿に太一が微笑んだとき、廊下の向こうから足音が聞こえてきた。
「太一!」
サイケモンか、侵入者か、と警戒していた太一は、よく知った声が聞こえてきたので目を瞬かせた。
「ヤマト」
大輔とヒカリもいる。三人は太一の姿を見ると、安堵したように胸を撫で下ろした。どうして彼らがここにいるのだろう、と太一は内心首を傾げる。
「良かった、無事か」
「太一さん、良かった……」
「お兄ちゃん……」
「は? どうしたんだよ」
駆け寄ってきたヤマトは太一の肩を掴み、怪我等がないか確認しているようだ。大輔は緊張がほどけたように膝へ手をやるし、ヒカリは感極まって泣き出しそうな顔をしている。
ふと、彼らの視線が太一の抱えるコロモンに留まった。
「コイツは……」
「タイチ!」
ヤマトの言葉は、しかし別の濁声に遮られた。それと同時に、太一に何かがしがみついてくる。視線を落とすと、オレンジ色の生き物がぐずぐずと鼻を鳴らしながら大きな爪を持つ手を、太一の腰に回していた。
「良かった……タイチィ……」
「……――お前、誰だ?」
太一が素直に思ったことを口にすると、大輔たちから息を飲む音が聴こえた。ヤマトもスッと真顔になり、太一の襟元を掴む。
「冗談でも言うな、太一」
「お兄ちゃん……?」
「タイチ……?」
「太一さん?」
ヒカリと大輔も、困惑したような視線を太一へ向けた。しかしそんな太一こそ困惑していた。彼らの視線の理由が、さっぱり分からないのだ。襟元を掴むヤマトの手に、力がこもった。
「何馬鹿なこと言っているんだ。お前のパートナーだろ」
「パートナー……?」
「俺にとってのガブモン、ヒカリちゃんにとってのテイルモン。お前にとって、――モンは」
ぐらぐらと、頭が揺れているようだ。ヤマトの言葉が、少しずつほどけるように耳から零れ落ちていく。
太一の友だちは、この黒いコロモンだ。オレンジ色のこのデジモンのことなど、ましてやパートナーなんて存在、太一は知らない――知らない、筈だ。
ズキリと酷く頭が痛んで、太一は顔を顰めるとズルズルその場に座り込んだ。さすがのヤマトも驚き、慌てて手を襟から離して太一の腕を掴む。
「これは……」
テイルモンはスンと鼻を鳴らして、眉間に皺を寄せた。
黒い靄のようなものが、太一の頭を取り囲み、首や腕を締め付ける蛇のようにとぐろを巻いているのが見えた。しかしそれは一瞬で、紙芝居を捲ったようにすぐ消える。
「……ヒカリ、太一から嫌な臭いがする。何かされたのかも」
「そんな、まさか、アグモンのことを……?」
ペタリと座り込む太一の腕を掴むヤマトの手に、小さな泡がぶつかった。それは黒いコロモンが吐き出した泡で、弱い静電気に似た痛みに思わずヤマトは顔を歪めた。ガブモンが腕を振り上げて泡を遮ると、耳を器用に使ってガブモンを飛び越え、コロモンはヤマトの腕に頭突きをぶつけた。
思わず後ずさるヤマトたちと太一の間に割って入り、コロモンは鋭く睨みつける。
「タイチに近づくな! ボクの友だちだ!」
「タイチに何したんだ!」
その言葉で、テイルモンの察知した『臭い』の原因がコロモンにあると判断したアグモンは、グルルと低い唸り声を上げる。テイルモンとブイモンも、それぞれ身構える。
「あのコロモン……」
「ヒカリちゃん?」
口元へ手をやり、ヒカリはじっとコロモンを見つめた。大輔が首を傾げると、彼女は桃色の唇を小さく震わせた。
「どこかで、会ったような……」
ホイッスルの音色に似た耳鳴りが、ヒカリの脳内を掠めて行った。



「あのコロモンがタイチの友だちってどういうこと?」
「お前たちには関係ない」
ウォレスの問を一蹴し、アスタモンは手にしていたマシンガンの引き金を引いた。放たれる弾丸は、避けても追尾してくる。ガルゴモンは両腕のマシンガンでそれらを射ち落していった。その爆炎に紛れて、アンキロモンとサイバードラモンが飛び掛かるが、アスタモンは衣を翻して攻撃をいなした。
「あのマシンガン攻撃は厄介でんな」
「それだけじゃないけどね」
煙を吸ったことで咳き込みながら、光子郎は顔を歪める。
身のこなしからすると、アスタモンは相当戦闘経験を積んでいる。それだけならまだ数で押すことができたが、ハンギョモンの集団も相手しなければならないのだ。今はカブテリモンとエンジェモンで応戦しているが、数が多すぎる。策がないわけではないが、それを講じる隙がない。
「……仕方ない」
ウォレスは呟いて、ポケットから何かを取り出した。
「コウシロウ!」
それを光子郎へ見せ、ウォレスは天井を指さす。それで彼の意図を察した光子郎は、強く頷き返した。それを確認して、ウォレスはガルゴモンを呼んだ。マシンガンでアスタモンの弾丸を射ち落しながら、ガルゴモンは彼の傍まで下がった。
「アレ行くよ」
「おーけー、ウォレス」
ニヤリと笑って、ガルゴモンはテリアモンに戻る。ウォレスは握りしめていたもの――ディーターミナルを掲げた。
「Digi mental UP!」
「テリアモン、アーマー進化!」
黄金の光が、テリアモンを包み込む。光の中から姿を現したのは、黄金色の運命の紋章を刻んだラピッドモンだった。
アスタモンの視線が、その黄金へ引き寄せられる。光子郎はそれを目視すると、大きく腕を掲げた。
「今です!」
「メガブラスター!」
カブテリモンが電気を打ち出す。それは天井を突き破るかに見えたが、そこで待ち構えていたエンジェモンが杖をクルクルと回して軌道を変えた。
「テイルハンマー!」
不意を突かれたハンギョモンの半数が電撃で倒れる中、残った半数をアンキロモンが薙ぎ払った。
「く……っ」
僅かな隙を見せたために一斉攻撃に許してしまったことで、アスタモンの動きが止まる。アスタモンを取り囲む爆煙に、ユラリと揺れた影が映った。
飛び出したのは、サイバードラモンとラピッドモンだ。
「ゴールデントライアングル!」
「イレイズクロー!!」
二つの攻撃が、アスタモンの身体を切り裂いた。
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