the End of Night
(グリレ、ポケスペ組)

ゆっくりと、しかし確実に閉じてゆく天井ハッチ。もう既に体はボロボロだったが、ひたすら羽根を動かしてそこを目指す。下にいる二人のエクソシストから逃れる為に。ここから、逃げ出す為に――――
「おーにさんこーちら」
パチ、パチ。
「てーのなーるほーへ」
ハッチの脇、建物を支える鉄格子の影から聞こえる、陽気な声と拍手。
「……根性みせろよ」
思わず目を見開く。そんな馬鹿な。彼らは確かに、倒した筈だ。
「クリーニング代はきっちり払ってもらうわね」
暗闇から覗く赤青緑の光は、アクマの自分ですら背筋を凍らせるほど。
「勿論、体で」
爛々と輝いていた。



『……マサキ、撤退は中止……だ』
ノイズの混じった声。耳につけたインカムが壊れているのか、電波が悪いのか。しかし声は確かに届いていたから、問題はない。壁に凭れ上を仰ぎ大きく息を吐く。
『……長い夜は……終わった……』

スと、触れられた手の温もりで、自身がとても冷えていると知った。視線を向ければ、座る自分の傍らで横になっていたダイヤが、にっこりと微笑む。
「……終わったよ……お嬢様」
ダイヤと同じインカムをプラチナもつけている筈だが、イノセンス発動に神経を注いでいた彼女はそのことに気がつかなかったらしい。ほ、と息を吐くと強張っていた肩から力が抜ける。と同時にそれまで遮断されていた視覚と聴覚が一気に蘇り、ノイズの酷い声が鼓膜を揺らした。ついで涙腺も緩み、普段は気丈な筈のプラチナはダイヤの手を握りしめ嗚咽を溢した。
「発動を……やめないと……」
彼女の細い指で輝く宝石を見つめながら、ダイヤは呟く。時空間を操るプラチナのイノセンス『刻石(タイムリング)』は、その能力の大きさ故か恐ろしくエネルギーを消費する。今もダイヤや他の団員を守るために発動しており、このままではプラチナの身が持たない。プラチナは、ぎゅっと唇を噛み締めた。
「……私のイノセンスで、救えたら良かったのに」
彼女は、万能ではない自身のイノセンスを恥じている。時間を巻き戻して傷を癒しても、それは一時的なもので、発動を解けば全て本人に戻ってしまうのだ。なかったことには、出来ない。死者を生き返らすことも、また。
ダイヤは隣に並んで寝転ぶパールを見やった。意識はないが、自分と同じで命に別状はなかった筈だ。それも、プラチナのお陰。
「お嬢様がオイラやパールを守ってくれたんだよ」
ありがとう。そっと目元を拭う、暖かい指。プラチナは瞳に映る笑顔に、また目頭が熱くなるのを感じて、その場に蹲った。

わいを殺せ―――敵わないと知りつつ銃口を向け、仲間を思って涙を流す姿。その背中を見つめることしか、出来なかった。今、そんな自分が堪らなく悔しい。勇気ある上司と違って自分は、弱虫の自分は死にゆく仲間になにもしてやれないのだ。
「死ぬな!死ぬなよ!」
人間とはかけ離れた、異形の姿。変わり果てた友を腕に抱き、ニシキは声を張り上げた。自分も傷だらけだったが、そのようなこと、気にしていられない。傍らに膝をつくマサキも、唇を噛み締め、きつく拳を握っている。
「死ぬなよぉ!」
腕の中の彼とは、チェスをしようと約束していた。58勝57敗で、このままだとニシキの勝ちだ。次は勝つと、あれだけ意気込んでいたくせに。仕事も、まだまだ山のようにある。あまりに徹夜が続くものだから、このまま目覚めなくていいと戯言を吐いたことさえある。しかし。
ボロボロ涙を溢すニシキの頬に、固く冷たい手が添えられる。ハッと息を詰めた。腕の中の彼は、もう半分も砂になってしまっていた。
「……こノマま生きれルなら……一生、残業でも……イいヤ……」
にっこりと、確かに彼は微笑んでいた――そしてニシキの腕から、大量の砂が滑り落ちた。
「ぅ……」
掌を閉じると伝わる、サラサラとした砂の感触。寸前まで人間だった筈のそれの、なんと軽いことか。僅かに照明を乱反射させる砂の山に拳を打ち付け、ニシキは蹲った。
「うああ――――――!!」

崩れかけた教団本部内で、また一つ嘆きの声が上がる。それに背を向け、グリーンは焼け焦げた白衣に腕を通した。何となく、落ち着かなかったのだ。トン、と背中に重みと温かさが与えられる。手摺に手をついていたグリーンの背に、ぴったりと自らの背を沿わせたレッドは、手摺の上で膝を抱えた。
「……行かなくていいのか」
階下で広がる、別れの場に。
「グリーンこそ」
そう言われてしまえば、何も言い返せない。恐らく二人とも、理由は同じだ。泣かない自信も、取り乱さない自信も、別れを惜しまない自信すら、持っていないからだ。
「……」
医療班から貰った毛布で冷えた体を包み、レッドは膝に顔を埋めた。
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