金魚色の
昔から隣にいたのは桃色の似合う末弟で、今もそれはあまり変わらない。チーム内ユニットでは別になったが、デュエット曲なんてものを歌っているし、バラエティ番組では隣同士になることが多い。デビュー以前から数の多い兄弟は、二人組になって駆けまわることが多く、自分の隣を走るのは末弟が殆どだった。今も昔も変わらない、相棒のような存在。
いつからだろうか、並んだ桃色の端に、赤い何かが揺れるようになったのは。
ず、と色付きリップで保湿された唇がストローを噛む。ポチポチと携帯を弄るのとは別の手で掴んだパックが、ぎゅぅと凹んでいく。鼻孔を擽るように漂う珈琲の煙を吐息で払い、カラ松はその様子をゆっくりと眺めていた。視線に気づいたトド松が、ストローから口を離しコテンと小首を傾げた。
「何?」
空になったらしい野菜ジュースのパックが、間抜けな音を立てて机に置かれる。シャラン、と携帯が揺れてそこに繋がれたストラップが泳いだ。
「それ、」
「ん?ああ、これ?」
視線を少し向ければ、それだけで察したトド松は、携帯を少し掲げてストラップを揺らした。
赤い赤い、金魚のストラップ。気泡のような透明なビーズと一緒に紐で繋がれたそれは、レースのような鰭をヒラヒラと動かしていた。
「珍しいなと思って」
「そう?可愛いじゃない」
キューティーフェアリーを謳うだけあって、トド松の身の回りは、ユニセックスな服や女性好みの小物で固められている。その金魚のストラップも、女性に使用されることを目的とされた可愛らしいものだ。
しかし鮮やかなその色から、一応チームリーダーである男を連想してしまうのは、しょうがないことだろうか。
「……兄貴から貰ったのか?」
「ううん。……ああ、赤いから?」
単純だなぁと小さく笑って、トド松は携帯を置く。コロン、と金魚は横向きに転がった。
「最近ファンの子からの差し入れに、金魚関係のものが増えてさぁ。何か見ていたら、可愛く思えてきちゃって」
転がる金魚を指で突き、トド松はほわりと口元を綻ばせる。頬杖をついてその指の動きを眺めていたカラ松の腹の底で、チリリと焦げる音がした。

「それは、これでしょう」
頬に流れる汗をタオルで拭いながらチョロ松が差し出してきたのは、先日リリースされたシングルCD。ジャケットではフリルをあしらったメルヘンチックな衣装に身を包むカラ松とトド松が、並んでいる。二人のデュエット曲のCDだ。
壁際で座りこんだカラ松は、冷えたペットボトルを傾けながら、それを受けとる。眼鏡を外して顔をタオルで拭き、チョロ松はカラ松の隣に腰を下ろした。
「これが何だよ」
「呆れた。その頭に詰まっているのは肉の塊ですか?」
眼鏡をかけ直し、チョロ松は大きく溜息を吐いた。頬を引き攣らせ、カラ松はCDを彼へ突き返す。
「PV撮影したでしょ?」
「ああ」
自分の鞄へCDを仕舞うチョロ松の動きを目で追い、カラ松は小さく頷いた。
歌詞としてはよくある悲恋物だったのだが、PVの舞台は海中をイメージしていた。殆どはCG加工だったが、濡れた絵が欲しいと水をかけられたときは、寒くて風邪を引くかと思った。
そんなことをぼんやり回想していると、チョロ松からまた呆れたような吐息が零れた。なんだその、やっぱり解っていないだろう、という憐みに似た目は。
「そのPV、見ましたか?」
「まあな」
「トド松が金魚を吐き出したシーンがあったの、覚えています?」
ああ、そういえばそんなシーンがあったかもしれない。
ラスサビ間近の、カラ松のソロパートであったと思う。海辺で濡れたまま歌うカラ松の姿と交互に、海底で水面を眺めるトド松の姿が映された。それまで平然としていたトド松が、急に息苦しくなったのか頭を振り乱し、銀の気泡と共に真っ赤な金魚を吐き出した、そんなワンシーンだ。
「まさか、それでか?」
「そうだと思いますよ」
チョロ松は軽く肯定するが、カラ松は納得しかねる。同じ曲のトド松のソロパートでは、カラ松も魚を吐き出していた。カメラはカラ松の斜め後方だったのでPVで見ると分かり辛かったが、地上で青魚を手の平へ吐き出すシーンがあった。しかしトド松と違い、カラ松にはそれに関した差し入れなどない。
「それは、あなたのファン層によるものでしょう」
女子人気の高い一松や十四松と違い、カラ松は男性ファンが目立つ。女性ファンがいないわけではないが、肉食系肉というイメージも相まって、ストラップ等可愛らしいものを贈るファンは中々いないのだ。
理由は解った。しかし胃の底が訴えるグラグラとした感覚が、まだ消えない。
ムッツリとした顔でペットボトルへ口をつける次男を横目に、チョロ松は小さく吐息を漏らした。歪みそうになる口元を手の平で隠し、そっと彼から距離をとる。肉食系肉とファンから揶揄される彼が、正真正銘、肉しかとり得のない脳筋であることを素直に面白がってはいけない。
「……何だよ」
その顔、とカラ松が立ち上がる。チョロ松はこっそり頬を突いて、緩みかけたそれを引き締めた。それからまだ怪訝そうな顔をしているカラ松の肩を一つ、叩く。
「まあ、その」
「?」
「……金魚で良かったですね」
どういう意味だというカラ松の疑問に答えず、チョロ松はおそ松に呼ばれるままダンスレッスンへと戻っていった。

「おい」
ぶっきらぼうな言葉に顔を上げれば、鼻先へ突きつけられたのはピンクの兎だった。焦点を合わせて見れば、それは携帯にもつけられるマスコットだと分かる。いつまでも宙づりのままにさせておくのも何だったので、両手で受け皿を作って受けとる。
「どうしたの、これ?」
布製だろうか、フワフワと手触りは柔らかい。桃色の毛並に黒い瞳。耳は垂れており、左耳の上には青味を帯びた王冠がちょこんと乗っている。中々に可愛らしいマスコットだ。
トド松が訊ねると、カラ松は少し頭を掻きながら、くれると言う。少々面食らいつつトド松が礼を述べると、偶然見かけて購入しただけだと口早に言って、カラ松は少し離れた場所にあったソファへ腰を落とした。見るからに筋肉質な二番目の兄が、女子に人気そうなこれを購入したと考えると、そのアンバランスさに笑みがこみ上げる。
「つけないのか」
ソファに踏ん反り返って座り、カラ松はじっとトド松を見つめていた。何につけろと言うのだろう。そんなトド松の疑問を察したのか、カラ松は少し言い辛そうに口をモゴモゴとさせ、
「……携帯に」
と呟いた。そこでやっとトド松は、ああと頷き、ポケットに入れていた携帯をとりだした。ファンからの差し入れで貰った金魚は、少々鰭に癖をつけていたが、相変わらずのんびりとした様子でそこに繋がれている。
「……」
背凭れに腕を乗せ、カラ松は、細い指が赤い金魚を外し桃色の兎を携帯にぶら下げる様子を、じっと見つめていた。
「はい」
きゅ、と紐の部分を結んで止め、トド松は携帯からぶら下げた兎をカラ松へ向ける。ニッコリと向けられた笑みが何となくこそばゆく、カラ松はそっと顔を逸らした。
ジリジリとしていた腹のムカつきが、ようやっと収まった。やはり末弟の傍らにあるのは、あの長男を連想させる赤ではなく、桃色が良い。
「あのPVの意味、兄さん解ってないでしょ」
座っていた椅子から立ち上がってカラ松の前まで来たトド松は、少し腰を屈めて首を傾げた。は、と口から息を漏らすカラ松にクスリと笑って、トド松は携帯を両手で包む。
「少しは本も読まないと。だから脳筋だって言われるんだよ」
兎、ありがとね。最後にそう付け加えて、この後ラジオの打合せがあるという一番下の弟は事務所を出て行った。残されたカラ松はぼんやりと天井を見上げ、長く息を吐く。
金魚がどうだと、確かチョロ松も言っていた。だから何だと言うのだろう。カラ松は、ビューティージーニアスを謳う彼のように文学に明るくない。今度、恥を忍んで聞いてみるしかないだろう。
「……」
そっと尻ポケットへ手を伸ばし、そこへしまっていた携帯をとりだす。無骨な手の内で、先の兎と揃いで買った青い虎のマスコットが、カラ松を見上げてきた。

(後日、新曲で上からレッサーパンダ・虎・羊・猫・犬・兎のパジャマを着た六つ子のPVが撮影される)
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