比翼のこどもたちU
・9話ネタでユリフレ
・機体名は
マオテラス(スレミク)・アスラ(スパルカ)・テルクェス(ワルセネ)・ユグドラシル(ユグドラシル)・ローレライ(シンイオ)・ブラスティア(ユリフレ)・ガルディオス(ヴァンガイ)

濃い亜麻色の髪を長く伸ばした男が、口元を緩めて目線の下にある金髪を見下ろす。男より背の低い金髪のこどもは、顔を上に向けて彼を見上げていた。いつもはしかめっ面で強面と形容される男の顔が、紐を解いたように和らいでいる。
その表情が珍しいこともあったが、二人の間で交わされる会話に想像がつかなくて、自分は少し離れた場所からその様子を眺めていた。
男が、何かをとりだし手の平に乗せる。手から零れるように垂れたオリーブ色のリボンを見て、先ほど立ち聞いたオトナたちの噂話が耳の奥で甦った。
――ステイメンのヴァンが、金髪のピスティルに、贈り物を――
何故だか、心から身体が切り離されたような感覚に陥り、意識しないまま足が踵を返していた。幼馴染の彼へ贈ろうと思って『パパ』たちにお願いした青い髪留めを握りしめて、ユーリは二人の光景を振り払うように走った。

夢から覚めた。悪夢の類ではないから、悪い目覚めではない。気分の良い目覚めというわけでもなかったが。
「お早う、ユーリ」
顔を横へ向けると、既に着替えを始めていたスレイがニコリと笑った。昨日はユーリの方が早かったが、今日はスレイに先を越されたようだ。他のベッドからはまだ寝息が聴こえており、向いの二段ベッドからスパーダの腕が垂れさがっているのが見得た。
「今日は、どんな日になるかな」
白くなる空を窓から見上げ、スレイが呟く。ユーリは頭を掻きながら身体を起した。
「さてね」
どんな日であろうと、自分たちは歩くしかない。生きるとは、そういうことだ。
ふと枕元へ視線をやると、枕元の小箱にが目に留まった。何気なくそれを開き、中に入っていた髪留めを手の中で転がす。
「それは?」
スレイが覗きこむように腰を折って訊ねた。手のうちにそれを隠し、ユーリは苦笑した。
「昔、『パパ』にお願いした髪留めだ」
「へえ、ユーリ、そういうのが好きなんだ」
意外だなとスレイは笑う。そうじゃないと掠れた声で呟いて、ユーリは銀色の細工にハマった青い石を見つめた。
「……似合うと思ったんだよ、同じ色の目をしていたから」
結局、渡すことはできなかったが。
「何で?」
スレイは訊ねた。訊ねているのは、お願いした理由か、渡せなかった理由か。
ユーリはくしゃりと笑い、髪留めを元の場所へ戻した。
「さてね――もう、忘れたかも」

「すごいや!」
キラキラと輝いた目と、嬉々とした声。寄宿舎の共同スペースには、大小様々な箱とそれを取り囲むコドモたちの姿があった。一年に一度、功績を称えて『パパ』たちから贈られるプレゼント。それが今、彼らの目の前に広がっていた。
本やヌイグルミ、お菓子を抱えて目を輝かせる仲間を少し離れたところで眺めながら、ユーリは壁に背を預けていた。彼が頼んだものは舌を痺れさせるほどの甘味で、あとで食べようと冷蔵庫にしまっている。
「フレン」
騒がしい声の中、その言葉はするりとユーリの耳に入ってきた。
ピシリと背筋を伸ばした管理官が、リーダーのフレンを呼んでいる。フレンは犬のヌイグルミ――早速ラピードと名付けていた――を机に置いて、階段下に立つ管理官へ駆け寄った。管理官がフレンを呼んだのはリーダーだからだ、フレンがにこやかな笑顔で受け答えしているのは昔から馴染みあるオトナだからだ。
「……」
ユーリは二人から視線を逸らし、細く長く息を吐いた。
「みんな、突然すまない」
少し慌ただしく、もう一人の管理官がやってきた。コドモたちはピタリと動きを止める。
「叫竜が出現した」

がくん、と機体が大きく揺れる。くそ、と悪態つくとフレンから叱咤する声が上がる。
「来るぞ!」
「分かっている!」
すぐに機体を立て直し、ブラスティアを後退させた。すると視界の端で飛び出すアスラの機体が見得た。
「馬鹿、突っ込むな!」
「だらああああ!」
声を上げ、アスラはブクブクと膨らんだ叫竜の身体に剣を突き刺す。核を狙ったつもりだったが、そこにはなかったようで、叫竜は剣を振り払うように身体を揺らした。
「ひえ!」
アスラの機体は揺れ、剣ごと投げ飛ばされる。そちらへ一瞬視線をやったユーリは、頭上にできた影に身体を硬直させた。
「これは……!」
叫竜の身体が、風船のように膨らみ始めている。嫌な予感がユーリの頭を占め、咄嗟に彼は緊急脱出用のボタンを殴っていた。
「!」
がくん、とフレンは身体が宙に放りだされる感覚に息を飲んだ。「マオテラス!」と仲間を呼ぶユーリの声が遠くで聴こえる。遠くなっていくブラスティアの機体に手を伸ばしながら落下していたフレンは、マオテラスの手に受け止められた。
「間に合った……」
「よく反応できたな」
安堵するスレイとミクリオの声が聴こえる。彼らに礼を言う思考が生まれないまま、フレンは身体を起してブラスティアの姿を目で追った。
「――ユーリ!!」
「総員、退避ぃい!!」
フレンの叫びは、ユーリのそんな号令と叫竜の膨らむ嘶きにかき消されてしまった。

あの日以後、フレンがオリーブ色のリボンを見につけている姿を見たことはなかった。大切にしまっているのだろう。それほど、嬉しく大切にしたいと思う代物だったのだ、あの男からの贈り物は。
「ユーリ……ユーリ!」
ハッとしてユーリは目を開いた。辺りは赤一色で、周囲の風景が見得ない。エラーの警告音を一先ず止め、ユーリは通信を訴える通話画面を開いた。
「ユーリ、無事か!」
「スレイか……ああ、何とかな」
浅く腰掛けていた体勢を直し、頭へ手をやる。出血といった傷はないが、全身打ち身をしたように痛い。機体が倒れでもして、その衝撃が降りかかったのだろう。それを伝えると、スレイは安堵したようだ。声だけしか聞こえないが、それくらいは分かる。
「今どういう状況だ……? フレンは?」
「フレンは無事だよ。君が緊急脱出させたお陰で」
「そりゃなにより」
ホッと息を吐いて、ユーリは垂れてきた髪をかき上げた。そのまま背凭れへ身を沈ませる。
「じゃあ悪いが、回収部隊を頼む。俺一人じゃ、動かせねぇ」
「……そのことなんだけれど、ユーリ」
落ち着いて聞いてくれ、というスレイの固い声音に、ユーリは眉を顰めた。
「……君は今、叫竜の中にいる」
「――!」
ユーリは息を飲み、飛び起きた。

ユーリの退避命令に、スレイたちが殆ど条件反射で飛び退いた直後のことだ。風船のように膨れた叫竜の身体が、ブラスティアを飲みこんだ。助けようとしたが、広がり続ける叫竜にこちらも飲まれてしまう恐れがあり、スレイたちは唇を噛みしめながら基地まで撤退したのだ。
「ユーリ」
スレイの隣に立ち、フレンも通信機器の向こうにいるユーリへ声をかけた。
「フレン……」
「本当に君というやつは……向こう見ずすぎる。いつもいつも」
「お前なぁ……一人敵陣に取り残された相棒に向かって」
「ブラスティアを一人で動かせないと分かっていて、何故僕だけ逃がしたんだ」
答えはなかった。声を荒げるフレンを咎めるように、ガイが名前を呼んだ。しかしフレンは気にせず、言葉を続ける。
「絶対助ける。待っていてくれ」
「……期待はしないでおくよ」
「ユーリ!」
「その方が良いかもね」
シンクが刺々しい口調で会話を遮った。フレンがキッと睨むと、彼は肩を竦めて顎でヴァンを指し示す。コドモたちの視線を受け、ヴァンは小さく息を吐いた。
「お前たちにはまた、出撃してもらう。目的は叫竜の破壊だ」
「そんな、ユーリの救出は?!」
ルカの言葉を無視し、ヴァンは手元の電子機器を操作して前方の画面に地図を出す。大きな円形の都市と、そこへ向かって移動する赤い点がフレンたちの目に映った。
「叫竜は現在、この都市に向かっている。FRANXXの本来の存在意義を忘れるな」
「……この都市に辿りつくまでに、ユーリを助けて、叫竜も破壊すれば良い」
フレンは淡々と呟き、ヴァンの方を振り返った。
「それなら、文句はないですよね」
「……できるのならばな」
諦めたようにヴァンは目を閉じる。
フレンは拳を握り、もう一度通話画面を見やった。
「待っていろ、必ず助ける」
「……」
ユーリからの返答はなく、そのまま通話はプツンと切れた。

通話に使っていたエネルギーが切れてしまった。最低限の生命維持装置と、『奥の手』用のエネルギーをとっておくために、これ以上通信するわけにもいかない。空調を止め、ピッタリとしたスーツの性能もあって、汗が肌に浮かぶ。解けていた髪を縛りなおし、ユーリは体力温存のため、身体が楽になるよう浅く腰掛けた。
ぼんやり赤い天井を見上げる。目を細めると、暑さのせいで視界が揺らいだ。赤がだんだん白へと変わり、昔日の景色が浮かぶようだった。
「ユーリ」
名を呼ばれてパチリと目を開くと、呆れた顔をしたフレンがこちらを見下ろしていた。ユーリは白い実験場の床を押して、横たえていた身体を起す。そのとき顔にできた傷が痛み、思わず顔が歪んだ。フレンは布一枚でできたような試験服の裾を揺らし、腕を組んだ。
「また喧嘩かい?」
「ただの昼寝だ」
「……あっそ」
言及する気も失せたのか、フレンはユーリの傍らに腰を下ろした。膝を立てたユーリは、ジロリと隣を睨む。
「……おい」
「僕も昼寝しようかと思ってね」
「良いのかよ、パパたち溺愛の神童さまが、俺みたいな落ちこぼれと一緒にいて」
「自覚があるのなら、直してほしいところだな」
「……」
余計なことを言ってしまったと顔を顰め、ユーリは頭を掻いた。フレンはクスクスと笑う。それからピ、と指を立てた。
「一人より二人。僕らはそういうものだろう?」
「……」
比翼の鳥――そうした喩えを持ちだしたのは、誰だっただろう。二人いないと空を飛べない鳥。その片翼がこの子であれば良いと、ユーリは微笑む金髪を眺めながらぼんやりと思った。
「ユーリ!」
夢から覚めた。悪夢の類ではなかったが、全身汗びっしょりで目覚めは最悪だ。緊張と暑さで意識が飛んでいたらしい。額に張りつく髪をかき上げたそのとき、頭上から何かが落ちてきた。慌てて身体を起して落下地点の足元を見やったユーリは、驚きで息を飲んだ。
「フレン!」
「げほ……やはり、叫竜の体液は水と違うな……粘性が高くて、気持ち悪い」
頭を覆っていたヘルメットを外し、フレンは口元へ垂れてきた体液を唾と一緒に吐き出した。
「お前、なんで……」
「当たり前だろう。僕は君のパートナーなんだから」
フレンは真っ直ぐな青い瞳をユーリへ向ける。ユーリは一瞬呆気にとられ、パシンと自分の額を叩いた。ククク、と笑い始めるユーリに驚き、フレンは肩を飛び上がらせる。
「ゆ、ユーリ?」
まさか極限状態で可笑しくなってしまったのだろうかとフレンは危惧し、そっと手を伸ばした。そんなフレンの手を握り、ユーリは彼の身体を抱きしめる。
「ユーリ!」
「……サンキュ。ちょっと、安心した」
背中に回ったユーリの腕が微かに震えていることに気づき、フレンはポンポンと彼の背を叩いた。
「……」
「……落ち着いたかい?」
「ああ……」
ユーリはフレンの身体を離した。照れたように頬を掻くユーリを見て、フレンはクスクスと笑った。
「さて、さっさとここから脱出しよう。外ではマオテラスたちが待機しているよ」
「そりゃ、有り難い」
フレンはヘルメットをかぶり直す。ユーリも緩めていた襟元のチャックを上げた。
「それに、奥の手もあるしな」
「?」
ユーリのニヤリとした笑みに、フレンは小首を傾げた。

「フレン、ちゃんと辿りついたかな」
「大丈夫だろ」
叫竜の頭頂にあった穴を抉じ開けてフレンを体内に投げ入れたのだが、彼がしっかりパートナーのもとへ辿りつけたのかは判別しようがない。ミクリオの言う通り、信じるしかなかった。
「! 来ました」
ローレライがいち早く反応し、叫竜の方へ駆けだした。叫竜の足元の一部が膨れ上がり、弾ける。そこから姿を現したのは、体液に塗れたブラスティアだった。着地の体勢を取れていないブラスティアをローレライが受け止める。
「ワリィ!」
「っ、そう思うなら今度はヘマしないでよね」
シンクの嫌味に苦笑して、ブラスティアは自分の足で立ちあがる。そして周囲へ視線をやった。この場にいたのはマオテラスとローレライだけ。他の機体は都市に近い場所で最終防壁のため、待機しているのだ。
「急いでここから離れるぞ!」
「へ?」
ローレライとマオテラスのアームを掴み、ブラスティアは強く地面を蹴る。低空飛行するように移動するブラスティアに、マオテラスたちは訳も分からぬままついて行くしかない。
そんな彼らの背後で、ブラスティアが叫竜の体内に残した起爆装置が爆発した。

「今回はマジで危なかったなー」
都市に近い場所で機体から降り、ユーリは襟元を緩めた。
「本当、君は……」
「こんなときまで小言は勘弁しろよ」
ユーリが言葉を遮ると、少々不満げな顔をしながらもフレンは口を噤んだ。機体に背を預けて座るユーリの向いに膝をついたフレンは、乱れた金髪を手で撫でる。耳に数束かけた拍子に、数本ほどはらりと頬へ滑り落ちた。
「……」
ユーリは徐に手を伸ばし、砂で汚れた頬に触れた金髪を摘まむ。
「ユーリ?」
不思議そうに見つめてくる青い瞳を見つめ返しながら、ユーリはポケットに忍ばせていたそれを金髪につけた。
「これは……」
銀細工に青い石がはめ込まれた髪留め。フレンはそっと指で形をなぞり、目を瞬かせる。
「やるよ」
「何で?」
「……好きなやつに物を贈りたいと思うのは、定石らしいぜ」
「へ……す!」
一拍遅れて言葉の意味を理解したフレンはボンと頭を爆発させた。思ったよりその様子が可笑しく思えて、ユーリはニヤニヤと笑いながら硬直するフレンの頬を撫でる。ひくり、とフレンの肩が揺れた。
「好きだ、フレン。スレイやミクリオたちに対してとは違う意味でな」
「……恥ずかしいやつだな、君は」
真っ赤な顔で俯くパートナーの姿は中々見ることができるものではない。満足して、ユーリは手を下ろした。
「……僕は、よく分からない」
「別に良いよ。俺が一方的に言いたかっただけだ。自己満に付き合わせて悪いな」
遠くから、ユーリたちを呼ぶスレイの声が聴こえてくる。ユーリは立ちあがり、砂を払った。それから共に行こうとフレンへ手を差し出すと、おずおずとしながらもその手をとってくれる。それだけで、ユーリは満足だった。

都市へ戻るとユーリを待っていたのはガイの強い抱擁だった。
「無事で良かった……」
強く抱きしめるガイに軽く腕を叩いて抗議すると、ガイはパッと身体を離した。泣きそうに潤んだ瞳に、さしものユーリも文句を飲みこむ。管理官としてユーリを見放すような任務に賛同の意を示してはいたものの、ガイ個人としてはフレンたちと同じように助けに行きたかったのだろう。それが一目見て分かったので、ユーリも用意していた嫌味を溜息に溶かして流した。
「ほんと、ヴァンは言い方がキツイ……」
「人聞きが悪い。私は管理官として振る舞っただけだ」
ヌッとガイの背後からヴァンが顔を出す。ガイはあからさまに顔を顰め、ヴァンをジト目で睨んだ。
リィン――
「ん?」
ふと、ユーリの目がガイの首元に留まる。いつもはきっちりと制服を着こんでいるガイだが、今日は慌てたためか少し着崩れていた。襟元が開き、首元に巻かれたオリーブ色のチョーカーが露わになっていた。中心にはアンティークの丸い飾りがついており、先ほどの音はそれが元のようだ。
「それにしたって言い方が悪い。お前はただでさえ見た目が、」
「それ……」
「ん?」
ガイは言葉を止め、ユーリの指が示す先を視線で辿った。それが首元のチョーカーだと悟ると、飾り部分を手の平で持ち上げた。
「ヴァンから昔貰ったんだ。趣味が古臭いよなぁ」
「と文句を言いつつ、今でも付けていてくれるのだな」
「……うるさい」
痛いところを突かれたように顔を顰め、ガイはそっぽを向く。ヴァンは口元を僅かに緩め、そんなガイを暖かい目で見つめている。
ユーリは大きく息を吐いた。
「悪い、ユーリ。疲れているのに」
「いや気にすんな……いろいろと……自己嫌悪だ」
「?」
そう自己嫌悪。恥ずかしいやら怒りたいやら、目の前のやり取りに一発殴りこみを入れたくなるやら。いろいろな感情が綯交ぜとなり、ユーリは溜息を吐くしかない。取敢えず風呂に入って汚れを落とし、ベッドで横になりたい。
今日も多分、悪夢は見ないだろう。
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