文化祭(211025)
並中には文化祭がない。公立の中学校だからだ。決して学校を牛耳る風紀委員長が、群れを嫌っているためではない。その話をすると、中学受験を経験した他校の友人は大層驚いたように目を丸くした。それからガシリと綱吉の手を掴んで引き寄せる。
「ではぜひ、ハルの学校に遊びに来てください!」
丁度文化祭があるのだと、キラキラした瞳を向けられれば綱吉も断ることはできなかった。
「……な、なんでこんなことになっているのでしょうか」
ハルに誘われ、緑中の文化祭を楽しんでいた筈だ。獄寺や山本、京子の他に炎真やランボたちも連れて、かなり大所帯で学校の廊下を歩いていた。それぞれ見たい展示物が異なり、では自由行動にしてハルの舞台発表時に合流しようという運びになったのが数分前。屋外の出店を回っていたところ大勢の人に揉まれてしまい、何とか抜け出た先は本棟と特別棟にできた薄暗い中庭とも言い難い場所。
そして現在。
「……僕のトンファーのリーチに入って来たのは、君の方だ」
グイ、と頬についた絵の具ではない赤を拭うのは、綱吉の学校の風紀委員長である。他校という違うテリトリーでも如何なくその手腕を振り回し、不良を制裁していたようだ。全てを聞かずとも、彼の衣服に飛び散る赤と、足元に転がる不良たちと、その巻き添えを食らって痛む綱吉の頭頂部が物語っている。
「お、れは、緑中の文化祭に来ていて……」
「僕も。いつも並中付近で煙草のポイ捨てをしている輩が、ここに出没するって話を聞いてね」
綺麗に拭ったトンファーをしまい、雲雀は学ランの襟を正す。
成程、と綱吉は不良に混じって地面に転がる吸殻を見つけて納得した。制服も緑中のものではないので、不良たちは他校生なのだろう。綱吉たちと同じく、他校の文化祭を楽しむためにやって来たであろうに、いつもの調子でハメを外したがために、最恐の風紀委員長に見つかってしまうとは。
(ま、それは俺もか……)
ジンジンする頭頂部は、ちっとも痛みを引く様子がない。傍から見ても分かるほど腫れているかもしれない。家庭教師にバレたら、何故避けられなかったのだと文字通り傷口を抉られそうである。
「なんで避けられないの」
想像の家庭教師と同じことを言って、雲雀は腕を組んだ。最近になって雲雀の僅かな表情の機微を読み取れるようになった綱吉には、彼が呆れているのだと分かった。
「いつもの君なら、避けられそうだけど」
「根は変わらずダメダメなんで……気を張ってないと不意打ちは、ちょっと……」
「……ま、あのときは簡単に気絶してたから、それに比べたらうまく急所を外せるようにはなったのかもね」
――ぽふ。
綱吉はパチリと目を瞬かせた。何かが、頭に触れたような気がする。
視界の端で揺れる学ランを追いかけるように、顔を動かす。すると、何かが手元へ滑り落ちた。拾い上げたのは一枚のハンカチ。並中の校章がプリントされている。シンプル過ぎて野暮ったいと評判で、購買ではいつも埃をかぶっている一品だ。
「……え?」
まさか、彼が貸してくれたのだろうか。あの、雲雀恭弥が。
ハンカチを握りしめたままポカンと黒い背中を見つめていると、その背中が不意に立ち止まって振り返った。
「君、いつまでそこにいるの?」
「え、いや、えっと」
急に声をかけられ、綱吉は言葉に迷った。そんな綱吉を見下ろして、雲雀はフンと鼻を鳴らす。不機嫌、というよりもどかしそうに苛々とした様子。はて、と小首を傾げた綱吉の腕が、強い力で引っ張り上げられた。
「まだ時間あるんだろ?」
無理やり綱吉を立たせた雲雀は、学ランを翻して雲雀は薄暗い校舎裏から出て行く。綱吉は強く掴まれた二の腕をそっと摩り、青空の下、凛と背筋を伸ばして歩く背中を見つめる。
多くを語らない雲雀の行間を、綱吉は最近何となく察せられるようになっていた。
(時間まで、一緒にいてくれる、のかな……)
実に都合の良い解釈だ。火照る頬を擦りながら自惚れるなと己に言い聞かせる。
(けど、まあ、ちょっとくらい……)
後をついて歩く自分の気配に雲雀が気づかない筈がないから、何か言われたらそのときに考えれば良い。
歪みそうになる唇を何とか引き結び、綱吉も雲雀を追って、眩しくて騒がしい日向へと飛び出した。
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