No call No hear
(ルサ、エメ→クリ)

室長室から出ていく人混みの中、見つけた背中に声をかけようとして、しかし持ち上げかけた手を下ろす。隣を歩く先輩と談笑するルビーの左腕は、服に隠れているから解り辛いが、壊れかけているのをサファイアは知っていた。
原因は先の戦い。相手が相手だっただけに無茶をしたルビーの腕は、最早腕と呼ぶのも躊躇われるほどボロボロになっていた。修理をすれば直るらしい。しかしそれで良いのかという不安が、サファイアの胸中に浮かんでいた。
サファイアは、二度とルビーに護られるようことがないよう強くなりたい、彼を護りたい。けれど不安になる。圧倒的実力差と、それ故か手助けを求めない孤独な背中。共に戦いたいと、彼は言ってくれたが、本当に自分にはその資格があるのだろうか。
「邪魔。廊下で立ち止まらないでよ」
「ラ、ラルド……」
一言詫びて、そっと道を開ける。しかしラルドはサファイアの隣に立ち、その視線の先を察したのだろう、無表情のまま「ああ」と呟いた。
「ルビーが心配? 相変わらずバカップルだね」
「そ、そんなんじゃなか!」
「どーでもいいけどさぁ」
ぐい、と手首を掴まれ、サファイアは低い位置にあるラルドの顔近くまで引き寄せられる。そして見せつけられるように、サファイアの手袋をした手を持ち上げられた。
「戦う理由と戦える力があるんだ。恵まれてるんだから、こんなとこで立ち止まってんなよ」
年相応の細い手に嵌められた、手袋型の武器。ラルドはそれが羨ましかった。何故なら、それさえあれば、彼女と共に戦えるからだ。彼女を、護れるからだ。
「お前らは辛いかもしれない。けど、同じくらい辛い思いして、それでもその力を欲している奴らがいることを忘れんな」
護りたいのに力がない。共に戦いたいのに、戦場に立つ資格はない。何故、自分ではなく彼女が選ばれたのだ。神がいるなら何故、あの笑顔を曇らせるような真似をするのだ。
「やると決めたならやり通せよ!」
八つ当たりなのは、百も承知だ。しかし我慢できなかった。いい加減うんざりだった、その資格があるのに踏み留まるバカップルも、いつまでもウジウジ悩む自分も。
「ラルド……」
「……」
「……ありがとう」
俯くラルドにそう言って、サファイアは駆けだした。しかしすぐ、足音が止まる。
「ラルドはきっと、クリスさんの役に立てとるとよ!」
また始まる足音。暫くしてそれが聴こえなくなってから、ラルドは背中を壁につけ、大きく息を吐いた。
「……馬鹿じゃないの」
本当に、自分は。
「……っ」
小さな水音が、静まり返った廊下に響く。ラルドは顔を腕で拭うと、きっと口を引き結び、ぴんと背筋を伸ばした。こんなところで、立ち止まってなどいられない。
――遠くで鳴り響く鈴の音を、彼が聴くのはまだ先のことである。
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