ジュリエット、どうか君と同じ世界へ
(健啓風味ギャグ)



その話を聞いた時、李健良は困ったように顔をひきつらせ、北川健太は堪え切れずに小さく吹き出した。彼らの向かいにいた、不機嫌顔の牧野留姫と肩を落とす松田啓人の横で、塩田博和が本日二度目の爆笑をかます。それがあんまり長く続くものだから、とうとう留姫の鉄拳が下り、一時場はしんと静まり返った。

「…で、それ本当?」

進路上、工学が詳しく学べる中高一貫校へ進学した健良と、有名私立の進学校へ進んだ健太。その他のテイマーは皆同じ公立中学へ進み、この三人はクラスも同じだと言う。彼らは文化祭を控えており、今日はその出し物を教えて貰った、のだが。

「…うん」

留姫の機嫌が益々悪くなる中、啓人は力なく項垂れた。読ませて貰った台本は、よくある王子と姫のラブストーリー。ただ、配役は何故か阿弥陀籤で決まったらしい。その結果…

「…留姫が王子で、啓人が姫…」

性格的にはピッタリであろうが。また始まる博和の爆笑は、留姫の拳によって瞬時に封じられた。

***

そんなやりとりが数日前。今日は、本番である。

「可愛いよ、啓人くん」
「…ありがとう」

自分のクラスの準備が一段落したと言う加藤樹莉の、心からの言葉にどう反応したら良いか解らず、啓人は取敢ずひきつった笑みを浮かべておいた。
既に衣装を着ていた啓人は、腰まで届くカールしたウェッグをつけ、ひらひらのドレス姿。中々様になっているのだが、樹莉は肩を落とす彼を気づかって黙っておいた。

「きゃー!牧野さん!」

黄色い声と共に現れたのは、王子の衣装を華麗に着こなした留姫。樹莉も、落ち込んでいた啓人でさえ見とれてしまう。元々所作にクールさが垣間見えていた少女である。王子役でそれが映えないわけがなかった。

「…何?」

だが彼女でも恥ずかしいものは恥ずかしいのだろう。じっと見つめる二人を睨む留姫に慌てて首を振り、啓人は彼女の両手をぎゅっと握った。ぎょっとする留姫なんて、彼女の登場で幾らか緊張の解れた啓人が気づくわけもなく、彼はほっとしたような笑顔を見せるだけだ。

「留姫がいてくれて安心したよ」

頑張ろうねと言いおいて去って行く彼だが、いい加減自らも爆弾を落としていることに気がついて欲しい。放心したように立ち尽くす留姫を見ながら頬に手を当て、樹莉はそう悩ましげに吐息を溢すのだった。

***

健良が健太や樹莉、そして九州から遊びに来ていた秋山遼達と共に体育館に入った時、丁度ステージ上では主役二人の出会いのシーンが展開されていた。中央席付近にいた小春、あい、まこの姿を見つけ、四人はその近くに腰を下ろした。ステージを見れば逢い引き中二人が、それを見つけた博和演じる騎士によって引き離されようとしている。

「『姫様!早くこちらへ!』」
「『…少し待って下さい』」
「『いいえ!さぁ早く!』」
「『待て!乱暴はよせ!』」
「『貴様、よくも姫様を!』」

若干固さは残るものの、三人共中々様になっている。啓人は大国の王女、留姫はその国と敵対関係にある国の王子、そして博和は王女に恋心を抱く騎士なのだと、小春が耳打ちで教えてくれた。どことなく嬉しそうな彼女の様子が気になったが、まぁストーリー自体女子の好きそうな種類だから致し方ないかと、健良は独りごちる。

「『姫様、私は…』」
「『止めて下さい。私は…あの方が…』」

誰が脚本家で、誰が演出家なのか、酷く問いただしたくなる。先程からちらちらと、メイドや王妃役に男子が混じっているから、何も啓人だけが貧乏籤を引いたのではないわけだが。
物語も佳境。この恋が叶わぬなら駆け落ちしようと二人が相談する場面である。まるで、ロミオとジュリエット。胸の前で手を組みキラキラ瞳を輝かせて劇を注視する小春に、健良は小さく苦笑いを溢す。ステージでは、膝をついた啓人にマントを翻して留姫が手を差し出していた。

「『貴女と共に生きることが出来るなら、全てを捨てても構わない』」
「『そんなこと言わないで。貴方には、貴方を待っている人がいるのでしょう?』」
「『そんなの関係ない!私は貴女を…!』」
「そこまでア〜ル!」

恐らくは愛していると続くその台詞を遮って、間の抜けた声が体育館内に響く。はっとした留姫は本物の王子よろしく啓人を背中に庇い、腰に下げた小道具の剣に手をかけた。体育館の天井に浮かんだ真ん丸い物体に、全員の視線が向かう。丸いボディに、とってつけたような手足。翻るマントと、頭のあれは王冠だろうか。

「何、アレ」

かっこわるい。隣で呑気に小春が言う。そんな場合でもないだろうに。だがそう思う健良でさえ、がっかり感が否めない。何せ、ついさっきまで留姫の王子様を見ていたのだから。

「朕こそ、唯一無二のプリンス!プリンスマメモンなり!」

甲高い笑い声が響く。それにしても全然王子らしくない…ではなくて、

「デジモン!?」
「なんでここに…!」

あの日以来、デジタルワールドとの境界線は閉じられたままの筈だ。しかし現にデジモンは目の前にいる。啓人達の反応を見るに、人形を使った芝居でもなさそうだ。プリンスマメモンはマントをはためかせながら高度を落とすと、神妙な面持ちで腕を組んだ。

「プリンスは朕のみでア〜ル!そこにいるは偽者でア〜ル!」
「…は?」
「よって、成〜敗!」

和洋かくらいはっきりしとけよ。そんなツッコミをする間もなく、留姫は高速移動で近づいて来たプリンスマメモンの拳によって、吹っ飛ばされた。

「きゃあ!」
「留姫!」

慌てて立ち上がろうとした啓人だが腕を引かれ、その場に留まざるを得なかった。見れば、キラキラとした目のプリンスマメモンが。

「朕の后にするでア〜ル」
「…はい?」

両手を掴むプリンスマメモンに、啓人だけでなく彼の危険を案じてステージに駆け寄る最中の健良達まで転けてしまった。決定決定と連呼するプリンスマメモンはくるくると回ると、再度啓人の手を掴む。

「さぁ、朕の城へ行くでア〜ル!」
「は、はあ?!」
「待ちなさい!」

ダン、と足を踏み鳴らし二人の前に立ち塞がったのは、先程飛ばされた留姫だ。どうも怒り心頭らしく、周囲には冷気すら漂っている。

「私を吹っ飛ばしといて、トンズラしようなんて…いい度胸ね…」
「る、留姫…」

あまりの変貌振りに啓人の顔色が青くなった。留姫の拳が唸る。しかしそれが届く前に、プリンスマメモンは啓人を軽々と抱えて飛びすさった。

「げ…」

男として屈辱的な事柄の連続に、啓人のヒットポイントは限界に近い。くらくらとする頭を押さえた彼と共に、プリンスマメモンは突如として開いた穴に飛び込んだ…飛び込もうとした。しかし、

「ちぇすと〜」

のんびりとした声が聞こえたかと思うと、穴から真っ赤な足が出てきて、プリンスマメモンの顔面を直撃した。
周囲が呆気にとられる中、果敢にステージに飛び乗った健良が、穴に近づいてそこから出てきた物体に驚きの声をあげた。

「ギルモン?!」
「僕もいるよー、ジェン」
「テリアモンまで!」
「留姫!」
「レナモン…!」
「リョウ」
「サイバードラモン…」
「小春、久しぶり」
「ロップモン!」
「ヒロカズ!」
「ガードロモン!なっつかしいなぁ!」
「ぷぷぷ〜」
「マリンエンジェモン…泣いてないよ!」
「あい、まこ。…樹莉」
「インプモン!」
「ホントにホント?」
「…会えて嬉しいわ」

にぱーと笑うギルモンの後ろから、次々と嘗てのパートナーが現れる。他のテイマー達も駆け寄り、二年ぶりの再会に喜びを浮かべた。すると、健良の頭に乗っていたテリアモンが不思議そうに首を傾げる。

「ジェン達、変わった格好してるね」
「え?」

言われて自らを見下ろした健良達は驚愕した。制服を着ていた筈なのに、いつの間にかまるで舞台衣裳のような服装に変わっている。
留姫は元々衣装で青色の王子服だったから変わりないが、健良は彼女とは色違いの緑色の王子服に身を包んでいた。遼は黒衣の王子、小春は桃色の盗賊風。博和の茶色い騎士服は元からで、健太は紫色の神官衣装だ。樹莉は黄色の踊り子衣装、あいとまこは細部は違えど揃いの羊飼い衣装になっている。

「…RPG?」

いやまさか、ゲームのやり過ぎか。衣装に感激する小春達の声を遠くに聞きながら、健太は夢なら覚めろと念じ目を閉じた。

「ジェンー、啓人はー?」

状況に驚いてばかりだった健良のマントが引かれる。ギルモンに言われ、そう言えばと辺りを見回した彼らの耳に、先程とは違う、不気味な笑い声が聞こえてきた。

「全く、陽動にすらならん役立たずが」

右手を開けば、散り散りになったデータが風に溶けて行く。先程とは段違いな威圧感に、健良達は咄嗟に身構えた。彼らの前に現れたのは、人型デジモン。遼の記憶違いでなければ、確かヴァンデモンという名である筈だ。健良は目を見開いた。

「啓人!」

その腕には、先程の騒動で気絶してしまったらしい啓人が、力なく抱き上げられている。直ぐ様ギルモンが威嚇するように呻いて見せたが、ヴァンデモンは一笑に付してあしらった。

「啓人を離せ!」
「啓人…この人間か」

テイマー達の睨みすら無視し薄く笑うと、ヴァンデモンは片手で啓人の体を持ち上げ、その首筋に爪を滑らせた。息を飲む健良達の目前で、啓人の首から流れた血がドレスを益々赤く染める。爪についた血を舐めとり、ヴァンデモンは関心したような笑みを浮かべた。

「中々美味」
「…貴様…!」

ぎりりと歯軋りした健良はアークを掲げる。しかしその腕を、遼が掴んで止めた。

「よせ!ここでセントガルゴモンにはなれない。体育館を壊す気か!」
「けど!」
「タオモン達で戦うしかないでしょ」

留姫も二人と同じように並び、常に肌身離さず持っていたアークを取り出す。他のテイマー達もそれに倣ってアークを掲げ、デジモン達はそれに応えるように戦闘体
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