ああ、生き急ぐなよ
(倉天)
夕暮れの河川敷、ボールを一人蹴る音が寂しく響く。土手に立って想像通りのその様子を見下ろし、倉間は小さく笑みを溢した。なんで、そんなに真っ直ぐでいられるのだろう。
(なぁ、天馬…)
足元に転がってきたボールを拾い上げると、それを取りに駆けてきた天馬は意外そうに目を見開いて倉間を見つめた。実際意外だったのだろう。あんなことを言った自分が、まさか他でもない、サッカーをしている時に現れるなんて。
呆然とする天馬に苦笑して、ボールを投げ渡す。危なげながらもそれを受け止めた天馬は、しかし礼を言っても特訓に戻ろうとはしなかった。何かを言いたげに口の開閉を繰り返し、何度となく倉間と自分の手の中にあるサッカーボールを見比べる。
彼の言いたいことはおおよそ察せられたので、こっそり息を吐きつつ倉間は元気そうだな、と当たり障りない挨拶をして二人の間の距離を詰めた。倉間の方から声をかけてくれたことが嬉しかったのか、若干の安堵も混じって顔を綻ばせ、天馬は本当に元気良く肯定する。少し眉尻を下げて微笑む倉間に気づいていないのか、天馬は本当に楽しそうに今は新しい技の特訓をしているのだと告げた。
「倉間先輩も一緒に、」
「俺、サッカー嫌いなんだ」
言葉を遮って言ってやれば、天馬は先程までの元気が嘘のようにしゅんと項垂れる。その様子が本当に哀しそうなもので、倉間は何故かそれに酷い苛立ちを感じた。
「なぁ、お前」
―――サッカーやめろよ
思わず溢れた言葉。彼の瞳が大きく見開かれる。天馬の癖毛を舞わせた風が顔面に叩きつけて、倉間は自身の言葉の残酷さに気づいた。しかし撤回する気は毛頭もない。
「…見てらんねぇんだ、お前が傷つくところ」
苦笑して天馬から目をそらして言う自分は、やっぱりズルいのだろう。それでも、これは本心だ。ずっと思ってた。
何度拒絶されても、傷ついても、最後には必ず立ち上がる背中を、酷く悔しく思った。羨望かもしれない、倉間にはない強さを持つ天馬への。苛立ちかもしれない、後輩のくせに恋人のくせに少しも頼ろうとしない彼への。
「俺はフィールドにいてもお前を護ってやることは出来ない。けど俺の手の届かないところでお前が傷つくのも嫌なんだ」
我儘だ。全て、倉間の我儘。悪い、変なこと言った。気まずい空気の中、それを言うのが精一杯で、結局もう一度目を合わせることはしないまま、倉間は天馬に背を向けた。彼が何か言いたそうに口を開閉し、腕を伸ばしかけたことに気づかないまま。
title 揺らぎ
2012.08.30