雨の七夕
降→←黒 雨の七夕。
七月に入っても雨が続いて、気候の変化が激しくてとても過ごしづらい。今日も雨だ。
「やだよねぇ〜。オレ雨嫌い〜。」
コガ先輩は大きくため息をついて、うなだれる水戸部先輩の肩をぽんぽんと叩いた。湿気十分に含んだ声も相まってそこだけ雰囲気が暗い。
「なんで嫌いなんですか?」
「洗濯物が乾かねーからだよお坊ちゃん……昨日も雨〜今日も雨〜きっと明日もぉ〜雨ぇ〜だけどぉ〜、着るもんすでにない〜洗剤も切れた〜……」
ずーんと沈みながらぶつぶつと歌い続けるコガ先輩。そのせいで部室の湿気は三割増しだ。水戸部先輩んとこなんてあんなの兄妹がいるのに……大丈夫だろうか洗濯機。
「もっと湿気が増えるような話をしてやろうか?」
にたりと粘つくような笑いで返事も聞かないでコガ先輩は続ける。
「今日は七夕だろ?」
そういえばそうだった。そういえばあちこちに笹の葉と五色の短冊が揺れていたのを思い出す。
「でもな、ここ数年雨なんだよ……。」
え、じゃあそれって………。
「じゃあ……織姫と彦星はどうなるんですか……?」
背後から突然の声にオレは思い切りのけぞる。ふとどくだけで睫毛が見えるくらいに近い。なんだよ黒子かよいきなり近くに来るなよやめろよ二重の意味で心臓に悪いわ!オレが普通の顔を保つのがどんだけしんどいと思ってんだよ!
すぐ隣、触れ合えそうで触れ合えないコロンの香りにオレの心臓が高鳴った。最近こういうのが多い。このままオレ死ぬんじゃないの?死因は黒子とか勘弁してほしい、……とは、思わなくも…うんまあ…ないけど、うん。まあね、うん。
心の中なんておくびにもださずに(いたと思いたい)、オレは至って普通に聞く(ことに成功したと思いたい)。
「織姫と彦星がなんだって?」
ばちっと視線があってもう一回オレの心臓が暴れ出す。ちょっとびっくりしたように目を丸くするが、そのまま視線をコガ先輩に向ける。その、顔が。
(………え?)
光の加減のせいだろうか。
「…………織姫は、ずっとずっと彼のことを待っているんですよ。たかだか雨程度で、一年に一度、やっと会える日を逃しているんです。」
とても悲しそうに見えた。
(黒子………?)
どうして黒子はこんなに悲しそうな顔をするんだろう。
(黒子……)
じっと見つめるオレにも気付かない。伏せられた睫毛が小さく揺れた。
「あーそれは安心しろ黒子!」
「!」
能天気を絵に描いたような声がオレの耳に入り込んだ。黒子のことしか考えてなかったオレがもう一回のけぞったのは言うまでもない。
先輩は気付かないのかオレたちに晴れやかな笑顔を見せる。……本当に気分のアップダウンが激しい人だ。
「いーか、よく考えてみろ!この時代にパソコンを持っていない奴なんていねーよ?絶対。だから織姫っちも毎日メールできゃっきゃっしてるに間違いない。な、水戸部!」
同意を求めれば微妙な顔で同意する水戸部先輩。不覚にもオレは吹いてしまったが黒子の顔は晴れないままだった。
練習が終わって、下駄箱に向かえば背中を丸めて玄関ホールに座りこむ黒子がいた。
(え、ひっ一人ってなんで?!)
もう一回ドッ、ドッ、ド……とオレの心臓がアップを始めた。練習はもう終わったのに。なんで、こんな時間に。
頭の中でシミュレーション。そう、普通に「よっ黒子!一人で何してんの?!傘忘れたならオレの中に入ってく?家まで送ってってあげるよ!」って言えばいいだけだ。変じゃない。友人同士ならよくあることじゃん……その、……あ、あいあいがさ……ってさ……!べつに恋人だけの特権でもないむしろ困っている友人を助けるのは普通だよ普通!よ、よしこれで大丈夫だ!!
同じ思考をさらに五回くらい繰り返してやっと降旗は一歩前に足を踏み出して声をかけた。
「よ、よぅっ、黒子!」
きょとんとして黒子がオレを見上げる。どうしようかわいい。
声が裏返ったどもった早口だし舌噛みそう死にたい。
「あ、あの、そのね、ウン……」
ほら、ここでさりげなく傘をとりだして「一緒に帰ろう」って−―――!
「こんなとこで何してるの?」
…………バカかオレは。
でもふわりと黒子は淡い笑みを浮かべて「織姫のことを考えてました。」
「まあ確かに会えないよなこんな天気じゃ。」
なるべく自然な感じにオレは隣に座る。目測隣1メートル先。不審がられては……ない大丈夫。
そんなオレを知ってか知らずか黒子はとつとつとオレが座るのを待ってから話始めた。
「織姫はきっと寂しいでしょう」
やっぱり自分のことのように悲しそうだった。
「…………。」
(こんなカワイイ姫を不安がらせるなんてな。)
オレは
伝えることを、
苛立ちを紛れさせるように降旗は笑う。
「先輩の言う通りなんも心配することはないぜ黒子。」
「降旗君もネット派ですか?」
くすり、と黒子はわらう。
「いーや。織姫も案外気楽な方にオレは賭ける。」
「気楽、ですか。」
うん、とオレは頷いた。だって、
「織姫は知ってるから。好きだということを。」
「彦星が、ですか?」
「いや、彦星を、ね。」
わからない、と首を捻る彼にもっとわらいかける。
「自分が世界で一番彼のことを愛してるから。だから何が起きても受け止められるのさ。」
姫は決して自分の気持ちを疑わない。川があるなんてほんの些細な事柄に過ぎないのだ。この程度の邪魔でわたしの気持ちは揺らがないさ、と。
そのくせ父親の処遇を隠れ蓑に自分のそこまでの本当の気持ちは相手に絶対に伝えない。絶対に。
何故ならそれは姫が自分に強いる罰だから。この人は、わたしさえいなければわたしに縛られることなんてなかった。寂しい思いも辛い思いもさせることはなかった。恋してはいけなかった。
もちろんそこには恋の終わりを恐れる姫の恐怖もある。破局が怖いから踏み出せないんだ。
だから連絡もなるべく一切せず、今日この日にやっと会い、思う存分愛するんだ。
これ以上距離が縮まらないように。
調節するのだ。
「でも実は進展を誰よりも望んでいるのもまた姫。」
本当は毎日川を越えて愛して会いに行きたい。
自分からは動けないから。
「だから彦星の反応を、判断を、気持ちを、川の向こうから待ってるのさ。」
決して変わらない心で。自分の気持ちが変わることは絶対にありえない、と。
「何故織姫は彦星にその事を伝えないんですか。」
織姫は自分勝手じゃないですか。
じっ……と。
視線が交差した。
「……………。さあ。なんで言わねーんだろーな。」
雨は止まない。その川向こうで会えない分だけ切ない分だけ織姫が切なさと彦星への思いで潰されそうになるのを、降旗は知っている。
降旗だけが、知っている。
相棒よりハピバ小説
Thanks
2011.07.07