優しい手、心地よい温度
恋人と共に過ごすひと時。
ただ静かに過ぎていくこの時間が堪らなく愛おしい。
肌を重ね合わせずとも傍にいるだけで心満たされるものだ。

足の間に座らせて後ろから抱き寄せた恋人の空色の髪を梳きながら、伊月は口元に笑みを浮かべた。
春の暖かさに負けたのか、それとも髪を弄られているのが心地良いのか、伊月の膝の上に抱きかかえられたまま黒子がわずかに舟を漕いでいる。

「眠いのか?」
「ねむくない、です…」

髪を梳いたまま優しく訊ねると、黒子は弱々しくふるふると頭を左右に振った。
伊月の指から零れ落ちた髪がそれに合わせて揺れる。

「ああ、ほら、目擦っちゃダメだって言ってるだろ?」

黒子は眠さを誤魔化すようにごしごしと目を擦るが、それを見た伊月に少しだけ強い口調で咎められて素直に止めた。
強い、とは言ってもやはり恋人には甘い伊月だ。
いつもよりは強いがそれでも母親が赤ん坊を叱るような優しい口調であることに違いはない。

「そんなに眠いなら寝ててもいいぞ?」
「だって…、あと1時間しか一緒にいられないでしょう?」

今日は日曜日。当然、明日は学校がある。
準備も何もしていないから黒子も泊まって行くわけにはいかないし、何より両親は伊月と黒子の関係を知らない。
限られた時間のなかでしか傍にいられないのだ。
その時間を睡眠で浪費してしまうなんて勿体ないこと、黒子にできるわけがない。
眠い所為で言動が幼くなっている黒子がいやいやと駄々をこねる。

「10分くらいしたら起こすから。な?」
「……それなら…」
「おやすみ、黒子」
「おやすみなさい…俊さん……」

そう言って黒子は空色の瞳を完全に瞼の裏に隠す。
相当眠かったのだろう、すぐにすうすうと安らかな寝息が聞こえてきた。
黒子が寝たのを確認して、伊月は大きく息を吐く。
手は変わらず黒子の髪を梳いているが、その内心はまったく穏やかではない。

「……眠いと素直になるんだよなぁ」

俊さん、と。
舌足らずで甘やかな声で呼ばれた自分の名。
頬に熱が集まるのを自覚して、伊月はもう一度息を吐いた。

「まったく、据え膳にも程がある」


―――これだから天然は性質が悪い。




約束の10分が過ぎるより早く黒子は目を覚ました。
背中に感じるぬくもりが、聞こえる鼓動の音が、とても心地良い。
一度は開いた瞼がまた段々と重くなってくる。
黒子がまた再び眠りに落ちかけようとしたその時、伊月が黒子の髪を一房手に取って自分の唇を押し当てた。
髪をいじられているという感覚しかない黒子だったが、後に響いたリップ音で伊月が何をしたのかを知る。

「っ、……伊月先輩」
「ん?ああ、黒子起きたんだ」

頬に集まる熱を無視して伊月に声をかけるが、伊月は特に気にした風もない。

「ずっと、髪いじってたんですか…?」
「うん。オレ黒子の髪好きだからさ。柔らかくてふわふわしてて、すごい気持ち良い」
「そ…、そう、ですか…」

嬉しそうな微笑みと共に告げられれば黒子にはどうしようもない。
伊月の腕から逃れようとするのではなく、ただ赤く染まった頬を隠すように俯いた。


どうせキスするなら、髪にじゃなくて……。


自分を抱き寄せる伊月の腕に手を添える。
何も言わずにじっと俯いたままの黒子に首を傾げていた伊月だが、黒子の意図に気づいたのだろう、ふっと笑って黒子を強く抱き締めた。

そして黒子の耳元に唇を寄せ、声を潜めて囁くように。

「キスしたいから顔上げて?」
「……先輩、ずるいです」

顔を上げた黒子の頬は赤く染まったまま。
むくれたような、はにかんだような表情の黒子に笑って、伊月は唇を寄せた。



一緒にいられる時間は後45分。
愛を囁くには充分過ぎる時間だと、二人は顔を見合わせて微笑んだ。










――――――――――

『泣き虫マリア』の流さまから33000キリリク記念に戴きました

月黒甘でリクエストしたのですが…もう…
大人な雰囲気の甘さに胸がキュンキュンしっぱなしです

流さま、ありがとうございます!





2011.04.20
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