純情チェリー
(火→黒←木)
※LIGHT様リクエスト『海常と練習試合中。突然火神&木吉が倒れ、介護する酷い子ド天然黒子様。火神&木吉に嫉妬して乱入する、笠松&黄瀬。黒子以外4人ともピュア♪』
※笠松と黒子は幼馴染み
―――――オレは負けないからな
そう、宣戦布告をされた。
「大丈夫ですか?」
欠伸をしていたら、隣を歩く黒子に言われた。
「なにが」
「朝から眠たそうです。何時もより」
その言葉にドキリとし、火神は誤魔化すように黒子の頭をグリグリと撫でた。
今日は海常校との練習試合の為、遥々神奈川までやってきた。今回に限らず、火神は試合の前日よく眠れない。それは試合に対する興奮と気合いによるもので、モチベーションは上がっているから、試合に影響は出ない。しかし、今回ばかりは火神自身にも、試合に影響が出ないという保障はなかった。というのも、寝不足の原因が試合に関することではなかったからである。
「火神くん?」
黙りこくる火神を訝しんで、黒子が顔を覗きこむ。我に返った火神は、慌てて首と手を振った。更に深く首を傾ぐ黒子から、ふと外した視線が、こちらを見ていたそれとかち合う。木吉は小さく笑って、顔を前に戻した。
―――――負けないからな
昨日、誰もいなくなった体育館で告げられた言葉が蘇る。
火神は黒子が好きだった。彼は相棒に誰でも良かったと言ったが、そんな中でも自分は選ばれたのだと思うと、柄にもなく赤面してしまう。しかし選ばれなかった者たち、特に黒子に好意を寄せる者たちは、悔しい。キセキたちが良い例だ。幾ら過去を共有しても現在には勝てない。だから、油断をしていた。
前を歩く、広い背中。
黒子に頼れる先輩として慕われる彼に、自分は勝てるのだろうか。
……そんなことを考えていたら、夜が明けていた。
我ながら馬鹿な理由だと思う。お陰で眠くて堪らない。
「火神!」
「へ…―――っ!?」
試合も中盤。思わず欠伸を溢す火神に、今しがたダンクを決めて着地しようとする木吉の、規格外に大きな手が向かってきた。
「大丈夫ですか?」
「…っせぇ」
ミスディレクションとスタミナが切れた為、一足早くベンチに戻っていた黒子からティッシュを受けとり、火神は鼻から落ちる血を拭った。
「悪かった、火神」
隣で木吉がヒラヒラと鼻血の原因である、大きな手を振る。着地を失敗し怪我こそ無いものの、古傷のこともあるので、彼もまたベンチに下がっていた。
二人の代わりに小金井と土田が試合に出ているので、ベンチには他に降旗たち1年三人とリコしかいない。そんな彼らも試合に熱中しているから、火神たち三人の周りだけ世界が違うように感じて、酷く居心地が悪い。だって、片想い同士の組合わせだ。意識しないほうが、どうかしている。
「木吉先輩、大丈夫ですか?」
渇いた喉を潤す為にゆっくりとドリンクを味わっていた木吉に、救急箱を持った黒子が声をかけた。
「ああ。少し捻ったかもしれないけど」
「湿布貼りますよ」
言うや否や、黒子は木吉の前に膝をつくと、救急箱を開いて湿布を取り出した。失礼します、と一言断って、木吉が擦った右足のバッシュの紐を解く。
「く、黒子?」
流石の木吉も慌てた。黒子は手を止め、なんですか?と小首を傾いで、木吉を見上げる。
「いや…なにしてんの」
「手当てです。バッシュ脱がないと出来ませんから」
だからと言って、黒子が脱がす必要性も無いのだが。木吉が言う前に、黒子はさっさとバッシュと靴下まで脱がすと、細い指で踝の辺りをなぞった。
「っ…」
「ここですか?」
指の触れた部分が熱くて仕方なくて、木吉は俯いたまま首を振った。パリ…と封を切る音がして、直ぐに冷たさが足を包む。
「これで大丈夫だと思います」
「…ありがとう」
いえ、と会釈して黒子は立ち上がると、救急箱を抱えて火神の顔を覗きこんだ。
「火神くん、止まりましたか?」
「あー…どうだろう」
ティッシュを取って首を戻そうとした火神は、両頬に添えられた手にそれを阻まれた。
火神の隣のベンチに方膝をついて、天井を向かせた火神の顔を覗きこむ。思わず顔を熱くする火神に気付かず、黒子はティッシュを取り上げると、親指で火神の鼻の近くをなぞった。さらさらとした色素の薄い毛先が、頬を撫でて、酷くくすぐったい。すぐそこにある空色の瞳と目が合ってしまいそうで、火神は思わず固く目を閉じた。
「大丈夫そうですね」
そんな声がして、照明を遮っていた影が消える。火神はやっと首を戻して、詰めていた息を盛大に吐き出した。
「木吉先輩、テーピングしますよ」
「え」
思い付いたように言う黒子に、思わず間抜けな声が二人から溢れ落ちる。
黒子はまた救急箱を開いて、中を探っていた。
「また試合に出るんなら、テーピングくらいしないと」
テーピング用のテープを取り出すと、黒子はまた木吉の前に膝をついた。テープを伸ばして、木吉の膝に巻いていく。綺麗に皺を伸ばす為に滑る指が、何故か扇情的に見えた。
「もう我慢できないッス!」
顔を赤らめる二人に向かって、明らかな怒りを含んだ声が響いた。コート内の選手たちがポカンとする中、眉間に皺を寄せた黄瀬が駆けよってくる。
「黒子っち、何してるンスか!」
「何って、テーピングですけど」
「ダメッス!黒子っちは動作が、一々エロいから」
「なんの話ですか」
早く試合に戻れというが、黄瀬は頑として首を縦に振らない。黄瀬に対する呆れと、黒子から解放された安心感の混ざった吐息を漏らしていた火神の肩を、かなり強い力で掴む手が一つ。
「火神、だっけ」
低い声で笠松が問う。火神はぎこちなく首肯する。
「テツになにされた」
「何って…」
「顔掴まれてたろ!」
笠松は火神の両頬を引っ張った。
「幸さんまで。何して…!」
らしくない行動に出る幼馴染みを止めようと、上げた黒子の足と床の間に、転がってきたボールが入る。試合が中断した為、ベンチに戻っていた誠凛メンバー。彼らに水分補給用のペットボトルを配っていた降旗を巻き込んで、黒子はひっくり返ってしまった。
「いてて…」
「すみません、降旗くん」
もれなく全てのペットボトルをひっくり返して、中に詰まっていた水をかぶってしまう。
「っ…!」
その姿を見て、四人は揃って顔を赤くした。
Tシャツの下にユニフォームを着ていたので、透けてはいない。
が。顔に貼りつく前髪とか、体のラインを露にするTシャツとか。
……はっきり言ってエロい
すっかり沸騰してしまった四人が、この後の試合で使い物にならなくなったのは、言うまでもない。
「?四人とも、どうしたんでしょう」
「ほっとけ黒子。―――風邪引くからさっさと拭け。降旗も」
「ありがとうございます」
2011.01.05