泡沫のいろ
(青黒)
雨の降りそうな曇天の日。彼は、海へ行きたいと言った。
「海?」
その日は珍しく部活が休みで、珍しく涼しい日だった。青峰としては映画でも見に行こうかと、珍しくバスケ以外のことに黒子を誘おうとしていた。そしたら珍しいことに、彼からリクエストがあったのだ。
「はい。海に、行きたいです」
頷く黒子に、青峰が賛成しないわけなかった。
***
何時もは乗らない反対方面行きの電車は、空いていた。誰も座らない長椅子の真ん中に、寄り添うように腰を下ろして。けれど交わす言葉は少ない。黒子は首を曲げて後ろの窓を。青峰はぼーっと向かいの窓を。それぞれ見つめていた。
青峰の視界に映る景色が、無機質なビル群から殺風景な山に変わる頃。
「…あ」
小さく黒子が声を漏らす。青峰も首を回し、肩越しに窓の外を見やった。
くすんだ色の海が、広がっていた。
***
チャプ…、と裸足になった黒子は波を蹴る。青峰もズボンの裾を捲り上げ、緩やかな小波をたてる海に足を入れた。
潮の匂いが鼻を擽る。曇天の所為か灰と青の混じった色した海は、何処までも広がっていた。
太股まで裾をたくしあげ、黒子はじゃぶじゃぶと水をかきながら足を進める。
「黒子?」
青峰は思わず呼び掛けた。黒子は膝上までつかる深さの処で、立ち止まった。裾は、濡れていた。
振り返った彼の色はあまりにも周囲に溶け込んでいて。それがあまりにも儚くて。
青峰は駆け出して、その細い躯を抱き締めた。
じわり、とズボンが濡れている。だが、構わないと思えた。
「青峰くん…」
小さく呟いた黒子も、青峰の背中に腕を回す。
不意に、この腕の中にいる相手が泡になって消えてしまうような。そんな消失感と焦りに襲われた。
異国の物語にでてくる異形の姫のように。愛してるの、一つも言えないまま。
回した腕に力をこめ、頭を埋める。互いの心音しか聴こえないこの世界が心地好すぎて。ずっとこのままで居たいと。馬鹿な願いを切実に噛み締める。
そんなことを望むから、泡になってしまうのだ。
瞼を閉じて、黒子は逞しい青峰の胸に熱くなるそれを押し付けた。
「青峰くん…僕はきっと、―――」
呟かれた言葉に。
「…――っ」
青峰の瞳から溢れ落ちた何かが水面に波紋を広げるより早く。足元を走る波と巻き上げられた飛沫が、それをかき消した。
―――君と出逢う為に生まれてきたんです
――――――――――
10000HIt記念小説一位の青黒です
修学旅行で長崎に行ったんですが、そこで見た海の綺麗さと教会のステンドグラスの美しさと硝子製オルゴールの音色をイメージしてます
薄青の硝子みたいな雰囲気目指して
それが少しでも伝われば幸いです
リクエスト有り難う御座いました
2011.10.26