soundless voice
(月黒←日)



「おー!」

昨晩から降りだした雪は、運動場を真っ白に染め上げていた。太陽光で眩しいくらい白銀に輝いている運動場。部活の休憩時間、小金井に誘われる侭、部員総出で飛び出した。










徐々にヒートアップする雪合戦を眺め、寒がりの俺はマフラーに顔を埋める。漏れる吐息は白く、空気迄白く染め上げてゆくようだ。

「黒子」

其の名前に、思わず反応してしまう。ふと隅の方を見れば、雪だるまを作ろうと雪玉を転がす黒子がいた。其の足下で、ご主人様を手伝おうとしているのか、単に雪にはしゃいでいるのか、2号がじゃれついている。

黒子に声をかけたのは、伊月だった。

「雪だるま作ってるのか?」
「はい」
「手伝うよ」

言って、伊月は胴体になる雪玉の制作に取りかかった。

「……」

其の様子を見ながら、俺は白い息を盛大に吐き出す。体の芯まで凍ってしまいそうだった。

ふと見上げた空は、灰色。また降りだしそうな空模様だ。

雪は音を吸収するっていうけど、本当らしい。はしゃぐコガたちの声が、聞こえなかった。

無音の世界で、俺の目に映るのは、黒子の姿だけ。けれどそれも、辺りが白いからか、奴の影が薄いからか、困難になってくる。

静寂が、色を奪う。沈黙と無色が、感覚を狂わせる。

また降りだした雪は、オトもなく積もっていく。

落ちてくるそれを手のひらで受けとめれば、触れたその瞬間に解けていく。

なんて儚い、ヒトカケラ。

白ばかりの世界で。まだ、微かに残る日光が乱反射して、眩しい中で。

ヒカリを集めて、君は笑う。

笑い声も、離れた俺には、届かない。何も、聞こえない。

きっと、更に雪が降れば、完全に見失ってしまう。それでも、あいつは見つけられるんだろうな。さっきみたいに。笑って、黒子の頭を撫でるんだ。俺にはそれが出来ないから、羨むことしか出来ない。

「先輩」
「うぉっ?!」

何時の間にか近寄っていた黒子が、俺の顔を覗いていた。ぼうっ、と遠くを見ていたから、かなり驚いた。

「な、なんだよ」

バクバクと鳴る心臓を抑え黒子を見れば、視線が伏せられる。黒子は何かごそごそと、コートのポケットを探ると、目当ての物を見つけたのか、綻ばせた顔を上げた。

「はい」

差し出されたのは、缶コーヒー。温かいですよ、というからホットコーヒー、しかも先程買ってきたばかりだと言う。

「あんがと」

体が冷えていたので、有り難く受け取った。温かいそれを受け取る時、黒子の冷たい指先が俺の指に触れて、何故か熱が灯った。火照る熱をコーヒーの所為にしたくて、勢い良くコーヒーを煽った。舌に軽い火傷を負ったが、悟られないよう、口を引き結ぶ。その隣で黒子も、ホットコーヒーの缶を両手で包んで、口に運んでいた。視線は真っ直ぐ、ある一点に据えられている。その先を追って、俺は後悔した。

伊月だ。

2号をあやしながら、丁度雪だるまの頭を、胴体に乗せようと持ち上げていたところ。視線に気が付いて、伊月は笑顔で片手をあげて見せる。それに応えて小さく手を振る黒子の、ほんのり染まった頬に、俺の心はズクリと痛んだ。今考えていることも、思っていることも。あいつは、お見通し何だろうな。そう思うと、どうしようもなく心が冷えて、苛立ちが雪のように静かに積もった。

「黒子」

雲の間から微かに漏れていた日光が、消える。薄暗くなる空に、世界は灰色へと塗り替えられた。

名前を呼んだ俺を、黒子は不思議そうに見上げていて。疑問の言葉が紡がれる前に、俺は黒子を抱き締めた。小さな水色の頭を胸に押し付けて、ぎゅっと腕に力をこめる。一瞬、あいつの、珍しく憐れんだ表情が見えた気がして。抱き締める腕に力を入れて、頑なに視線を逸らした。

「……キャプテン?」

呪縛から逃れようと、黒子がモゾモゾと頭を動かす。

「……」

水色の髪についた雪が、溶けた。まるで、こいつに同化するかのように。まるで、こいつを雪に溶かすかのように。雪の中に消えてゆくこいつを、引き留めることしか、俺には出来ない。

「……黒子」

微かに震える声で呼ぶ。腕力を弱めると、大きな水色の瞳が見上げてくる。

「なんですか?キャプテン」

冷えた心に、染み渡る。

暫く無言でいたら、黒子が困ったように首を傾いだ。

「何か、嫌なことでもあったんですか?」

そう言って、俺の目元に指を滑らせた。

暖かい。指と、それから、涙。情けない。

白い長い溜息を吐いて、俺は黒子の肩に額を押し当てた。不思議そうに、黒子が俺を呼ぶが、返事はしなかった。只、腰に手を回せば呆れたように溜息を吐いて、黒子も俺の背中を叩いてきた。まるで、子供をあやすように。

静かで時が止まったような空間。

立ったままの俺たちを隠すように、雪が降り積もる。

肌と肌が触れ合わないところが、熱を失っていく。

このままでいれば、俺と黒子は一つになれるのだろうか。雪のように溶け合って、混ざり合って。けどそれはやっぱり無理な話だから、俺はまた、諦めの白い息を吐く。

ただの一言。ただそれさえ言えないまま。きっと永久に。

俺の手はこいつを掴めない。

「――黒子!」

あいつが呼ぶ。黒子は、まだ解放しない俺とあいつを見比べて、すいません、と小声で謝った。

暖かいそれは、一瞬で俺の腕からすり抜けた。

少しずつ強さを増す雪。その中に消えていったそれは、もう見えない。

またやってくる、無音。

激しい耳鳴りで狂いそうな頭で、ふと雪山の遭難者は発狂しやすいということを思い出した。

俺も、狂っているのかな。

叫んでも、この声は、思いは届かない。なら声を、思いごと、あいつに伝えられればいいのに。

『アイシテル』って。

何処からか、ホイッスルの甲高い音が聞こえた。何を言っているのか分からないが、カントクの声も。休憩時間も終わり、部員たちはゾロゾロと体育館へ戻ってゆく。

「……日向」

幾分キツい調子で、あいつが呼ぶ。俺が無視すると、呆れたように溜息を吐いて、さっさと先に行ってしまった。

一人残った白い運動場で、空を見上げる。

雪の勢いは、和らいでいた。

どうか、叶うなら。
この思いも全て奪い差って。
儚く散った言葉ごと。
掻き消してスベテ。

白く。





『青春讃歌』様に提出
2010.11.03
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