なにかに落ちる、音がした
(四角湊)



ミナトは中学の頃からの同級生で、所謂腐れ縁だ。だから、これはその延長ーーー大学進学を期に家を出て、俺達は同居することになった。
発端は些細なことだ。
春休み終盤のある日。俺の部屋に遊びに来ていたミナトは、何時もの定位置―――俺のベッドに乗り上げ、買ったばかりの雑誌を読み更けていた。こっちは今だ課題に追われてるってのに、気楽なもんだ。

「…家出てぇな…」

溜息を溢すみたいに呟いたのは、ほとんど無意識。階下で騒がしい家族に、軽く苛立っていたのだ。
本人でさえ気がつかないでいたそれを、ミナトは目敏く拾いやがった。

「何、シカク。独り暮らしするの?」

雑誌を閉じて身を乗り出す程、面白いことかね。

「あー…けど家賃とかなー…」

めんどくせぇ、なんて呟いて頭をかく。しかしミナトは青い瞳を輝かせて、じゃあさじゃあさと何故か嬉しそうだ。

「同棲しない?」

***

聞けばミナトも家を出ようと考えていたらしい。けれどいざ家探しをしたところ契約だなんだがあり…まぁつまり、俺に面倒臭いことを押し付ける魂胆だったわけだ。
まぁ、昔から気の置けない仲だったから、始まってしまえば、生活はそんなに苦にならない。俺自身家事は出来ないから、得意なミナトが居て良かったとも思う。それでも嵌められたなと、思わないわけないわけで。
最近すっかり増えた溜息をまた溢しつつ、手の中でちゃらちゃら音を立てるそれをミナトに投げ渡した。

「ほら」
「…なにコレ」
「家の鍵だ」

昨日出来たばかりの合鍵だ。銀色の、キーホルダーすらついていない、シンプルな鍵。
ミナトは、少し不満げなようだった。

「…地味ー…」
「扉開けりゃ十分だろ」

何を求めてるんだ、こいつは。呆れた視線を投げ掛ければ、ミナトは頬を膨らませ手中の鍵を睨んでいた。
ミナトはたまに酷く子供っぽくなる。今回なんてその良い例だ。それなりに付き合いの長い俺でさえ、その変貌振りに驚く。黙ってりゃ良い男なのにな。

「折角シカクとお揃いなのに…」

…流石の俺にも、不意打ちの言葉だった。

***

あれから早三日。大学の食堂、少し離れた所で女共に囲まれるミナトを横目で捉えつつ、茶を啜る。一緒に飯食ってるいのいちの話は半分聞き流しだ。
女共のアプローチを笑顔で受け流し、ミナトは昼食もそっちのけで手を動かしている。そういや、最近家でも何かやってたな。なにしてんだ?

「シカク、どうかしたのか?」

チョウザが五人前の昼食を平らげ、不思議そうに首を傾いだ。俺は慌てて意識を戻した。

「なんでもねぇ」

淡々と言えば、いのいちもチョウザも納得したようで、追求はしてこなかった。

「でだな…」

続くいのいちの話を聞きながら、ふと向けた視線。
満足そうに微笑むミナトと、不意に目が合って。ニシシ、と笑う顔の横で、小さな何かが揺れる。

新品の鍵につく、ビーズ製の鹿のキーホルダー。

カ、と顔が熱くなるのが解った。二人の視線を感じながらも、俺は頭を抱えて机に伏せる。
…恥ずかしい奴。こっちが居たたまれない。



――折角シカクとお揃いなのに…



口許を手で隠して一瞥すれば、ミナトは周りに自慢するように鍵を揺らしていた。

「…そーゆー意味かよ…」

多分、向こうも無自覚だろうけど。嬉しい、よな。やっぱり。
そっとポケットに手を忍ばせる。指先に、冷たい鍵が触れた。



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