光の行方
(真+薮+光)

※最終回その後の妄想
※ネタバレあり



カヅキが『死ん』で、丸一日。

ヒカリは、まだ泣き止まない。

ハルカが慰めの言葉をかけても、ナナが食事を差し出しても。ただただ泣いて、泣いて、泣いて、泣く。ただそれだけ。何時しか、彼女の傍らには、あぷしか寄らなくなってしまった。

「大丈夫かな、ヒカリちゃん…」

臆病なヤブも、気にはなるようで、口を開けばそればかり呟いた。

「知るかよ」

その度に、理由の解らない苛立ちが湧くのを感じながら、マユムは素っ気なく言い返した。

(知るかよ)

カヅキの、欠片と服を握り締めて、声も抑えずに泣くヒカリのことなんて。

きっと、無駄なのだ。幾ら他人が『カヅキは、君に笑っていて欲しいんだよ』とか『笑っていたら、カヅキも喜ぶよ』とか言っても、それらは詭弁でしかない。大切な人を亡くした哀しみが、笑って慰められるものか。

マユムにも、経験がある。尊敬していた人を、喪う気持ち。自分の、真ん中がすっぽり抜け落ちたみたいな。本当に『空っぽになった』という、喪失感。解決は、時間に任せるしかない。

廃墟の中を散策している時に、サイのものらしき服と、欠片と、それから血痕を見つけた。二人の間にどんなやりとりがあったのか、今となってはすでに知れない。けれどふと、思ったのだ。



―――ああ、カヅキ。お前も、『空っぽ』になっていたのか



サイとカヅキは、親友だったのだと思う。サイはどうだったか知れないが、少なくともカヅキはそう思っていた筈だ。だから、彼は『空っぽ』になったのだ。親友と、対立して、その手で殺めてしまったか、死を止められなかったか。何れにせよ、カヅキの手は、サイに届かなかったらしい。

マユムも、同じ。憧れて、いつか、追い付きたいと、思っていた。褒められたことが嬉しくて、彼の役にたちたいと思った。けれど、この手は、届かなくて。そんな喪失感に一人浸っているうちに、友人も一人『死ん』だ。そうして、あたふたと走り回るうちに、カヅキもサイも一人で歩いて、勝手に消えた。マユムは死の存在を思い知らされて、生きている。今彼が生きているのは、あの時、『死ぬ』のは怖い、と感じた、それだけの理由だった。



ふと心の中で問う。

なぁ、カヅキ。
お前は、消える直前笑っていたな。
どうしてだ?
死ぬのは、怖く、なかったか?



サイの欠片と服を握り締めて、マユムは歩いた。歩いて、いつの間にか海の見える場所まで来ていた。そこには、ヒカリと、あぷと、それから穴があった。

「?何してるんだ」

声をかけると、カヅキの服を胸元で抱き締め、ヒカリが振り返った。その柔かな頬には、相変わらず涙が絶え間無く流れていたが、初日に比べれば、おさまっている。

「あ、マユム」

ひょこり、と穴からヤブが顔を出した。穴を掘っていたのだろう、体中泥だらけだ。

「なにしてんだ、お前」
「『水路のほとり』だよ」
「はあ?」

呆れるマユムを気にせず、ヤブはヒカリを泥だらけの腕で抱き抱えると、また穴の中に潜っていった。あぷが後を追って、それを追うように、マユムは穴の中を覗き込んだ。薄暗い穴の内部は子供一人分程の幅しかない。ヤブはヒカリを膝に乗せた。

「サイが言ってたろ。泣くことが供養だって」

ここなら思いっきり泣いていいよ。ヤブがそう言ってヒカリの頭を撫でると、彼女の瞳は更に沢山の水を湛えた。ヒカリが泣く。つられて、ヤブも。穴から響く泣き声を聞きながら、マユムは膝に顔を埋めた。



ああ、そうか。
泣いてくれる人がいるから、お前は笑顔でいられたのか、カヅキ。




ぽつり、と。空を仰いで泣いていたヤブの額に、滴が落ちた。涙で歪む視界を開くと、穴の入口で踞る影が見える。彼の顔は、逆光で、見えない。

「…マユム…?」
「……」
「泣いて…るのか?」
「…っせえ」

返された声は、僅に震えていて、それでも彼は唇を噛み締めた。

「…雨だ。雨が降ってんだよ…っ」

ぽつ、ぽつ。また、滴が落ちる。

「…本当だ。…雨だ」

じゃあ、とヤブはヒカリを胸に抱き寄せた。



雨が止むまで、ここで雨宿りをしよう。大丈夫。泣きつかれて眠って。起きたら、きっと雨は上がっている。





2011.03.09
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