スノードロップ〜冷たい手でもいいよ〜
「水戸部、なにかあったのか?」
そう土田に言われたのは、あれから数日経ったある日。部活帰りの夜道で、だった。
問われている意味が解らず、水戸部は首を傾げる。土田は少し言いにくそうに頬をかいて、それからちょっと水戸部から視線をそらした。
「最近、調子悪いだろ。なにかあったのかと思って」
思わず、足が止まる。数歩進んで土田も足を止め、水戸部を返り見た。その、真面目な表情を見ていられなくて、視線を地面に向ける。構わず、土田は言った。
「水戸部、ここ数日おかしいよ。気づいてない奴らもいるけど」
どうかしたのか。改めて問われても、返す言葉がない。比喩ではなく、本当に。
始めは、単なる口下手だったのだと思う。上手く思いを吐露出来なくて、気がつけば他人を優先していた。水戸部の世界は、仲間と家族と友達、それだけで構成されていると言っても過言ではないほどに。それだけ、彼の世界には自己が存在していなかった。他人が中心だから、必然、周りの顔色を窺う。相手の機嫌を窺って、必死に関係を繋ぐ。次第に、水戸部は言葉を失った。
人間関係に於いて一番のネックとなるのが言葉だ。それ一つで、間に張られた関係という名の糸は、緩んだり切れたり。極端な口下手の水戸部はそれを失う代わりに、必要以上まで顔色を窺うようになった。
ほら、また。相手の機嫌を窺って、何も行動を起こせないでいる。
「…水戸部」
「……っ」
土田の声が、それを責めているようで。水戸部は唇を噛み締めた。
「マジバ、寄ってかない?」
土田の、その言葉に思わず脱力してしまったのは、言うまでもない。



「岩村さんが、記憶喪失?」
土田の裏返った声に、コクりと頷く。苦笑いして、土田はジンジャーエールのストローを甘噛した。マジバに入って、土田の世間話に耳を傾けて、いくらか気分が落ち着いた水戸部は、彼に事情を教えた。それで良かったと、スッキリする胸の心地好さを感じながら、水戸部は烏龍茶を啜った。
「で、なんで水戸部は悩んでるんだ?」
ポテトを摘まみながら、土田が訊ねる。水戸部はまた、首を傾いだ。
「岩村さんに、酷いことでも言われたのか?」
どきり、とした。そう言えば、記憶喪失になった彼と、まともに向かい合っていないことに思いあたったのだ。拒絶も軽蔑もされていない。寧ろ、避けていたのは自分の方。
黙りこくってしまった水戸部に、気付かれないよう溜息を吐いて、土田はポテトをかじる。
「まーた一人で考えて行動したんだろ」
「……!」
「水戸部の悪い癖だぞ。人の顔色窺って、勝手に勘違いしてる」
「……」
「ちゃんと向き合えよ」
そうは言ったって。怖いじゃないか。傷つきたくないんだ。
『自分は貴方の恋人です。自分は貴方と同性です』
そう言われて、軽蔑しない人間が、どけだけいる?記憶が無い彼は、あの彼ではないのだ。あの、武骨な手で頭を撫でたり手を繋いでくれたりした、彼ではないのだ。それは、ストバスで出会った時に思い知った。
ああ、そうだ。自分はこれ以上、傷つきたく、ないんだ。
ポン、と。小刻みに震える頭を撫でられる。豆だらけで分厚くなった、暖かい手だ。
「…よしよし」
「……っ」
あの、不器用な手が、堪らなく恋しい。
言い過ぎた、と謝る土田を、首を振って否定し、水戸部は溢れだす涙を袖で拭った。顔を上げ、ほんのり赤くなった目で弧を描く。
「―――――」
不意打ちに驚いた土田は、照れたような笑みを浮かべた。
「どういたしまして」




(確かに恋だった。様より)
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