スノードロップ〜この熱は消えぬまま〜きらめきに誘われて〜
手を繋いだことは、数える程しかない。キスも、ただ重ねるようなものを、一度だけ。お互い、同性だからと周りの目が気になって、人気の多い所には行けない。デートと言えば、部活帰りを装って制服姿で本屋やストバス場によるだけ。そう言えば、恋人らしいことをしたことないな、と思いあたって。今更になって自分たちは恋人同士だったのだろうかと、不安になった。



「水戸部!」
その声で、ハッと我に返った。少し離れた所で、小金井がヒラヒラと手を振っている。今は二人一組でパス練中だった。慌てて手に持っていたボールを、小金井に投げ返した。
病院から学校に戻ったから遅刻したが、そのことについて言及してくる者はいなかった。
小金井も、だ。唯一岩村と水戸部の関係を知っていて、意外と気の効く彼のことだから、水戸部が言うまで待っていてくれるつもりなのだろう。
パシッ、と。両手にボールが収まる。この感覚は、好きだ。
想いも、こんな風に硬い手応えで受け渡し出来たなら。好き、なんて曖昧な言葉で繋がっているだけ。いや、繋がっているつもりなのかもしれない。それだけ、自分たちの関係は曖昧だ。不毛で、曖昧で、脆い。
「水戸部?」
訝しげな小金井の声が聞こえる。首を傾ぐ彼に、気にしないでと手を振って、ボールを投げた。パシッ、と小気味いい音がした。ボールですれて、指先が熱を持つ。
岩村に灯された柔らかい熱が、急に恋しくなった。



部活に行こうとした時、買い物当番の次男からメールがきていることに気がついた。調子が悪く、学校を早退したという。ついては今日の買い物を代わって欲しいということだった。長女も三男も、塾か部活があった筈。水戸部はタイムセールの時間に間に合うか確認して、小金井に部活を欠席する意を伝えた。



タイムセールには間に合った。しかし、些か買いすぎたかもしれない。手に食い込むビニルの紐を感じながら、水戸部は帰路を急いでいた。体調が優れないなら、お粥が必要だ。熱冷ましのシートは、見つけられただろうか。
何てことを考えながら足を速める水戸部の耳に、ボールのバウンド音が届いた。
思わず足を止めて、辺りを見回す。すぐに、そのストバスは見つかった。夕暮れ時、赤い光の射すストバスにある、3つの影。
「あー、奇遇だねー」
水戸部に気付いた春日が、相変わらずの弛い調子で手を振る。津川と話していたらしい岩村もそれで気がついたらしく、こちらに視線を向けた。その視線に、ドキリとする。水戸部は小さく頭を下げた。さっさと立ち去ろうとするが、春日に声をかけられた。
「オレと津川でちょっとコンビニ行ってくるから、岩村見ててくんないー?」
「…!」
「退院したんだけど、まだ記憶戻ってないから、危なっかしいんだよー」
じゃよろしくー。
文句を呟く津川の襟首を引っ張って、水戸部の返事を聞かずに春日は歩いていく。その背中に向けて伸ばしかけた腕を下ろして、ちらりと岩村を見上げた。
「…水戸部、と言ったか」
「…」
頷く。視線を足元に下げて、兎に角彼と目を合わせないようにした。
「…オレと知り合いか?」
「…」
また、頷く。暫く無言でいたら、呆れたような溜息が頭上から漏れた。
「…仲が悪かったのか?」
「…!」
慌てて首を振る。
「なら何故何も言わない」
「――……」
何故だろう。水戸部にだって分からない。
幼い頃から、人に気を使っていた。兄弟が多く、更には自分が長男だったからだ。忙しい両親に代わって、弟妹の面倒は水戸部が見ていた。自分のことよりも他人を優先してきた。だからか、自分の想いを吐き出したことはない。そんな暇はなかったし、しようとも思わなかった。つまりは、欲が無いのだ。
水戸部が何も言わないので、岩村は焦れったくなったようだ。腕をつかんで、彼の体を揺すった。
「おい…!」
「…!」
水戸部は顔を歪めた。自分に、想いを伝える術はない。今更、それが足枷になっている。その事実が、哀しかった。もうあの頃に戻る術はないのだと、言われているようで。無償に、泣きたくなる。
不意に、抱き締められた。
「……!」
「…!悪い」
我に返ったらしい岩村が、肩をつかんで引き剥がした。
「……」
ふるふると、力無く首を振る。すまなそうに頭をかく岩村に会釈をして、水戸部は踵を返した。背中にかかる声を無視して、足早にストバスから離れる。一刻も早く、彼から離れたかった。




(確かに恋だった。様より)
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