mirage
※バンドパロ
※吹雪兄弟→円堂



かみさまなんて信じていないけど
いまだけ、願っていいですかいまだけ、すがっていいですか
きみの小指とぼくの小指が
真っ赤な糸で結ばれていますように、と




「…ツヤ…敦也!」

ヘッドフォンから流れていた曲が消え、代わりに喧しい声が耳に響く。ソファに座っていた敦也はそれに気分を害され、背後に立つ双子の兄、士郎を睨み上げた。

「なんだよ、兄貴」

赤いヘッドフォンを取り返し、流しっぱなしだった曲を止める。呆れたように溜息を吐いて、士郎は来訪者だと告げた。

「客?」
「そう。南雲くん達」

名前を告げると敦也は腰を浮かせた状態で固まった。面白いくらい顔面蒼白な彼を見れば、理由に察しはつく。

「歌詞、出来てないんだ」

からかうように呟いて、士郎は物が飛んでくる前に私室へと引き上げた。

***

吹雪敦也は『∞』(インフィニティ)というバンドのボーカルを務めていた。同時に作詞も担当で、今日はその締切だったのだが、まだ完成していなかった。

「このノロマ」

訪れた南雲達に事情を話すと、予想通りの毒舌が返ってくる。1人、厚石茂人は困ったように眉尻を下げただけだったが。

「茂人の曲は出来てんだよ、あとは歌詞だけだ」
「今月に新曲1つ上げるって言ったろ、ほら」

真っ白な紙と削りたての鉛筆を机上に並べ、不動明王は敦也をその前に座らせた。そうは言われても、歌詞は閃くものだ。強制的に、更には両側から監視されるみたいに見つめられたこんな状況で書ける筈がない。…なんて文句も言えないが。

「なにをそんなに悩んでだよ」

何度も書き直した所為で黒く汚れた紙を見て、南雲晴矢が訊ねる。自分達が訪ねる前から、相当悩んでいたらしい。

「言葉が纏まらなくて…」

白い紙を指で弾きながら、敦也は呟く。

「ラブソング?」

紙の端々に散らばるフレーズを眺めていた厚石が訊ねると、敦也は紙面に目を落としたまま、首肯した。

「厚石のあの曲には、ラブソングがあう」
「恋の1つもしたこと無い癖に」
「うっせーぞ、童貞」
「手前だってそうだろ!」

立ち上がりかける南雲を、厚石が宥める。南雲と敦也は喧嘩早くていけない。リーダーである不動は自分の苦労を思い、溜息を溢した。

「テーマを決めてみんのはどうだ」
「例えば?」
「……バナナ、とか」
「恋愛とバナナって完全に下ネタだろ!」
「う、うっせーな。童貞が」
「関係ねーだろ!」
「…君達人ん家のリビングで何を叫んでるの」

呆れた士郎の声に、騒がしかった場はしん、と静まり返った。2階まで聞こえたよ、と携帯を片手に言う彼は、どうやら電話をしていたようだ。

「敦也、僕これから仕事だから」
「またテレビか?」

嫌味のつもりで敦也は訊ねた。彼の双子の兄である士郎もバンドをやっており、『inverno』という名前のそれは、バラエティ番組に出演することも珍しくない程に人気を博していた。しかし、士郎は笑顔でそれを否定した。

「ううん。企画ユニットのこと」

企画ユニットとは複数のグループからランダムに選ばれたメンバーで曲を1つ書くというもの。これまた人気が高い企画だ。

「豪炎寺くん達とやった『流星ボーイズ』が評判良くて、またやらないかって」

ガタ、と敦也は立ち上がった。

「…まさか、」
「うん。マモルくんも一緒」

いってきます、なんて晴々しい笑顔にソファを投げつけてやりたくなった。

「落ち着け、童貞」
「まずは歌詞書け、童貞」
「離せ厚石!まずはこいつらを殴らせてくれ!」
「お、落ち着いて」

マモル。アイドルユニット『ゴッド』の1人である。敦也は彼の隠れファンであった。そして不本意なことに、双子の兄である士郎も、また。厚石から解放された敦也は紙やら鉛筆やらを一緒くたに抱え込むと、3人に背を向けた。

「もういい!1人で考える」
「おい敦也…」

引き止める南雲の声は、乱暴に扉を閉める音にかき消された。

***

「あームカつく!」

苛立ちを込めて敦也はベッドに手にしていたものを投げつけ、自分も倒れ込んだ。その時丁度手元に転がってきたヘッドフォンを耳に当てて、先程の曲の続きを再生する。流れてくる優しい音色は、最近発売したばかりの『ゴッド』の新曲だ。



きみの小指とぼくの小指が
真っ赤な糸で結ばれていますように、と




二度惚れた。初めは歌声に。次に、その姿に。いつか同じ舞台に立てたらと、夢までみた。実際は兄に先に取られてしまったのだけれど。流れてくる音楽を聞き流しながら、敦也はぼー、と黄ばんだ天井を見つめた。

「…なにが、違うんだろーな…」

士郎と敦也。一卵性の双子で幼い頃からそっくりだと言われていた。そんな彼らが別々のグールプで歌えば、こんなに差がつく。神様は才能までそっくり同じものをくれなかったようだ。

「同じなのに違う、か…」

もし、士郎と敦也どちらかを選べと問えば、彼は何と答えるだろう。はっきり対面したことはないけれど。

「……」

敦也は体を反転させて俯せになると、ベッドの上に散らばる鉛筆と紙に手を伸ばした。

***

彼はぼくの実像で光
ぼくは彼の虚像で影
嘲笑いながら風が硝子の檻を舐めてゆく




「何聞いてるの?」
「『∞』の新曲。俺、このバンド好きなんだ」
「へぇー、僕にも聞かせてー」
「いいよ」
「お前達、そろそろ本番だ」
「あ、はーい」
「平良、せっかちだなー」
「5分前行動厳守」
「ぶー」
「後でCD貸すよ、照美」
「本当?有り難う、円堂くん!」
「ほら行くぞ。マモル、アフロディ」
「はーい」
「はい」

「『ゴッド』スタジオ入ります―――!」



きみにこの手は届きはしないみたい
ただこの歌が届けばいいや
きみを想う気持ちは敗けないつもりだから






2011.05.28
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