the darkness
(闇堕ち吹円)



暗い空間を、まっ逆さまに堕ちて行く。然程スピードはついていなくて、円堂には無重力のように感じられた。空間に漂いながら、馬乗りになって彼の首を絞めているのは、漆黒の衣装を纏ったもう一人の円堂―――守だった。

「堕ちろ『俺』。俺に任せれば、絶対的な力が手に入る」

ぎり、と喉にかかる力が強くなる。息苦しくて、円堂は顔をしかめた。

「勝利だけを求める力なら…そんなものは要らない…!」

円堂は叫ぶが、目前の自分は無感動に見下ろしてくるのみ。

「…その考えで、どれだけのものが救えた?」
「?」
「綺麗事だけ並べて己の闇と向き合えない奴に、他人の闇が救えるものか!」
「なに、を…」
「キーパー、続けたかったんだろ」

円堂は思わず口をつぐんだ。その小さな戸惑いを見逃さず、守は首を絞める腕に力を込める。

「闇を抑え込むな。俺に、任せろ」

円堂の瞳から涙が滴って。



かしゃん、



檻の閉まる音が、聴こえた。

***

その姿に、彼らは息を飲むことしかできなかった。

「…なに、してんだよ。円堂」

必死に口角を上げて、風丸は冗談であって欲しいと願う。自分達と相対しているのは、漆黒と紅で彩られたユニフォーム纏う、円堂守。脇に垂らした腕には、しっかりとキャプテンマークを付けたまま。胸元に、妖しく光るエイリア石を掲げ。黒地に紅い稲妻模様のバンダナの下から虚な双眸を覗かせて、彼はただ突っ立っていた。

「円堂さん…」

立向居は、未だ信じられないといったように呟く。それは風丸とて同じだ。あの円堂がエイリア石に溺れるなど、誰が思おうか。

「なんの冗談だ…おい、円堂!」

風丸は彼の両肩を掴むと、強く前後に揺すった。しかし円堂は無表情のまま。突然、風丸は突き飛ばされた。

「守くんに触れないでくれる?」

その声に、風丸は我が耳を疑った。彼を突き飛ばした人物―――吹雪士郎は妖しく微笑んで、抵抗しない円堂の手に指を絡める。彼もまた、円堂と同じデザインのユニフォームに袖を通していた。(細部が微妙に異なるが、円堂のユニフォームがキーパーの物だからだ)首には灰色のマフラーと、そしてやっぱりエイリア石があった。皆が息を飲む中、円堂と手を繋いだまま、吹雪はゆるりと首を巡らした。その濁った瞳は、染岡の隣に立つ少年を捕らえる。

「…士郎…っ」

吹雪そっくりの少年、アツヤは変わり果てた半身の姿に、忌々しい思いで舌打ちした。

「ああなんだ、まだ在ったの」

口調は残念そうに、表情は愉快そうに、吹雪は言う。その様子に眉を潜めたのは、鬼道だった。

「そいつを助けたのは染岡くん?捨てていいよ。どのみち永くはない」
「どういう意味だ?」
「そのまんまさ、鬼道くん。そいつはエイリア石と融合する際、弾き出された僕の半身―――実体を持たない、弱い僕だ」

ぎり、とアツヤは歯軋りした。原因がどの口でほざくのか。嘲笑う士郎が、憎らしくて、堪らない。

***

エイリア石と無理矢理融合させられて、吹雪の意識は闇へと落とされた。そこで、今『吹雪士郎』の躯を支配している士郎と出逢ったのだ。

「やぁ、『僕』」

同じ顔に同じ声。それだけでも気持ち悪いのに、極めつけには歪んだ笑顔。不快を通り越して、怖くなる。怯えて後ずさる吹雪の頬に手を添えて、士郎は笑顔を近づけた。

「僕に任せてよ。守くんは護るから」

恐怖で止まる肺が酸素を求めているのか、酷く苦しい。ぱくぱくと魚のように開閉する吹雪の口に、士郎のそれが近づいた。

「バカ士郎!」

突然頭に膝蹴りを受け、吹雪は衝撃で尻餅をついた。士郎は小さく舌打ちして、吹雪を蹴った人物を睨み付ける。吹雪は驚いて目を見開いた。

「敦、也…?」

違う。逆立つ髪色は銀であるから、彼は吹雪が作りだしたもう1つの人格、アツヤだ。

「邪魔しないでくれるかな」

笑顔の下に怒りを滲ませながら士郎が言う。アツヤはそれを鼻で笑った。

「士郎の顔でその笑顔って、マジでキモイぜ」
「…消えかけの他人格が」

アツヤの言葉で完全にキレたらしい士郎が、ゆらりと腕を伸ばす。それは素早く動いて、アツヤの喉を捕らえた。

「…っ!」
「君が消えれば『僕』は堕ちるかな」

何処にそんな力があるのか、士郎は片腕でアツヤの体を持上げ、ぎりぎりと絞め始めた。

「く…!」

アツヤの口から短い息が漏れる。吹雪の体は、動いていた。



どん、



強く押されて、宙に浮く。そんな感覚を受けながら、アツヤは腕を伸ばした。

「しろ…っ!」
「…バイバイ、アツヤ」

微笑む吹雪の背後から、士郎の青白い腕が伸びてくる。

***

その時のことを思い出して、アツヤは唇を噛み締めた。主人格である吹雪に突き飛ばされた―――拒否された―――ことで、アツヤは『吹雪士郎』から弾き出された。勿論体はないから、実体のない、幽霊のような存在になってしまったのである。

「君が弾き出されてくれたお陰で、支配しやすかったよ。『吹雪士郎』の理性であるアツヤ」

けらけら笑う士郎。そこにかつての吹雪の面影が見えて、染岡達は余計に混乱した。

「ふぶ、き」

それまで黙り込んでいた円堂が、やけに舌足らずな口調で呟いた。同時に士郎の手を握り返したので、彼の顔には歓喜の笑みが浮かぶ。

「なあに、守くん。出来れば名前で呼んで欲しいな」

何時も言ってるけど、と呟きながら円堂の顔を見やった士郎は、目を見開いた。虚ろな瞳から1つ、また1つと涙が溢れては、円堂の頬を濡らしていたからだ。

「ふぶ、き」

どこ、どこだよ

舌足らずな言葉は、そう続く。先程までの雰囲気は一変し、士郎は慌てたように円堂の頬を手で包んだ。

「守くん、僕はここだよ?」
「ふぶき、どこ」

鼻先が触れる程顔を近付けても、円堂の瞳は士郎を見てはいなかった。

「ふぶき、ふぶき」
「守!」

滅多に無い荒げた吹雪の声に、風丸達は肩を飛び上がらせた。更に士郎のとった行動に、目を見開く。皆が注目する中、士郎は円堂と深い口づけを交わしたのだ。突き刺さる視線も気にせず、深く、甘く。銀糸を引いて唇を離し、円堂の瞳を覗きこんだ士郎は、そこに闇が宿っていることを確認し、満足気に細く笑んだ。

まだ、まだ足りない。もっと深く堕ちて、闇に染まって。

「…僕のものになってよ」

吹雪士郎が抱える独占欲のままに。

小さく微笑んだ彼の顔は、酷く歪んでいて。しかし風丸達に向けたのは、爽やかな笑顔だった。

「今日はこれで帰るよ」

またね。二度目を予期させる言葉に、緊張が走る。

「待て!」

円堂を抱える士郎に掴みかかろうとする敦也だが、彼の身を案じた染岡に肩を引かれた。

「待て、士郎!…っ円堂ぉ!」

微動打にしない彼に向けて手を伸ばす。が、それは届かなくて。一瞬煌めいた光の後、二人の姿は消えていた。

染岡から力が抜け、敦也はがくん、と膝をつく。

「…っくそ―――!」

地面に爪を立て、曇天に向けて吠えた。風丸達も思いは同じで、けれど無力な自分達のことは熟知していたから、掌に爪を立てることしか出来ない。

「…円堂…っ」

光を奪われてしまえば、闇を歩く術は、もうない。





2011.10.03
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