双氷翼
(吹円)

※ツバサパロ



水で満たされた地下。今は度重なる衝撃で水を巻き上げ、中央に浮かぶ透明な繭を露にしている。そこに駆け込んだ豪炎寺は、惨状を目にして思わず息を飲んだ。気絶しているのか両目を固く閉じた基山と、彼の服を引いて佇む吹雪の姿。二人とも血だらけで、一目見ただけで何かあったことは明かだ。基山の左目から、血が流れ落ちる。口許を血だらけにした吹雪は、何処か虚ろな瞳で豪炎寺を見上げた。左は灰色、いつもの色。右は、基山の緑色だ。

「お前…!」

吹雪の手が、基山の左目に伸びる。豪炎寺は駆け寄り、その腕を掴んで止めた。

「喰ったのか、そいつの目を」

無感動なオッドアイが豪炎寺を映す。

「魔力の源は両の瞳。両方貰えれば、用はないよ」

普段の彼からは想像も出来ないほどの、低く冷たい声だった。沸き上がりそうになる恐怖を抑え込み、豪炎寺は掴んでいた腕を引いて吹雪の体を投げ飛ばした。崩れ落ちる基山の体を支え、壁に激突した吹雪を睨みつける。

「お前…吹雪じゃないな」

少しも顔を歪めずに、吹雪は立ち上がった。

「…羽根を、取り戻す為には必要なものを手に入れなきゃ。邪魔なものを消してでも」
「こいつは…!」

ぎり、と歯軋りして基山の体を掴む手に力を込める。ただただ、腹立たしかった。

「お前と円堂の為に変わったんだ!お前たちが少しでも笑っていられるように…!―――聴こえないのか、吹雪!」

その時、空間に歪みが生じた。



***



―――お…て……

こぽり、と暗い水の中、生まれた気泡が音を立てて水面を目指して昇っていく。

―――起きて

頭に、脳に、声が響く。微睡みを漂っていた意識は、それに覚醒を促された。

―――君が目覚めないと、君の大切なひとが、戻れなくなる

(俺の…大切なひと…)

硝子の破片が落ちるように、記憶の断片が様々な人たちを映し出す。それらの奥にいるのは。そこで笑って手を伸ばしているのは。

「俺の…いちばん大切なひと」

すぅ、と息を吸い込むみたいに開いた瞳。そこに映り込んだ惨状に、円堂は息を飲んだ。傷だらけの豪炎寺、吹雪、基山。そして吹雪と相対する吹雪そっくりの少年。

「みんな…!」

彼らの傍に駆け寄ろうともがく。が、透明な繭に閉じ込められていた為、それも叶わない。無力な自分が悔しくて、何より皆が心配で。無理だと知りつつ、非力な拳で繭を殴った。何度も、何度も。

「豪炎寺!ヒロト!吹雪!」

ぎり、と、悔しそうに歯軋りしたのは薄紅の髪をした吹雪―――アツヤだった。対する吹雪は眉一つ動かしていない。

「…俺はお前のことをずっと見ていた。お前が出逢った出来事や人達を」

拳を握ってアツヤは続ける。その言葉が、もう吹雪に届かないと、理解しながら。

「円堂を一番大事だと思ったのは、『俺』じゃない!お前だろう!」

瞬間、吹雪の蹴りが飛んだ。腹にそれを受け苦痛に呻きながらも、アツヤは剣を召喚した。対抗して同じように剣を喚び寄せた吹雪に向けて飛び掛かる。アツヤの斬撃は簡単に受け止められ、威力を倍にして壁へと叩きつけられた。

「吹雪!」

泣き叫ぶ円堂の声が聞こえる。そちらを一瞥しながら、アツヤはよろよろと立ち上がった。

「…あのとき、俺はお前に言った。お前自身の心が育つのを信じて、賭けると」

けど、とアツヤが呟くと足元から光が沸いた。蒼く冷たいその光に、真っ直ぐな金色の瞳が照らされる。

「もし、お前の心が生まれてなかったら、―――俺がお前を消す、と」

光を纏い、アツヤは手を掲げる。

「エターナルブリザード!」

膨大な衝撃波が吹雪を襲った。強かに地面に背を打ち付けたその隙を付き、アツヤは剣を振りかぶる。その刃先が吹雪の喉元を抉ろうとした瞬間、

「やめろぉ!」

両目からぼろぼろと涙を流しながら、円堂が叫んだ。

「吹雪を殺さないでくれ!」
「!」

耳を、心を刺すその声に、アツヤは思わず手を止めた。



ド、



吹雪の剣が、アツヤの太股に深々と突き刺さる。崩れ落ちるアツヤから剣を引き抜き、吹雪は円堂に向かって足を進めた。

「…ふぶ…き…」

息を飲む円堂に向けて、刃を振るう。斬ったのは、彼を閉じ込める薄い膜だった。膜内に足を踏み入れた吹雪は円堂の制止の声も聞かず、隅に転がるゼリー状の塊に剣を突き刺した。そこから転がり出たのは、円堂の記憶の羽根。驚く円堂を胸に抱き寄せ、吹雪はその羽根を彼に近づけた。

「待って…待って、吹雪…」

拒絶の声も虚しく、羽根は円堂の中に吸い込まれていく。円堂の意思に反して、その瞼はゆっくりと閉じられた。崩れ落ちるその体を支え、吹雪は、泣き張らして赤くなった目元に流れる涙を舌で掬いとった。

「―――羽根は取り戻すから。必ず」





2011.05.27
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