誰が為に少年達は荒野へ向かう
(水+藍)



勝った。憧れの人に。勝って、しまった。

***

(…僕が、勝った…)

試合会場の体育館から出た日の当たる中庭。そこに、水無瀬脩哉は呆然と立ち尽くしていた。

つい数分前に終わった、秀鳳対久勢北のS2。結果は水無瀬の勝利だった。相手は憧れの川末涼。水無瀬の戦形は彼を真似たものだ。だから、他人には勝てても本人には勝てない。筈、だった。水無瀬が勝てたのは、川末が非力だったから。生まれつきのもので克服することのできない弱点を持っていたからに他ならない。

(…僕がカットマンじゃなければ、川末さんには勝てなかった…)

なんという皮肉。カットマンとして、伸び悩む自分を成長させてくれた人。彼の弱点が、自分のようなカットマンだったなんて。水無瀬の中に浮かぶのは、憧れの存在に勝てた喜びと、彼への罪悪感。その二つが混ざり合って作るのは、後悔と虚無感だった。カットマンにならなければ、彼に勝つこともなかったのに。ずっと、憧れることが出来たのに。

憧れたあの人に、追い付くことが目標だった。なら、追い付いた今。勝利した、今。自分は、何を目指せばいい?

「あ…」

思わずといった感じの声。水無瀬は顔を上げて、同じように声を漏らした。

「脩哉くん…」
「…ヒロムくん」

何故、彼がここにいるのだろう。次の試合が控えているというのに。水無瀬が訊ねると、彼は少し困ったように笑った。

「川末さんを、探しにきたんだ」

分かっていた筈なのに、水無瀬の頭には何故だか衝撃が走った。敗北したのだ。彼とて落ち込まないわけがないのに。その事実は余計水無瀬の胸を締め付けた。本当に、自分は、勝ってしまったのだ。

「…脩哉くん?」
「…僕、どうしたらいいかな」

トレードマークのサンバイザーを握り締めて、水無瀬は深く俯いた。

彼に、追い付きたいと。そればかり思っていた。いつしかそれが、卓球をやる理由になっていた。それが無くなった今、卓球をやる理由は、無い。

「…止めちゃおっかな…」
「ダメだよ!」

カシリ、と藍川が水無瀬の腕を掴んだ。あまりにも真剣な彼の表情に、水無瀬は思わず目を瞬かせる。

「ダメだよ、好きなものを止めるなんて!脩哉くんは卓球が好きなんでしょう?だったら、自分の為に打てばいいじゃないか!」

彼を、憧れていると。だから追い付きたいと、理由にしていた。彼を、理由にしていた。勝手に。自分のエゴで。

「それでもまだ理由が欲しいなら、」

藍川は掌で自分を指した。

「僕がなる」
「ヒロムくん…?」
「脩哉くん言ったよね、僕と戦いたいって」

それは水無瀬が川末に追い付く為だったからもう関係ないのだが、藍川にとっては違う。

「僕も、戦いたい…!」

憧れの人を越えた人。敵討ちでもなんでもいい。自分は手に入れられなかった力を持つ彼と、戦いたい。

「僕の好敵手になってよ」

ス、と差し出された左手。不良などの間で左手での挨拶は、喧嘩の意味を持つ。

「…―――うん」

自然と、水無瀬の口は弧を描いていた。

目の前に続く荒野の道に、終りはない。歩き続けよう。これからも。彼の為?否、自分の為に。

水無瀬は、藍川の手を力強く握った。



――――――――――
水無瀬と晶は川末を卓球の理由にしてるあたりが似てる





2011.04.10
×
人気急上昇中のBL小説
BL小説 BLove
- ナノ -