停電少年と陽炎のオーケストラ
(降黒←赤)
※なんちゃって停電少年と羽蟲のオーケストラパロ
※死ネタ
※簡単な用語説明
蛍…人間に光(=視力)を与えることが出来る種族。老化が遅く体が丈夫
揚羽…蛍と契約し光を与えられた人間のこと。光と引き換えに自らの寿命の半分を蛍に渡している
骸蛍…人間の心臓を喰った蛍。気配がしない。通常の蛍よりも戦闘力があがる
停電…蛍が精神的ショック等で人間と契約し代価の寿命を貰っても光を与えることが出来ないこと。治療法はあるらしい
「黒子は綺麗だよ」
少なくとも俺は好きだなーーー周囲をちらちらと舞う灯火を眺めながら、彼はそう言った。
あまりにも唐突過ぎるそれに、言われた本人は面食らい、目を瞬かせる。しかし降旗はのんびりとした様子で灯火の一つを、痩せこけた掌でそっと受け止めた。橙色の灯火は他にも数個、まるで柄のように降旗の白い寝着に付着している。
水色の羽織を肩にかけ縁側に座る彼から少し離れた庭先に、黒子は佇んでいた。降旗よりも多くの灯火を引き付け、空色の着物姿の彼はきょとんと小首を傾げる。
「綺麗?君は僕が怖くないんですか?この、人外の、僕を」
「全然。こんな綺麗なものを、なんで怖がらなくちゃいけないんだよ」
降旗はそう言って笑い、もっと近くに来て欲しいと言いたげに、黒子へ向けて腕を伸ばす。黒子は黙したままそっと足を進め、腕を脇に垂らしたまま、縁側に座る彼を見下ろした。すり、と骨張った手が白い頬を撫で水色の髪を弄ぶ。
「家族からも見離され、山奥に閉じ込められた俺に、お前はこんな綺麗なものを教えてくれたーーー俺はお前に感謝してるんだ」
ありがとう。
頬で止まった手に、自らのそれを重ねる。肉の少なく手は、お世辞でも心地好いものではなかったが、その体温だけはじんわりと黒子を温めた。
「どういたしまして」
ふっ、と黒子が笑えば、それを見た降旗も照れたように笑った。
***
「最近、随分ご機嫌だな」
何か良いことでもあったのか?
どこか皮肉のように聞こえるそれに、我知らず浮きだっていた足を止め、黒子はついと背後を振り向いた。そこに立っていたのは黒地に彼岸花が描かれた派手な着物姿の赤司で、金と紅の瞳を愉快そうに細めていた。
「…別に」
厄介なのに捕まった。心の中で毒づき、黒子はすぐに視線をそらす。しかし赤司は気にした風もなく、肩を震わせて喉の奥で笑った。
「涼太が嘆いていたぞ。最近は教育係がつれなくて寂しいらしい」
「黄瀬くんはもういい年です。一人でも平気でしょうに」
全くしょうがない。金髪を揺らして駆け寄る姿を想像して、黒子はそっと溜息を吐いた。すると突然、いつの間にかすぐ近くまで来ていた赤司に顎を掴まれ、グイッと引き寄せられた。
「何かあったのは確かだろ?」
質問というよりは断定的に言い切る赤司の瞳は笑っていない。黒子は背中に鳥肌が立つのを悟られぬよう、一度唾を飲み下して逆に質問を返した。
「…さぁ、どうでしょう。どうして、そうだと?」
赤司はじっと黒子を見つめる。読まれないようにと口を引き結んでいたのが幸したのか、数秒で彼は表情を和らげ手を離してくれた。
「悪いな」
「いえ…」
「だが、」
そっと赤司の唇が耳に触る。囁くだけ囁いて踵を返す彼を、触れた耳を押さえながら黒子はじっと見つめていた。
ーーーあまり他の奴を構わないでくれよ、僕らの大切な『世界樹』
「…意味が解りません」
遠くから黒子を呼ぶ仲間の声が聞こえても、彼は暫く立ち尽くしたままだった。
***
山奥にある古い荒屋から、喉を引き攣るような咳の音がする。発生源は、枯山水と呼ぶには烏滸がましい程何もない庭に面した縁側で、その近くに敷いた薄い布団の上には体を丸めて転がる降旗の姿があった。
止まらない咳。ヒューヒューと鳴る喉。一際大きく肩を震わせると、ベチャ、とした嫌な音と共に白い寝着が赤く染まった。肩で息をしながら口元に当てていた為に真っ赤になった自身の手を、呆然と見つめる。
「…これは結構ヤバイ、かな」
ヌルリとした感触ごと手を握り締め、降旗は怠い体を起こした。兎に角黒子が来る前に、これだけでも隠さなければ。
降旗は不治の病だった。住んでいた村では、治療法がないどころか他にも移るからと隔離されていた。家族や友人さえ病を恐れて降旗から離れていった。暗い部屋の中、時折聞こえる陰口に耐えきれなくなってどこかで一人で暮らしたいと溢せば、村総出でこの家を探してくれた。そうしてこの荒屋で暮らし始めて、黒子と出会ったのだ。
黒子は蛍という、灯火を操ることの出来る種族だった。見目形は人と変わらない。ただそう、麗しいだけで。老化が遅く体も丈夫だし、降旗の病は元々人間だけの病であったから、蛍の黒子が警戒する必要はなかった。二人は、親友になった。
だがそれももうすぐ終わりかと、手についた赤を見ながら降旗はぼんやりと思う。この体は限界だ。
「…黒子」
ふっと浮かんだ彼の笑顔に、胸の奥が熱くなる。親も友人も、きっと降旗の死に泣いてはくれなかった。引越す時だって、厄介払い出来たと喜んでいた筈だ。けど、黒子は違う。忘れていた温もりを思い出させてくれた彼は、
「…泣いて、くれっかな…」
かた、
小さな物音に降旗はハッと我に返った。まさかもう黒子が来たのだろうか。こんな姿を晒したくはないのだが。元々頭の回転が早い方ではない降旗は、真っ赤な手を咄嗟に布団で拭うことしか出来なかった。
「くろ…」
近くで気配がしたから顔を上げた降旗は、思わず言葉を止めた。そこにいたのは黒子ではない。真っ赤な髪をした少年だった。その顔立ちの麗しさに、つい息を飲む。そしてふと、彼も黒子と同じ蛍なのだろうかと思い至った。
「黒子の、お友達?」
「…やっぱり知り合いなんだ」
その言葉を待っていたと言わんばかりに少年は口角を引き上げる。壮絶な笑みは、それでも彼の魅力を損ないはしなかった。しかし鳥肌が立たないわけではない。思わず後ずさる降旗の、寝着についた赤い斑点を一瞥し、少年はふむと独りごちる。
「先は短い、か…そう言えば力を上げる手っ取り早い方法があったな…」
「あ、あの…」
ブツブツ呟く少年に、降旗は怯えながらも声をかける。すると少年はにっこりと、それはそれは爽やかに微笑んだ。
「安心しろ。君の命は無駄にしない」
「…は?」
どういう意味だと。降旗が聞き返す間もなく、彼の胸を灼熱に貫かれるかのような痛みが襲った。
(あ…)
視界一杯に飛び散る赤の向こうで少年が壮絶に笑う。霞ゆく視界に、綺麗な水色を見た気がした。
***
じゃれつく黄瀬をなんとか撒いた黒子は手土産の薬草と野花を手に、降旗の居住地である荒屋の裏口を押し開けた。壊れた木戸が嫌な音を立てる。今度直した方が良さそうだ。
「降旗くん」
いつものように庭に回って声をかけるが、返事はない。縁側に掛布団が見えた。眠っているのだろうかと忍足で近寄った黒子は、その傍にあったものを見て持っていた物を地面に全て落としてしまった。
「降旗くん!!」
真っ白な寝着を真っ赤に染めた降旗が、固く目を閉ざして眠っていた。
慌てて駆け寄り体を抱き起こす。どんなに強く揺り動かしても、何度名前を呼んでも。すっかり冷たくなった彼が起きることはなかった。
「…だ」
頭の中で
ーーー黒子
何度も何度もリフレインする笑顔。
「…いやだ…」
ぽた、と透明な雫が降旗の頬に落ちて、赤い汚れを拭った。
ーーー俺は好きだぜ
「ーーー降旗くんーーー」
どん、と。
その時、世界は揺れた。
***
「な、なんなんすか!今の」
大きな揺れは一瞬の事だった。しかし生きる者達の混乱は収まらず、黄瀬と青峰が見下ろしていた麓の村では家から飛び出した人間達が老若男女混じって騒いでいる。黄瀬が隣の青峰を見ると、彼は村には目もくれず、何処か彼方を睨むようにして見つめていた。
「…テツ…?」
***
「黒子は『世界樹』なのだよ」
人間の光を、奪うも与えるも欲しいままに出来る唯一の存在、それが『世界樹』だ。十年前、突然人間達が瞳から光を失ったのだって、『世界樹』が原因だ。正確には『世界樹』の停電が、だが。
「『世界樹』は俺達蛍にとっても特別な存在だ。力が強い者ほどその存在に惹かれた…特に赤司の執着心は凄まじかった。あいつは黒子と共に育って来たから、一際思い入れが強かったのだろうよ」
だから赦せなかった。たかが人間の分際で、大切な大切な『世界樹』に触れる男が。
「…だから、殺したってのか」
それこそ赦される筈がない。火神は忌々しげに吐き捨てて、刀を構えた。見えなくとも感じる気配は、彼らの光が強いことを示しているようだった。だがここで引くつもりはなかったし、今の話を聞いたからと黒子の揚羽をやめるつもりもなかった。
緑間は溜息混じりに眼鏡を整えた。隣で愉快そうに笑う自身の揚羽に下がるよう言い、一歩前に出る。大人しく後方についた揚羽は、丸で闘犬を鑑賞するかのように軽い調子で声援を送ってくる。それに軽口を返し、緑間は銃を構えた。
***
「やっぱり…君が降旗くんを…!」
「降旗?…ああ、あのとき喰った人間か。そうだよ」
ギリリと歯噛みする黒子と対照的に、赤司は平然としている。臙脂の羽織を肩にかけ腕を組んでゆったりと黒子に歩み寄る。ぎりぎりの所まで待ってから突き出した短刀を握る黒子の手は、
「危ないよ」
そんな言葉でやすやすと捉えられ、更にはそれを軸に一回転をかけられた。驚いた拍子に短刀が滑り落ちる。それを遠くへ蹴り飛ばしながら、赤司は黒子の体を地面に押し倒した。左手は赤司の右手と一緒に地面へ縫い止められ、腰には跨がれて動きを封じられる。せめてもと睨みつければ、満足そうな笑みが返ってくるだけだ。
「随分捜したんだよ、テツヤ。会いたかった」
「僕は会いたくなかったです」
「そんな筈はない。会いたかっただろう?」
あの男の仇をうつ為に。
耳元で囁かれ、ゾクリとした感覚と共に頭が熱くなった。彼は、赤司は解っているのだ。解っていて、黒子をいたぶっている。
「どうして…降旗くんを…」
「そんなの決まってる」
そう言って微笑んだ赤司は、実に嬉しそうだった。
「お前に触れたからだ」
目の前が、真っ暗になる心地がした。途端、体から力が抜けていくようだった。
「あの男…テツヤの蛍だと名乗る男も」
殺してやる。
赤司の声を遠くに聞きながら、黒子は震え出す唇を強く噛み締めた。