歯痒くて泣いた
(鹿鳴)



つきり、と腹が痛んだ。足を止めた自分を心配するようにサクラが名前を呼んだので、何でもないと笑顔を返し地を蹴り上げた。

同期十二名が集まっての久々の遠征任務である。内容は抜け忍集団の討伐。数はそれなりだが、実力は大したことないので彼らだけで充分だと綱手は判断したのだ。

不利な数を補う為にナルトは多重影分身の印を切る。煙が立ち上ぼり十人のナルトが飛び出した。驚いた敵の一人がクナイを投げる。それを腹に受けた分身のナルトが一人煙を立てて消えていく。

「…っ」

本体であるナルトは顔をしかめて崩れそうになる足を何とか耐える。

「…」

それを見ていた一対の目が眇られたことに、ナルトが気づくことはなかった。




***


遠征地に設置したテントに隠り、ナルトは全身に走る痛みに顔を歪めた。彼専用に割当てられたテントに他の人間はいない。朝敷いたままにしていた寝袋に膝をつき蹲る。

中々引かない波に汗が滲み出した頃、

「ナルト」

外から不機嫌そうな低音が聞こえ、ひくりと肩が揺れた。

「俺だ…入れろ」

シカマルだった。震えを生唾と共に飲み下し、ナルトは意を決してテントの入口を開いた。

「…よお」

掠れ気味の声で返事をしたナルトを一瞥しただけで何も言わず、シカマルは中に入る。入口を閉めると薄暗くなる室内で二人は黙ったまま見つめ合っていた。

「…単刀直入に言う―――もう影分身を使うのはやめろ」

心臓を掴まれた気分がした。お前も解っているんだろうと詰め寄るシカマルから視線を外して、ナルトは下唇を噛み締めた。

「ど、どういう意味…だってば」
「俺も迂闊だった。何故多重影分身が禁術になってるか考えもしなかったからな」

ナルトの問いに答えずに、シカマルは溜息を吐いて頭をかきむしる。

「だから…!」
「『経験を共有す』んだろ?」
「…!」
「修行が短縮出来るくらいの共有率だ…痛みを共有してたって可笑しくねぇ」

居心地悪げに俯いて後ずさるナルトの腕をシカマルが掴むと、びくりと大袈裟に肩が跳び跳ねた。

「外傷はねぇな、確かに…けどその代わり精神へ負担がかかってんだろ」
「…」
「それだけじゃねぇ。最近、前みたいに無茶な数の分身を作らなくなった。なんでだ」
「…あんまり居ても邪魔になるってば」
「違うな。『経験の共有』…分身を消せばその記憶が全て本体に流れ込む…」
「…シカマル」
「怖いんだろ」
「シカマル!」
「本当に自分が本体なのか、不安なんじゃねーの」

乾いた音が響く。

顔を背けるシカマルを、荒く呼吸しながらナルトは見つめる。まだ掴まれたままの腕に力がこめられた。

「…いいか、もう一度だけ言う」

赤くなった頬で、真剣な瞳で、シカマルはナルトを見据える。

「もうあの術は使うな。でないと―――心が崩壊するぞ」

シカマルの手が離れる。ナルトは崩れるように膝をついた。きゅ、と自身の体を抱き締めると震えが一層増したようだった。

「…どうしろってんだ…」

自己の崩壊、精神の破壊。リスクの大きすぎる禁術。けどこれを使わなくなったら、それこそ存在意義を失ってしまう。螺旋丸も螺旋手裏剣も分身あっての技なのだから。戦えない自分に何が残る。誰を護れる。彼に、伸ばす手さえなくなってしまう。

「…ぅ」

啜り泣きに似た嗚咽。

「…ナルト」
「…シカマル、頼む。せめてこのことは、」

皆に言わないで。

嗚咽混じりのその言葉に頷く勇気すらなくて、シカマルは返事の代わりに震える小さな体を強く抱き締めた。

「…悪い」

それでも君を失いたくないから。

その謝罪と心の中で付け加えられた言い訳が何に対してか。抱き締めるシカマルも、その胸に顔を埋めるナルトも、誰も知り得ぬまま。

夜が、更けていく。





title 揺らぎ



2012.03.20
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